90.暗鬼、疑心を生ず
第三者視点。
四日目。
「究極院が死に戻ってきたらしい」
人の口に戸は立てられぬ、と言うように。究極院が指揮した防衛側への偵察部隊が目に見えた結果を持ち帰らなかったことは、アルファチーム_3万以上の兵を誇る侵攻陣営の1部隊を飛び越えて、対立するブラボーチームにも広まっていた。
「防衛側はかなり手強いらしい」
「少なくとも、【朝焼けの剣】の魔法使いはいたようだ」
「神官プレイヤー……そうそう、もちもち犬っていう人。その人は『隣のラマルコスさんの首が斬り落とされて、その後すぐに私も……』って」
「もちもち犬さんは【朝焼けの剣】の魔法使いがいたって話にびっくりしてたなあ。あの人も【朝焼けの剣】だっけ」
アルファチームの雰囲気は混沌を極めていた。例えば、究極院一行が打ち倒された結果に、防衛側への意識を改め警戒を増したもの。
「……本当に究極院は“少佐”にやられたのか?」
「タイマンなら、あの人が最強のはずだろ」
「罠がどうとか言ってたけど、実際正面切ってかかったら、不意打ちで負けたってだけじゃないのか」
「相手は9人だぞ?なんでやれなかったんだ」
「向こうに襲撃が察知されたわけでもあるまいし」
例えば、司令官を務める究極院への不信感を覚え始めたもの。
究極院が死に戻ってきてから、じわりと瓦解し始めていた縦の指揮系統、そして横のチームワークへの亀裂は決定的になってきていた。
防衛側が大人しくコアを持ち帰らせてくれるとは流石に思っていなかったが、究極院ならブラボーチームを出し抜ける大きな情報の一つや二つ持ち帰れるのではないか。
そう思われていた、思わせるほどの実力とカリスマがあった究極院が、次々に味方を倒され本人もあっさりと負けたというのだから。
どうやってあの、武器庫を燃やしてくれた挙句冤罪をなすりつけてきた憎きブラボーチームに勝てば良いのか。兵站の不足による不満は、次第に目に見える相手へと向き始める。
_密かに蒔かれていた種が、芽を出した。
「いっそ、今のうちにブラボーチームへ攻め込めば良いんじゃないか」
「究極院はRandom15に勝利した実績がある」
「最終目標は防衛側だけど、目の上のたんこぶは早いうちに取り除くべきでは?」
そう囁く、ヒトならざるモノたちに、プレイヤーたちは気が付かなかった。
――――――――――――
「デデン。もんだ〜い」
「……あん?急に何じゃ。お前さんはゴーレムの遠隔操作担当じゃろ」
「……人形ゴーレム十数体の同時操作……理解不能」
「問題っつってんだろ。答えろ」
同時刻、再び防衛側拠点の地下にて。コアがある広間からからやや離れた場所に、これまた大きな地下ドームがあった。
そこは生産拠点やゴーレムの遠隔操作場として、アラーニェやかぬっち、アルマや阮明が常駐している。その次に入り浸っているのは、素材供給担当の十三と指揮官のカルクス、武器や身体の調整を必要とするブルームだろう。エナや少佐はあまり入ることが無い。
現在は素材を運び込み休憩した十三と、相変わらずゴーレムやその他魔法機械を作り続けているかぬっち、そして人形ゴーレムの操作による精神的な分断工作を行っているアルマがいる。
「じゃあ早う問題を出さんかい」
「カンタンなやつだよ。亀裂の近くに釘を打つとどうなる?」
「……理解」
「お前、格好つけんと死ぬわけか」
冷ややかな対応に口を尖らせるアルマ。
「まあ?仕方ないよなあ?別にさあ、みーんな思ってたもんなあ?」
「うざったいんじゃ」
「……閉口、希望」
「お前ら俺のいじり方分かってきたね……はあ。真面目に言うと、向こう……アルファの統率はほとんどダメになってきたぜ。とは言え今回はほとんどエナと少佐さんのお手柄だな」
アルマ曰く。究極院たちがほぼ成すすべなくやられてくれたおかげでスムーズに人を煽れた、と。それはそれは爽やかな、この顔の商人からなら壺も買うだろうという笑顔で、アルマはそう言ってのけた。
「俺の仕事は簡単。崖っぷちにいる奴らを本当に崖の下に落とすだけ。なら、崖まで追い詰めた奴らのほうが行った仕事として優秀だろ?」
「ま、そうじゃな」
「同意」
「6日目くらいまで俺等の仕事は無いし……そうだな、ブラボーの方にもちょっかい掛けてみるか?」
ニコニコと笑うアルマ。その広大な空間に、珍しいメンバーが1人やってきた。
「簡単に言ってくれるね。……ブラボーの方は焚き付けても来なかったんでしょ?どうやってちょっかいかけるの」
「エナ。珍しいな。何しに?」
「ブルームの新しい身体の具合はどうかと思って」
「極めて良好」
「あ、かぬっちさんもここにいたのか」
かぬっちの返答を聞いて満足気にするエナ。その顔に、アルマは意地の悪そうな響きの声で語り掛けた。
「……なあエナ」
「作戦内容によるよ」
「やりい!ちょっとブラボーにちょっかいかけてきてくれよ!ちょっとでいいから!」
「……作戦内容によるよ」
「ええんかい」
「……信頼関係……?」
「違うじゃろ」
アルマはその後、カルクスのゴーレムも交えて作戦を語りだす。話が進むにつれて、その眉根にシワが寄りつつも、エナは表立って反対するつもりはないようだった。
変わらずにこやかに笑うアルマに、胡散臭そうだなあという表情を隠しもせずぶつけるエナ。それでも何も言わないのは、ある程度納得しているからだというのは想像に難くない。
「ま、簡単に言うならエナのお披露目だな」
「ぜーんぶ隠してもうた方が、不意打ちは効くじゃろ」
「違う違う。十三も見ただろ、少佐さんの劇的な勝利!あれは、向こうがむしろある程度少佐さんのことを知ってたからこそ出来た隙を突いたわけだ」
「あー……情報アドバンテージがあると思い込むと、それ以外に警戒しなくなるってこと」
「正解!」
「理解」
「ふむ。でしたら、ブルームさんとエナさんだけでブラボーチームの適当な哨戒班を分かりやすく破壊するのが良いでしょうか」
「うんにゃ。そんな甘いもんじゃねえ」
戦いの場には似つかわしくないほどの笑顔を悪どく歪めたアルマが、その袖口から飛び出した枝をスルスルと指で弄びながら言う。
「Random15を誘導する」
エナならやれるだろ、と。アルマはあっさり言い放ったのだった。




