86.伏竜鳳雛
『転移完了』
ホワイトアウトした視界が戻ってくる。カルクスさんの声が聞こえてきた。
「点呼を取りましょう。カルクスはいます」
「少佐、ここに」
「アラーニェよ〜」
「わしも無事じゃ」
「名前言えよ十三」
「君もだよ、アルマ。エナとブルームも居る!」
『元気です!』
「阮明は潰れておりまする〜」
「すまない。……かぬっち、無事だ」
三者三様ならぬ九者九様の返答で、それぞれの無事が伝えられる。……1名ほど、無事ではない百足が居た気もするが。
「全員お揃いのようですね」
カルクスさんは落ち着いて辺りを見回した。
私たちが転移させられた場所は、朽ちた砦や要塞と言えそうな場所。その三方をうっそうとした森で囲まれていて、残りの一方は切り立った崖になっていた。
見たところ、防衛には向いた地形と言えそうだ。
「……今回の総指揮官は、カルクスさんかの」
「はい。他にいらっしゃらなければ、ワタクシにお任せいただきたい」
「妥当」
「俺はそれでいいけど」
「私も大丈夫」
「心強いわ〜」
『私はエナさんについてくだけなので!』
「本官も異議なし」
「僭越ながらお願いしたく」
全会一致で、トップがカルクスさんに決まる。それでは、とカルクスさんが私たちに向き直った。
「期間はゲーム内時間で1週間。初日は様子見込みでも何も起きないでしょう。できる限りの準備をしましょう」
「なら〜、私たちの腕の見せ所かしら〜?」
「可能タスク……ゴーレム作成、及び砦の補修。サブミッション、コアの防衛」
「ほんならわしは資材運びじゃの」
「俺は森の全容を把握しとく。ついでにこの辺の植物も支配下に置いておきたいな」
「小生も、この辺りの虫と渡りをつけておきます。それから、総兵力の計上も担当いたしましょう」
「……私とブルーム、それから少佐さんは資材回収組かな」
『がんばります』
「うむ。とは言え付与魔法には少々の覚えがあるゆえ、そちらも着手しておきたい」
「では、ワタクシは主に生産チームの皆様にバフをかけますね」
散開。
――――――――――――
私とブルーム、それから少佐は森の奥へと足を踏み入れた。湿った土の匂いと、朝日を遮る木々の影が広がっている。資材集めの名目ではあるが、どこまで敵が近づけるかも把握しなければならない。
「……気配はまだ無い。だが、この森は広いな。全てを把握するには時間がかかる。早急に防衛を固めるべきであろう」
「まずは獣道を避けて木を採ろう。アラーニェさんがつけてくれた糸をたどれば帰れるし、道を外れることは恐れなくていい」
「そうだな。エナ殿、一度分かれて質の良い木材を探そう」
少佐が木の幹を軽く叩き、強度を確かめる。私も少し離れた木をブルームで軽く切りつけつつ、木片に向かって【鑑定】した。
『めっちゃスジが硬い感じです!焼き過ぎたやっすいお肉みたい!』
「……この辺りの木材なら、砦の補修に使えそうだ」
「うむ。【ウィンドカッター】!」
――――――――――――
一方その頃。
砦内部では、アラーニェの蜘蛛糸が崩れた壁を繋ぎ止め、かぬっちが鉄槌を振るって基礎を固めていた。カルクスのバフが光となって全員を包み、作業速度は目に見えて上がっている。
そして壮観なのは、かぬっちと似た体格のストーンゴーレムたちが槌を振るう様だろう。無論かぬっち謹製のゴーレム達であり、胸のコアからはビームが発射可能でかつ最終手段に自爆する機能が付いている。
「蜘蛛糸は暫定処置ね〜、けれどこれでしばらく外敵の侵入は防げるはずよ〜」
「……補強、安定。壁、補修率三割」
そして森の縁では、アルマが地面に掌をつける。根が這い、若木が一夜にして成長し始めた。
「……そうか。森の中なら、これ経由で連絡が取れる」
……しばらくの間、森のそこかしこで「しゃべる若木」の恐怖による絶叫が響いた。
