85.顔合わせ
篠澤広のプロデュースで忙しくてストックが全然ありません。この話は2025年9月6日の20時に執筆を開始しています。
『ログインを確認』
『イベント参戦登録を確認』
『あなたの陣営は【防衛】です。待機エリアへ転移します』
――――――――――――
「さてと」
『……はっ!エナさんのログインを察知!おはようございます!』
「……元気で何よりだよ。おはよう」
イベント当日。ブルームがもうログインしているとチャットしてくれたので、それに合わせて私も早めにログインした。早めというか、結構な朝早くだ。1限がある時とどっこいなくらいの早さである。
通された『待機エリア』は、いつもの【穢れた咎の領域】でも、【混沌なる穢那の領域】でもなく、四安にとった宿でも無い、何らかの建物内部。椅子やテーブルが並ぶ様子は、ギルドのロビーに近い光景かもしれない。
ここが防衛陣営の待機エリアになるんだろう。
「……しかし、あまりにも人がいないな」
ここにいるのはブルームと私の二人だけ……いや、私たちは絶対セットになるよう調整されているわけだから、実質一人だ。
「いやまさか、孤軍奮闘なんてことは……」
「お邪魔しまーす。あ、エナ」
「そんなことは流石になかったか。まさか希望通りになるとはね、アルマ」
やや不安になってきたところで、アルマがログインしてきた。バランスの観点から始祖2人が揃って同陣営に入ることは無いかと思っていたけれど。
「エナにブルームさん。元気そうでよかった、一昨日ぶりか?」
「そんなとこ。まだ私とブルームと君しかいないからくつろいでおこう」
「……まあ、イベントが始まるまでまだ何時間か空いてるわけだしな……」
『えっ!?』
「……もしかして、気が付いてなかったからこんなに朝早くログインしてたわけ?」
『張り切りすぎました……』
アルマが耐えきれないとばかりに笑い出す。私も肩の力が抜けて……それでやっと、ずっと緊張していたことに気がついた。
「……寝坊じゃないんだし気にしないで。でも私は少し仮眠しようかな」
「開始近くなったら起こそうか?」
「頼んだ。それからブルームのことも見てて」
「わかった」
『ひ、人をこどもみたいに……!!18歳なんですよ!もう電子誓約書にサインできるんですよ!』
緊張がほぐれたら今度は眠くなる。なんだかブルームがいろいろ言っている気がしたけど、睡魔に負けてぼんやりと目を閉じた。
――――――――――――
「……一旦起きろ、防衛側が全員揃ったみたいだぞ」
「んん……ん?起きる起きる」
身体を揺さぶられる感覚。アルマに起こされて、身体を起こした。知らない人影がいくつか見える。
「すみません、寝てました」
「気にしないで〜。始まる前に英気を養っておくのは大切よ〜」
おっとりとした女性が答えた。……が、その下半身は大きな蜘蛛のそれである。ちょっとビビった。
「先程のアナウンスを聞く限りであれば、アルマさんの言った通り、これで防衛側は全員のようですね」
顔のないマネキンのような、つるりとした金属製の人形のような人がそう言った。……【念話】とかでなく物理的に聞こえたけど、どうやって音声を伝えているんだろうか。
「それにしては、随分な少人数じゃのお。わしら纏めて8人か?」
「うんにゃ。一人、剣に憑依したスピリット系キャラクターのプレイヤーが居るから9人だ」
『はい!私です!……聞こえないですよね』
やや訛りのきつい細身の小柄な青年に、アルマが答えた。ブルームは人数に計上されていないらしい。
「……どういう状況?」
「さっき『防衛陣営、全参加者のログインを確認しました』ってアナウンスが流れた。軽く自己紹介しとこうってことで、俺がエナを起こした」
「なるほど」
防衛側メンバーと思しき面々は、ずりずりと椅子を引きずって並べ替えて円形にしていく。何らかのレクリエーションみたいだ。
8人分の椅子が用意され、全員が適当に座った。私もアルマの隣に座らせてもらう。……下半身が蜘蛛の、種族はアラクネかな?その女性は何度か椅子につっかえていて、結局お隣の大きなフルプレートアーマーの人が椅子をどけていた。
全員落ち着いたあたりで、マネキンの人が喋る。
「では、そうですね……ワタクシから時計回りに自己紹介ということでよろしいでしょうか?」
全員が何らかの方法で異議なし、と意思表示する。それを見回した……?マネキンの人は、大きめのジェスチャーを交えながら語り始めた。
「ワタクシの名前は『カルクス』。検証ギルド【カドゥケウス】のリーダーでもあります。種族は、そうですね……詳しくは明かせませんが、ゴーレムのようなものです。特技はバフ周り全般でしょうか」
ゴーレム。なるほど、そのつるっとした金属ボディはそういうものなのか。
次に、向かって右隣の小柄な女性が口を開いた。なんだか見覚えがある気がするな……。
「本官は『少佐』。プレイヤーギルド【朝焼けの剣】所属、および検証ギルド【カドゥケウス】の幹部級を務めている。種族は人類、職業は魔法使い。基本的には火力特化ゆえ、サポートをお願いしたい」
全身から冷や汗がどっと噴き出した、気がする。見覚えがあるのは当然だ、私がその身体を【ダークレイン】か【ダークランス】でぶち抜いたのだから。
……気を取り直して、さらにその隣。
「わしは『十三』。プレイヤーだけの商人ギルド【十三商会】のアタマ張らしてもらっとります。種族は人間、シゴトは商人。戦えんがアシに使う分には力になれるけぇの」
小柄で細身な、布の服にライトアーマーを着けた青年だ。服装から勝手に斥候あたりかと思っていたが、まさかの商人。アルマと知り合いだったり……しそうだな。アイコンタクトしているのが見えた。アシに使えるって事は、騎乗系のスキルがあったりするのか?
