93.兜の緒を締めよ
エナ視点に戻ります。
「ええもん持っとるのお」
「これ?」
六日目の朝。ゴーレムの配備と最終調整で忙しいかぬっちさんに代わって、自分でブルームの手入れをしていると、十三さんが私たちをじっと見つめてそんな事を言った。
「【翠風の黎剣】。前回イベントのポイント交換報酬、せやけど相当のレアもんじゃ」
「え、そうなの」
「必要な交換ポイントがまず1000。装備のフルセットを一括で交換せんとその剣は手に入らん仕様なのも重い。ポイント自体は参戦側で最終日まで生き残れば貯める事自体は出来るのう。じゃが、参戦プレイヤーは全体で数千人いたにもかかわらず、最終日の生き残りは50人も居らんかった」
「へえ」
なるほど、そもそものハードルが高めなんだね。
「かと言って、観戦側でそれを貯めきるのも難しい話じゃ。エキシビジョンの優勝予想すら、4択でありながら的中が全体票の1割にも満たんくらいには荒れたけぇ。しかも本戦は的中者無しじゃけえの」
「えっそんなに」
確かに、Random15に熱狂する人たちは多かった。……そう言えば、あの人は女性だったんだな。初めて知った。てっきり男性かと思ってたんだけど。
「究極院はあのイベントで初めて名を上げることになる。それまでは1人のプレイヤーに過ぎんかった。すでにネームバリューのあったRandom15が当時無名の究極院に負けるとは誰も思わんかったんじゃろ。そんな訳で、そもそも交換できるまでポイントを貯めた奴がこのゲーム内に少ない。エナさんはどう手に入れたんかのう」
「……確か、エキシビジョンの的中と……エンジョイボーナス?みたいなので1200くらい稼いだはず。こういう限定品はコレクションしてみたくて、奮発した」
「エンジョイボーナスぅ?」
十三さんはきゅっと眉根を寄せて怪訝な目つきで私を見る。信じ難いな、と言いたげだ。
「まあええか……。プレイヤーは未だに増え続け、成長する風魔法を付与された魔法剣の需要は高まるが、しかしイベント限定装備は復刻しない限り増えない。一本売ったら……そうじゃの、四安の高級街の大通り沿いに大店を立ててお釣りが来るくらいは」
「そんなに?」
「何ならリアルマネーでオークションにかけられてることもあるのう。最高落札額は数十万て言うけえの、悪い話とは言わせんが」
「あ、商談?ダメダメ、ブルームと融合させちゃったからもうアイテム扱いじゃないの。キャラクターの売買は規約違反だったよね?」
そう言って断ると、十三さんはちょっと名残惜しそうに苦笑いした。
「……イベント限定装備を人様に融合て……」
「しょうがないでしょ、私にとってすごく必要ってわけでもなかったんだから有効活用しただけ」
「ほうか。ま、プレイヤーに帰属してしもうた以上、値も付けられん。なら興味は失せた。わしが欲しいのはあくまで『取引できるもん』じゃからな」
この人は結構強かなのかもしれない。興味は失せたと語るその顔には、もう私の剣への未練なんて欠片も無いニヒルな笑みが浮かんでいた。
「お、エナに十三。珍しい組み合わせだな?」
「おおエナ殿。昨日は見事でしたね。十三殿はいかがなさいましたか?」
そうこうしていると、アルマが降りてくる。その後ろには阮明さんも居た。この二人は、植物や虫のモンスターを配置していたところだ。
「おお、かなり機械化が進んでおりますね。地上もそこかしこにゴーレムと兵器が立ち並ぶ星型要塞に変貌しておりましたが、地下はこんなにも……」
「あっ阮明さん、その紐は」
「オワーーッ!?」
アルマの忠告が間に合わず、垂れ下がるツタで編まれた紐を引っ張ってしまった阮明さん。その瞬間、阮明さんの足元に大穴が空き、彼はそこに綺麗に落ちていってしまった。
「うう……好奇心は百足をも殺す……。ちょっと這い上がります故、虫が苦手でしたら目を閉じていてください」
穴の中からぺそぺその阮明さんの声がする。覗き込んでみると、漢服のたっぷりとした布の上からつやつやと黒光りする鎧のようなものが現れた。
それはどんどん長さを増して、数秒もしないうちにとぐろを巻いた大きな百足へと早変わりする。伸ばせば数メートルは下らないであろう巨大な百足だ。
カサカサと橙色の足が蠢きながら、深い落とし穴を結構なスピードで登ってくる。ちょっと、思ったより気持ち悪いかも……。
穴に百足の頭が引っかかったところで、百足は元の落ち着いた漢服の姿に戻った。しかしその服と靴では這い上がりづらいのか、人の姿の阮明さんは縁にしがみつきながら少し藻掻いている。落ちる前に手を差し伸べて引き上げた。
「すみません、お手を煩わせました」
「いや。ケガとかは大丈夫?」
「お気になさらず。小生、先程の通り百足でございますから。頑丈さには自信があります」
「とは言え、まだ作りかけの罠で良かったな。完成品は底が毒の底無し沼になるから」
「またえげつないもんを……」
「いやあ九死に一生を得ましたね!小生二度と変なものには触れないと誓います!」
阮明さんは慌てふためいて落とし穴から飛び退く。……完成したら、ちゃんと全部教えてもらって頭に叩き込まないと。自分で罠にかかって、その隙にコアを持ってかれたりしたら負けるわけだし。
「……さて。そろそろ、それぞれの持ち場についておいたほうがいいな」
「カルクスさんが言うには、仕掛けるなら今夜って言ってたし」
「小生もそのように聞き及んでおります。度重なる内輪揉め……まあ我々の仕掛けですが、それで数の大半を減らした侵攻側は協定を結び、我々を全兵力で叩きに来ると」
「まあ、このまま内輪揉めし続けてわしらに勝ち逃げさせるくらいなら、いったん協力してコアを奪ってからその後に取り合いした方がまだ目はあるけえ」
「つーわけで、今夜から明日が休み無しの防衛戦になるってわけだ」
……結構長かったなあ。
「……結局、最終日まで防衛と侵攻の大規模衝突がお預けとか……」
「お陰でこっちも向こうさんと遜色ない分の兵力を持てたんじゃ、観戦勢にもサービス出来るじゃろ」
「撮れ高ってやつでございますね!」
「あー楽しみだなあ。時間をかけるだけかけられたお陰で、とっておきの仕掛けが一番おいしくなった」
それぞれの思惑が絡み合う。……戦略と策略を巡らせる彼らと対照的に、私の仕事はシンプルな力仕事が大半だったから、全貌があらわになるのはまだまだ先かも。
……でも。それだけわくわくしていた。ただの正面衝突で終わるわけがない、そんな期待。
「ほんじゃ、そろそろ解散かのう」
「健闘を祈ります」
「あー、やっと俺も本気が出せるな」
「……楽しみにしてる」
襲撃が来るまで、ゆっくり休もう。