88.種を蒔き芽を出す
第三者視点回。
時は少し遡り、1日目の深夜に当たる頃。転移魔法陣が敷かれた巨大な地下の空間で、漢服の青年と狩衣の青年が、密やかに言葉を交わしていた。その側には、人の頭程度の大きさをした小さな六脚のゴーレムも居る。
狩衣姿の青年が、壁を這う太い根を撫でながら呟いた。
「うん、やっぱ向こうさん方は、まだ俺たちに手を出さないみたいだな」
「大方、我々を嘗めてかかっているのでしょうねえ。無理もありませんが」
「……兵站を整え、大規模な戦闘の用意を入念に済ませてから、最終日かその少し前かにワタクシ達を撃破してどちらかがコアを奪い、その後戦争で真の勝者を決める……というつもりなのでしょう。合理的ではありますが」
「不快ですねえ。無茶な人数差には理由があるとも考えず、我々に勝つ前提で動いているのが、実に」
かさ、かさ、と。生理的な不快感を呼ぶ音が闇の奥から這い寄る。派手な色の巨大な蜘蛛が、根に覆われた地下の壁を這う音だ。
さらに巨大な蜘蛛の足音がした。谷間が大きく開いた妖艶なドレスに身を包む女_の下半身から鳴る音だった。
「ごきげんよう〜」
「おや、アラーニェさん。睡眠は大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないのだけれど〜、目が覚めてしまって〜……」
「あ、ならちょうどいい、十三から言伝がある。『ナイスデザイン』だってよ」
「良かったわあ〜。『普通のプレイヤー』に見えるゴーレムなんて、私もかぬっちも初めて作ったもの〜」
「今回、一番の重労働は十三さんですね」
「ええ。もし小生が『侵攻側に気付かれず夜中にゴーレムを敵拠点近くまで運び、そいつらを敵軍に紛れ込ませて資源を破壊してこい』なんて言われたら、泣いて離反しておりますとも」
「裏切りアチーブとかあんのかな」
「ペナルティかも知れません」
和気藹々とした雰囲気の中で語られるのは、技術に物を言わせた工作の数々。
「しかし……阮明さんの、虫による情報収集能力は素晴らしいですね。貴方が居たおかげで、侵攻陣営がメンバーを把握しきれていないことが確実であると分かった。ワタクシのギルドにぜひ招待させていただきたいものです」
「ふふ。虫は何処にでも入り込みますから。比喩として、或いは物理的に、魑魅魍魎が跳梁跋扈する宮中で、これほど頼りになる目も耳もありませぬ」
「……物理的?」
「小生は大百足ですよ?魑魅魍魎側でしょう」
「まあ、確かに……?」
「大百足も〜、役人になれるものなのね〜」
「ワタクシとしては、プレイヤーすら役人になれることがまず驚きですが」
「ええ。以前プレイしていたゲームで戦闘系に飽きたものですから、ちょっとを奇を衒って勉強してみたのです。そうしたら、受かってしまって。科挙」
「科挙通れば誰でも役人になれるの、マジで自由だな……」
「恐らくは四安の特色でしょう。ワタクシが思うに、彼処ほど全てに寛容でありながら厳しい地域は無い」
「ああ。力……権力でも能力でもいいが、それがあれば自由に動ける。でも無きゃ、思い描いてたような自由はあり得ない」
「あらあ……恐ろしくて、楽しそうな場所ね〜」
にこやかに会話に花を咲かせる地下の四者。
すり、とまた枝を撫でて、狩衣の青年は呟いた。
「火がついた。他のゴーレムも上手いこと紛れ込んだらしい。十三は……明日の昼には戻ってくるだろうな。『土産に期待してくれ』だと」
「ふふ。期待しておきます、と伝えてもらえますか」
「ああ。……ついでにちょっとリクエストもした」
ふふん、と青年は愉しげに笑う。
ピコピコ、と小さなゴーレムから何度か光がちらついた。
夜が更ける。
――――――――――――
同時刻。
「……ふん。帰ったら寝ろ言うて、随分とわしのことを嘗めちょるのう」
《無理すんなって話だろ》
「これが無理に入るなら、とうにわしは歩く屍じゃけえ」
《……ワーカホリック》
月のない闇夜、音もなく機械の馬車を凄まじいスピードで駆る青年が居る。
機械の馬車には枝が絡みつき、それは青年の服にまで至っていた。が、青年はそれを振り払うでもなく、時折避けながらもそれの好きなように伸ばしている。
「しかし、流馬は実にええのう。音もしない揺れも無い、今度はちゃんと発注かけたいもんじゃ」
《えー俺もほしい》
「いい加減お前も一旗揚げればええ」
《それは違う。俺はデカくて絶対に揺らがない後ろ盾が欲しいだけだから》
「……それで天下の【織屋】の幹部になるんじゃけえ、お前も分からんのう」
《ふん。……それより、ちゃんと仕込んでるよな?》
きらり、と御者台の青年の瞳がきらめいた。目の色が変わった、と言ってもいいだろう。
「わしをなんじゃと思うとる」
《平気で汚いことをする男》
「はっ!生まれてこの方、水増しだけはやっとらん。大黒さんに誓ってもええ」
《それ以外はやってんじゃねえか》
「敵を貶めるのも商売人の専売特許じゃけえの、任してもらうわ」
《おたのもうしますー》
「やめろ下手くそ」
《チッ》
気軽な会話も、恐ろしい仕掛けも、夜闇は全てを隠す。
密やかな策略は、誰にも知られることなく芽を出してゆく。
彼らが潜む下、彼が駆け抜けていく下、種がばら撒かれていることも、忍ばされたヒトならざる物に仕込まれた“リクエスト”も。
「おっ、火ぃ着いたな」
《潜伏しつつ逃げろ》
「任しとき」
知られないまま、轟音とともに、夜は更けていった。




