95.ダンス・ウィズ・ミー!
まだまだ第三者視点。
防衛の本陣に伝達が入る。
「済まん、前線を下げる」
「我々も撤退します」
「いいのよ〜」
「想定通り」
「状況は悪くありませんね」
速やかに、陣形が組み直されていく。チャットでのやり取りもできないはずなのに、あり得ないレベルの情報伝達速度を実現した防衛陣営は、すでに侵攻陣営の全体像を把握しきっていた。
「正面、半分くらいは削げたが向こうさんの主力はまだ無事じゃ」
「側面、第一陣はほぼ粉砕しましたが……第二陣の規模が想定以上でした。おそらくアラーニェ殿とかぬっち殿が防衛する付近で向こうも合流するかと」
「では、敵軍は一つにまとまると?」
「そうじゃろうな」
陣地の奥で報告を聞くカルクスは、ふむ、と少し考え込む。
「少し早いですが想定内ですね。作戦第二段階に移行しましょう_」
のっぺりと表情がない頭部であるにも関わらず、カルクスの目が策略にキラリと光ったような錯覚を、誰もが覚えた。
「彼女を投入します」
――――――――――――
防衛陣営との最初の戦闘で勝利を収めた_そう考えている侵攻軍は、高揚する士気をそのままに進軍していた。
侵攻陣営の連合軍、その規模は数千人程度。最初の人数と比べれば、防衛陣営の策略_兵站の締め上げ、内輪揉めの誘発_によって十分の一ほどにまで減ってしまったが、それはつまり集団として洗練されたということでもあった。
確かに、人数は多かった。しかし単にランダム振り分けで数を集めただけの烏合の衆でもあったから、防衛陣営は簡単にその心の隙を突けた。慢心もあっただろうし、指導部を務めるプレイヤーに、その様な大人数をまとめ上げるノウハウがなかったことも手伝っただろう。
防衛陣営が仕掛けた分断工作は、奇しくもそういう者たち……誤解を恐れずに言うならば、集団行動における無能を篩にかけることにもなった。その身一つでの議論も盛んに行われたから、その中で単純な戦闘面での強者だけが残ることにもなった。
もはやこれまでのようには行かない。それを裏付けるように、彼らは先ほどまでの混乱が嘘のようにゴーレム兵団へ対処していた。アラーニェの即死罠も、少なくない被害は出しながら的確に解除していく。まだ前線は互いに押し合い膠着状態が続くだろうが、それが侵攻軍の前進という形で崩れる時もそう遠くない。
このままの状況では、防衛陣営は侵攻軍を打破し、コアを防衛し続けることは難しいだろう。
そう。このままの状況では。
だからこそ_
「なんだ……」
「!あれは……」
状況を破壊する、異常事態の投入が必要と、防衛陣営は判断した。
ひらり、と。ゴーレムが緩慢に退いて空いたそのスペースに降り立つ人影が一つ。
「“笠の女”だ!」
ほんの一瞬、侵攻軍の動きが止まる。そこを見逃さずに、笠を被ったその人影は侵攻軍へ一直線に突っ込んだ。
血飛沫が舞い、首が飛ぶ。それの目的はただ一つ、軍の司令塔二人……つまり究極院とRandom15の首であった。
身構える2人へ、緑色の刃が迫る。
しかし、その剣が究極院の磨き上げられた剣と打ち合おうかというその瞬間、別の何かに遮られた。
「……!ふぁらんくす!」
「大将!それから究極院!アンタらは先へ!」
ブラボーチーム最硬のタンク役……いつぞやにエナが倒した【朝焼けの剣】の“ふぁらんくす”。その大盾が、規格外の怪力で振るわれたその剣を確かに受け止めていた。
ふぁらんくすの横を縫い、軍勢を盾にしながら、究極院とRandom15は混沌とする戦線を抜け出そうとする。それを、笠の女は特に気にも留めていなかった。
「……重すぎんだろ、クソ!【シールドバッシュ】!」
ぶおん、と音がするほどうなりをつけて盾を振るうふぁらんくす。斬り掛かっていた笠の女はそのまま吹き飛ばされ地面に叩きつけられるが、大したダメージも無いようにむくりと起き上がった。
「ハァ……テメェも相当頑丈みてえだな。聞いてた話と違うだろ」
「どうも、ありがとうございます!」
再び斬り掛かる女。それを受け止めようとして、ふぁらんくすは何かに気がつく。
視界がまぶしい。何故か女の姿がブレているように感じて、しかし何とか不格好に盾を構える。
「がふっ……!?」
が、女はふぁらんくすの目の前で高く飛び上がると、空中でその首を掴んで、くるりと前方宙返りの要領で投げ飛ばした。
今度はふぁらんくすが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。装備も重量級の彼に巻き込まれ、倒されたり重傷を負ったりした侵攻側のプレイヤーもままいる。
吹き飛ばされたふぁらんくすのもとへ歩み寄る笠の女。その横から、火の玉がぶつけられた。侵攻側の魔法使いの攻撃だ。
「……邪魔しないでください!」
ぐっ、と軽く踏み込んだ笠の女は、まばたきする間も無く魔法使いの上半身と下半身を切り離した。そのままついでとばかりにその周囲のプレイヤーも倒す。
「おい」
「あれ?もう起きたんですね」
そうこうしている間に、ふぁらんくすは起き上がって息を整えていた。タンクらしくタフな肉体だ。
「ほっときゃ好き勝手しやがって。何がそんなに気に食わねえ」
「……そりゃあまず、皆さんが攻めてきたことですよね。それからその次は……」
笠の女は、さらに魔法を準備していた別の魔法使いも【風魔法】で始末する。
「せっかく強い人と戦ってるのに、邪魔されるのって結構やなんだな、って思って」
「……ほお?」
再び笠の女がふぁらんくすへ襲い掛かる。今度は剣だけではなく、その体全体を鈍器のように使う、己を全く顧みず使い潰すような戦い方だった。
「そんなに勝負が好きかよ!」
「ちょっと、違いますかね!私、動けるのが嬉しいんです!」
「あぁ!?」
「動けるんですよ!ずっと強い体で、私の憧れの強い人みたいな戦い方を出来るんです!そんな戦い方が出来る、強い人と戦ってるのに!」
痛くもない攻撃で邪魔されるのって、すごくムカつくんですね!
笠の下で、何処か狂気すら感じる笑みを浮かべて、彼女はそう言った。
「テメェ、狂ったのか」
「最初からですよ!」
身を翻して、さらに連撃を叩き込む彼女に、ふぁらんくすはもう耐えられなかった。
自分と軍勢に気を配りながら戦うには、その女はあまりにも分が悪かった。いったい誰が、自分の身すらも一切顧みないファイターと、自分以外のことも顧みなくてはならない状況で戦いたいものか。
「クソ……ぜってえリベンジしてやる。名前は!」
女は、ふぁらんくすのそのぎらついた目に刃を突き立てながら答えた。
「ブルーム!!!」