そしてさらにその隣。
「そんじゃ、俺は『アルマ』。逆にNPCの商会【織屋】で幹部をやってて、その流れで十三とは知り合いだな。種族は……植物系とだけ。だもんで、今回は生産と敵の妨害を担当しそうだな」
アルマはいつも通りだ。流石に【死穢の扶桑樹】は明かさないらしい……そりゃそうだ。私も【龍生九子】のことは伏せるし。
そしてその隣……私だね。
「私は『エナ』。アルマとはフレンドだけど、それ以外はつい最近ギルドに登録したくらいで、情報には疎い方かな。種族は……ええと。攻撃が得意な感じ、としか言えないかも。それから、この剣は『ブルーム』。私のフレンドで、さっきアルマが言ってた憑依できるスピリット系キャラクターっていうのはこの子」
『聞こえてなくても元気よく!よろしくお願いします!』
……ブルームは疲れているのかもしれない。
剣を掲げる私に、生ぬるい視線を向けられる。カルクスさんに至っては視線の温度すら分からない。……アルマは微妙な視線を向ける資格無いだろ!君だって伏せたくせに!
……こほん。私の隣、漢服の青年に移ろう。
「……もう良いですかね?小生は阮明と申します。普段は四安で役人をやっております。役職は吏部主事……人事部の下っ端書記でございますね。種族は【大百足】。虫を操れます」
……役人?役人プレイもできるのこのゲーム?自由すぎない?ああほら、みんなすごい顔向けてる。でも阮明さんはなんだかその顔すら楽しそうだ。……そういう目、向けられてきたんだろうなあ。
そのお隣、下半身が蜘蛛の、推定アラクネさん。
「私は『アラーニェ』。魔物プレイヤーで、元は蜘蛛系魔物から進化した【アラクネ】よ〜。生産職だけど、糸での罠づくりや装備の細工も得意だから、後方で支援できるかしら〜?」
ふむ、生産職。アラーニェさんの上半身の女性体には繊細なドレスをまとっているが、それはもしかしてハンドメイドなのだろうか。ひと目でわかる上質さだ。
さらにその隣、大柄なフルプレートアーマーさん。
「……名前、『かぬっち』。種族、リビングアーマー。職業、鍛冶師。特技、ゴーレム作成。……以上」
ガシャ、と音が鳴った。フルプレートアーマーの関節部が外されている。……確かに、その中身は空っぽだった。しかし、リビングアーマーながら鍛冶師とは。でもゴーレムが作れるってのは、防衛戦で役立ちそうだな。
ふむ、これで全員。
「……これで全員?」
「少ないわね〜」
「流石に異常ではないのか?少なくとも事前調査では、数万人が参戦表明をしていたはずだが」
「ワタクシの調査もそのような結果でしたね」
「けったいなもんじゃのう」
「俺らで何とかできる問題でも無いけどな」
「いやはや、小生ちょっと参戦報酬目当てに参加しただけなのですが……」
「……状況、異常」
やっぱりおかしいみたいだ。と言うか、参戦表明をしてたのが数万人?そこから心変わりした人が何%か居るにしても、結局私たちは数万人相手に9人……実質8人で防衛を強いられるわけで。
「いや、まさか……もしかしたら、予想外に参戦者が多かったから、リーグを幾つかに分けたとかそういうオチなんじゃ」
「可能性はありますが……」
カルクスさんの声は固い。その可能性は低いってことでしょうか。
いやあまさかそんな。数万人の軍勢を相手にするなんてこと、そんなバカな……いくらこっちに始祖2人居るからってそんな……。
『全陣営の集合を確認』
『侵攻陣営アルファ:32451名、侵攻陣営ブラボー:28946名、防衛陣営:9名』
『イベントエリアに転移を開始します』
……そんなバカなことがある!?