阮明はその付近で虫を集めており、無数の羽音や小さな足音が森に溶け込んでいく。その中には人の身の丈ほどもあるようなものたちもあり、それらはどう見てもモンスターであるのだが、しかし従順に阮明の指示に従っているようだった。
「ふふ、早速斥候が働き始めました。蟻どもが地下道の広さを、蜂どもが樹上の死角を教えてくれるでしょう」
十三は汗を拭きながら、背に担いだ荷車をガラガラと引いて戻ってくる。そこには少々引くほどの丸太や石材が積み上げられていて、また所々には金属光沢のある原石もあった。全て、彼が散開したメンバーの間を駆けずり回ってかき集めてきたものたちである。
「よっこらせ、ふむ、『丸太と石を追加で』か……。資材はまだまだ要るのう……かぬっち殿に頼んで、運搬に適したゴーレムを1、2体ねだってみるか……?」
――――――――――――
そして夕刻。
各々が役割を果たし、砦は少しずつ「形」を取り戻しつつあった。
私_エナが砦に帰ってくると、既に様変わりしていたそれに思わず声を上げる。まだそこかしこで作業ゴーレムが工具を振るっているが、もうちょっとした攻撃ではびくともしないだろう。
「わあ、壮観」
『出来上がってきてる感じですか!?』
「おーん、砦はまあまあ形になってきた感じ?」
アルマがやってくる。私の隣にいた少佐がアルマに答え、そして質問した。
「おおアルマ殿。砦は見た通り順調であるらしい。森の方は如何様か」
「少佐さん。森は中々広いが、その密度がとんでもねえな。5割くらいトレントにしたから、迷いの森みたいにもできるかも」
「さらーっと生態系を変えんとってくれ。帰ってきたら木どもがざぁーと動いて道なんぞ作るけぇ、腰抜かしたもんじゃ」
そこに十三さんもやってくる。よっぽどビビったらしい、まあ急に樹がザカザカ歩き出したらビビるか。
「あらぁ十三さん、ご苦労さま〜。かぬっちさんに発注してた運搬ゴーレム、もう上がってるわ〜」
「おお仕事が早い!見せてくれ!」
「大きい方、木牛。積載量に自信。小さい方、流馬。走破性に自信」
「【騎乗】スキルがあるって聞いたから〜、御者台に乗ってもらって操作する形にしたわ〜」
いつの間にそんな物を作り上げていたのか、2つの馬車のようなものが並んでいた。……小さめの流馬ですら、もしかしたらここにいる防衛メンバーを全員乗せられるかもしれないほどのサイズをしているのは、ちょっとびっくりするけど。
「おや、皆さん方はお揃いでしたか。小生はどうにも足の速さに欠けますね」
やっと阮明さんが現れる。……肩にデカい蜂が乗ってたもんで、ちょっとヒヤッとした……。心臓に悪い人たちばっかりいるな、このチーム……。
「では全員揃ったところで、夜番を決めましょう。それから、明日はコアを地下通路に移動させて、そちらの防衛を強化します」
「地下通路?そのような物は聞いていないが」
「ええ。かなり深くまでありましたから、脱出経路の整備も含めて明日に」
「……2日目となると、流石に小競り合いも出てくると思うぜ?その辺はどうすんだ?」
「しばらくはエナさんと少佐に対処をお願いしたいところです。その間に我々で工作を進めましょう。阮明さんとアルマさんにもお願いしたいことがいくつか」
「となると、明日にまだ作業がある生産組と、仕事のある阮明さんとアルマは休息を取った方が良いし……しばらく防衛の要になる、私と少佐さんで夜番になるかな」
それでまとまった。日はすでにかなり傾いていて、晩ご飯はアルマが生やした植物たちや、森で幾らか狩ってきた獣系モンスターを料理することに。阮明さんはしばらく虫のたんぱく量について語っていたが、昆虫食は栄養素うんぬんで飲み込めるものではない。
そうして、1日目は緩やかに過ぎていくのだった。




