84.準備期間
エナとアルマ、それぞれのイベント前。
エナ視点→三人称視点です。
さて、四安での緊急タスクをすべて終え、ブルームとも合流した頃。
私たちは四安を出て……と言うか、【穢れた咎の領域】へのワープを経由して、無頂山でレベル上げをしていた。瑾瑜と玉帛もそこそこ上手くやってるみたいだった。人……と言うか、他の生命体は一つも来なかったらしい。
『祝!進化〜!!!!どんどんぱふぱふ!!』
「もうレベル40か……意外と早くに達成できたね」
初めて本格的に参戦することとなったイベント。その直前の追い込みに、ブルームのレベル上げや私が新たに手に入れた魔法スキルの慣らし運転を行っていたのだが。
『エナさんのおかげです!』
「どうも。でも音を上げずについてきたブルームの頑張りが実を結んだんだよ」
すっかりレベル上げに熱中してしまったため、ブルームは見事にレベルキャップへと達し、そのまま進化することになったのだった。
『えへへ。どうしましょうかね〜』
「好きなの選んでいいよ」
『う〜ん……じゃあフィーリングで、ちょっとレアそうなの選んじゃいますね!』
ふわ、と私の剣に魂のブルームが絡みつき始める。
『この【幽装霊】っていうのは、【憑依】スキルがあったから出てきた進化先みたいで……なにこれ、剣との融合進化?』
ブルームの声は相変わらず無邪気なのに、半透明の霊装は剣身にどんどん絡みついていく。見た目だけなら、もう完全にブルームが剣を喰っているようにしか見えない。
「待って待って、【浄穢の剣】を持ってかれるのは困るからね!?ええと、そうだ。ちょっと前にイベント限定装備を交換したんだ。それならいいよ」
『わぁ!ありがとうございますエナさん!』
進化中のブルームから何とか剣を引っこ抜いて、新しくイベント限定装備である【翠風の黎剣】を突っ込んだ。
目の前で、ブルームがすごい勢いで武器を取り込んでいく。光が爆ぜ、半透明の霊体が武器の輪郭をなぞるように融合して……。
『はいっ!これで新しい依り代ゲットです!』
「……うん、可愛い声で言ってるけど、やってることはかなり怖い」
『あはは……。でもこれでイベントも安心ですね!』
「ああ。頼りにしてるよ」
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プレイヤーネーム・ブルーム
性別・女
種族・【混沌】幽装霊−【翠風の黎剣】
レベル・1/60
スキル
【全属性耐性脆弱】レベル5
【物理耐性脆弱】レベル5
【魔法耐性脆弱】レベル5
【全環境耐性脆弱】レベル5
【虚弱】レベル25
【干渉力低下】レベル70
【感覚鈍麻】レベル25
【非実体】
【憑依】レベル40
【霊装化】レベル1(New)
【影魔法】レベル18
【光魔法】レベル15
【風魔法】レベル1(New)
【剣術】レベル10(憑依時のみ使用可)
【鑑定】レベル1(現在使用不可)
【採集】レベル1(現在使用不可)
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同時刻、四安にある宮殿……政の中心、【瑞安殿】にて。
その重厚な扉を、束帯姿の青年がくぐった。冠を抜いても六尺程もある背丈と、さらりと揺れる長髪は、小柄な者の多い四安においてはひときわ目立つ。それは宮殿でも変わりないようであった。
「瑞穂国【織屋】の幹部、異界の旅人、アルマ殿。相違無いか」
「御座いません」
深く礼をする青年。よく仕込まれたのであろうその仕草は、由来を異界に持つものとは思えないほど堂々としていた。
やや呆気にとられていた丞相が口を開く。
「急な依頼にも関わらず、斯様な優れた桃を早く納めてくれたこと、陛下に代わり礼を言う」
「勿体無いお言葉で御座います」
丞相はやはり青年に興味が湧いたようだった。頭を下げたままの青年をしげしげと眺め、他国の商人にしておくには勿体無いと内心歯噛みする。
嫉妬にも似たようなものだ。ままならぬ好意とは反転していくもので、丞相は不意に意地の悪い言葉を掛けた。
「しかし……一体何処から手に入れたのやら。聞けば、冒険者ギルドに依頼を出したのだとか」
「その通りでございます。快く譲っていただきました」
「ふむ……」
青年は堂々たる振る舞いに相応しく、一切のぼろを出さない。丞相は冒険者ギルドにも桃についてそれとなく探りを入れてはみたものの、強固な「守秘義務」のために全く収穫は無かった。
役人たちも内心焦っているのだ。皇帝の容態をいつまでも秘匿しておく事は不可能であるし、万に一つ崩御でもされたら四安の秩序を今のまま保つことはできない。
かと言って、「ギルドの冒険者」と言う根無し草の方がまだ土地への執着を持っていると言えるほどその身元も足取りも頼りにならない者から融通された桃にいつまでも頼り続けることもまたできない。
せめて繋がりを持って、定期的に桃を買い取れる体制を作りたい。何とかならんのか、と、下げられた丸い頭に乗る冠をねめ付ける丞相。
「……もう一度依頼を出すことは叶わぬか。できれば同じ者から、同じ桃を」
「既に友誼を結んでおります故、定期的な買い取りは可能かと」
丞相は己を褒め称えた。よくここで叫び出さなかったと。丞相から見れば、この青年はあまりにも有能であった。こちらから頼むまでもなく品を整えてくれるなんて、と思わず涙をこぼしそうになって_
_そして気付いた。彼は何のために桃を一度融通してもらっただけの相手と友誼を結んだのか、その理由がわからないのだと。
「……あ、アルマ殿」
「丞相」
「……!」
「理解しておりますとも」
しい、と。丞相にだけ分かるように、青年は口元に指を立てた。ここには耳がいくつあるか分かりませんから。青年は穏やかに言った。
その蒼い目に射抜かれた丞相は、たっぷりと布が使われた服が、全身にべっとりと張り付いているような感覚を覚える。……いや、張り付いている。息が止まって、汗が噴き出したからだ。
_分かっている、と、この青年が言ったから。
薬として桃を求め、礼を言うためと宮殿に呼びつけながらその姿を見せない皇帝。
「へ、陛下、が……」
陛下、と聞いて、青年はふっと目を伏せる。やはり、と丞相は震えた。震えながら、震える喉を押さえて、できる限り淡々と語った。
「礼を言う、その金貨は次なる商売の元手に、楽器は楽しみとするが良い、と……」
「……このようなものに、勿体無いお言葉です」
「そのように、伝えておく」
丞相は部下に促し、アルマに褒美を持たせ、退室させた。そしてやっとへたり込む。
「……あの青年が、恐ろしい切れ者であることを、願おう……」
床下に這う枝には、気付かない。
――――――――――――
劉家の豪奢な牛車の中で一人になった青年が、やや窮屈そうにしながらどこからか生えてきた枝を指先で弄び、ぽつりと呟いた。
「……答えのわかってる謎解きほど、つまんねえもんは無えか」
丞相には悪いことしたな、と。言葉とは裏腹に愉しげに笑いながら。




