89.衝突
エナ視点に戻ります。
三日目朝、本日も気持ちのいい快晴だこと。
「んん……ふぁ……」
『おはようございます!』
「おはよう」
大きな声でブルームが返事をした。
かぬっちさん謹製のゴーレムの数が出揃ってきたおかげで、夜番でも比較的しっかりと休息が取れるようになった。
ありがとう、の意を込めて、ゴーレムの磨き上げられた石の身体を撫でてやる。ゴーレムの表面に掘られた魔法陣がふんわりと光を増した。
意外と可愛げがあるな。
『スピリット系って、眠くならないんですね……ずうっと起きてられるなんて、なんか変な感じです』
「無理はしないで。昨晩に何かおかしいことはなかった?」
『大丈夫です!えーと、やっぱり侵攻側の間でずっと小規模な衝突が起きてるらしくて。遠くで火の手が上がってるのを見ました』
「そう……アルマやカルクスさんの見立てだと、今日のうちにこの辺りまで侵攻側が来るって話だから」
『準備しておきますね!私の身体も調整しておいたほうがいいですか?』
「……いや、まだいい。今日は剣の姿のまま、私と一緒に行動してほしい」
『わかりました!』
――――――――――――
鬱蒼と茂る森林に、ひどく映える白い鎧の騎士。と、その従者たちと呼べる数人のプレイヤー。
《……究極院が来たか》
侵攻側が戦争や内部分裂でリソースを使い切るようなことになる前に、少数精鋭でコアを奪い取りに来るかもしれない……カルクスさんの見立てはちゃんと合っていたようで、彼らはこの森林に防衛側の拠点が敷かれていると踏んで侵攻してきた。
少しだけ、ブルームの鯉口を切った。【浄穢の剣】はインベントリにしまっている。あれは決戦仕様なので、今回は留守番というわけだ。
服の下、首筋を這って耳朶に絡みつく枝がそっと囁いてきた。
《後ろのやつを一人ずつ、気付かれずに倒せ。究極院だけを奥に誘導しろ》
言われた通り、最後尾を担当している軽装のプレイヤー……恐らく盗賊や斥候のような職業だろう、そいつの首を落とした。その身体は音もなく何かに受け止められて、そしてポリゴンになって崩れていく。
《敵は人的被害の状況を正確に把握できない_自陣営プレイヤーのデスログは流れないのは問い合わせて確定していたから、こうやってひっそり丁寧に殺して復活回数を削ろう》
小さく頷き、耳に絡む枝を2回撫でた。事前に取り決めておいた、了解、の合図だ。
騎士が率いる一行は進む。森はざわめきのみが響くほど静かで、ぞっとするほど何も起こらない。
生い茂る林冠は陽の光を隠し、己の影を溶かしてくれる。
また一人、首が落ちた。今度は魔法使い。神官に魔法使いの首が落ちるシーンを目撃されたので、そいつの首も落とした。姿は【偽装】で隠したから見られていないし、そいつが叫ぶ前に倒せたのでセーフ……のハズ。
密かに、密かに。人が死ぬ。
丁寧に、丁寧に、人を殺す。
また一人、首を落とした。頭身が高いゴブリンのような容姿のキャラクターだった。
彼らの足音は、森が立てるざわめきにかき消されている。誰が死のうと、彼らは振り返らない限り気が付かない。
……彼らは振り返れない。彼らの目の前に、アラーニェさん謹製の分かりやすい即死トラップが広がっているからだ。それから目を離せば死ぬほどの、わずかに気を緩めるだけで命取りとなるほどの、いやらしい配置で。
1人、倒す。また一人、倒す。
やがて彼らは、森の中にやや広い空間があることに気がついた。
木々は生えておらず、背の低い芝程度の草がやや生えているだけで、そして程よく広い。
……RPGのお約束であるならば、まさしく“ボスエリア”であるような場所だった。
「……済まない。これ以上は通せない」
そこに、ローブを纏った小柄な人影が一つ。……少佐だ。今回の囮役は彼女である。
理由は一つ。その力量と名前がある程度知られているから。……つまり、すでにその強さの種明かしは済んでいる状況、というわけで。
それは裏を返せば、知られている大技なら幾ら放っても構わないということ。本気の衝突ではない三日目の戦闘で、わざわざ誰も知らないカードを早くに切ってしまうことは損にしかならない。
でも、内容を知られていても確かに痛手を与えられるカードがあるのなら、それは早期に切ってしまってもリターンのほうが上だ。
少佐の確かな力量に基づく信頼は、今、“手軽に切れる手札”というこれ以上ない贅沢な使われ方をしていた。
「“少佐”……確か【朝焼けの剣】というギルドで名を上げていたな」
「貴方のような人に覚えられているとは光栄だ」
「……だが、ただの魔法使いでは我々を打ち破ることは出来ないだろう」
そう聞いた少佐は、その鉄面皮とも言えるような無表情を少しだけ歪めた。
「ほう。ふむ。確かに、貴殿らとやり合うには、本官は少し力不足だろう」
「……同情する。わずか9人での防衛など、あまりにも無理難題だ」
「だが。リーチの差、弾幕の密度、燃費。どれを取っても、貴殿との勝負では本官にとって役不足感が否めないな」
「……ほう?」
そこかしこから、太く重厚な根がぶわりと地面を割って噴き出し、あらゆる逃げ場をふさぐ。
究極院は辺りを見回す。……そこでやっと、パーティメンバーが誰一人としていないことに気がついた。
その枝は、ほんの一瞬だけ呆然とした究極院の身体にも巻き付き、そしてきつく締め上げた。
「……っぐ」
「無論、そちらも全く準備が整っていないことも、こちらが騙し討ちをしたことも確かだ」
「くっ……」
「だが、我々を甘く見過ぎたな」
「甘く見た、などとは……」
「気持ちがどうあれ、結果として甘く見たんだ」
磔になった究極院。その鎧の胸元に、少佐が手を当てる。
「……次は、本気の貴殿と戦えることを_精々楽しみにしておこう」
ずぶ、と。不快な音を立てて、究極院の胸元が、真っ黒な槍で貫かれた。
役不足……実力に対して役割が分不相応であること。
少佐「この私がお前みたいなザコを相手にしろって言われちまったんだぜー?(意訳)」
究極院「あ゛?(意訳)」




