82.呪いと龍脈
呪われている。
……国一番の貴人が?
「……それ、私に言って良いことなの?」
「かなりダメだな」
ダメじゃん。
「なんで言ったの……?」
「その前に、あの桃の出処について教えてもらうぞ」
「……わかった」
桃の出処。仙人の存在。私が成り上がったもの。
「まず共有しておきたい概念として、私は一度完全に消滅して、仙人になったんだ」
「……うん?うん」
「具体的な方法は、最初に言った通り【外丹】。それで私は下級の仙人である【尸解仙】になって、自分の領域である仙境を得た」
「あー、うん……うん……?」
「私の仙境は、扉を開けたら違う景色が広がる混沌とした場所。その中に桃園があって、あれはそこ産の桃」
言える限り言い尽くすと、アルマはゲンナリした顔と言うか最早げっそりした顔と言うか、とにかく面倒臭さを隠しもしなくなった表情で机に突っ伏した。
「うーん……出処は完全に伏せるしかねえなあ」
「そりゃあね。こっちはまさかそんな御大層な使われ方をするなんて思ってもみなかったわけだから、なんでそんなものをって言われても困るからね」
「いやまあ、言わなきゃただの質が良い桃だからその辺は」
と言うか、そもそも「外様の商人に貴人の薬を依頼する」って状況がおかしいんじゃないのか?そうアルマに伝えると、彼は露骨に目を逸らす。
……こいつ、やったな?
「ねえ、もしかして」
「……」
「君が言われた、と言うか依頼されたのは『桃が必要』ってとこだけで」
「……」
「その“さる高貴な人”について、本当は聞かされてすらなくて、ただ盗み聞きしただけとか、そんなことないよね?」
「……そんなことあります」
「お前っ!!!!」
バカ!
「なんでそんな、バレたら誰の首が飛ぶか分かってるのか!?聞く限り、君って結構偉い人だよね!?誰にも漏らせないとか言っといて、自分がお漏らしされた側じゃん!!!」
「そのへんは大丈夫だと思う」
「なんで……」
「こっそり【株分け】した枝を張り巡らせてたら引っ掛かっただけだから、絶対俺だとはバレない。そもそも事故。俺悪くなーい」
あー、なるほど。……なるほど?
「……いや、どこまで張り巡らせてるわけ!?公徳殿の別邸!?それとも四安の奥にあるっていう宮殿!?」
「四安の全部」
「……はい?」
「四安の全部。エナの事も覚えたから、何処に行っても分かる」
「……こわ……」
なんでそんなことしたんだ。こんなに人の往来も物の往来も多いのに、頭おかしくなってねじ切れたりしないのか。
「まあ、観測以外は何にもできねえけどな。情報処理に振り切ったから、戦闘能力も生存能力もない。地下にある魔素の流れをほんの少しだけ間借りして、ギリギリ生きてるだけの枝だ」
「……もしその枝がバレることになったら……」
「秒で枯らして証拠隠滅。以上」
「あーあ……」
今度は私が頭を抱えることになった。なんと言うべきか、何となくデジャヴだな。2人揃って山のような食べ物をつつきながら、どこにも出せない情報を交換して……うっ。頭が痛い。
「……でも、そんな生態のおかげで、俺は“別の情報”も手に入れた」
「……と、言うと?」
「あの枝は龍脈の……そうだな、龍脈を本流として、その龍脈のすごく細い支流を、ほんの少しだけ間借りしてるんだ。さっきも言った通りな」
「それが?」
「すごく細い支流でも、必ず本流の影響を受ける。龍脈に流れる魔素が増えれば、支流の魔素も増える。逆も然りだ」
「……ふむ」
「俺は気がついた。四安に流れる魔素が、極めて少なくなっていることに」
……!
「具体的には?」
「瑞穂国の参番街にも全く同じように枝を張ってるんだが、四安とは比較にならない強さだ」
「龍脈からの距離が関係してたりは……」
「だとしたら、四安の方が多くなきゃおかしいな。瑞穂国における龍脈は、鬼ヶ島の付近を通る。そこに龍穴がある通りな。海を挟んだ遠くの龍脈から受ける影響と、地続きでそう遠くない山の龍脈から受ける影響だったら……」
「確かに、後者のほうが影響が大きいはずだ……」
「そうだろ?でも実際は逆なんだ。四安の龍脈は痩せ細ってる。……まるで“何かに吸われてる”みたいにな」
「吸われてる……」
私が無頂山に居たとき、あの龍脈は既に弱っていたのだろうか?それとも、山から離れた場所で龍脈が堰き止められるなり新たに分かたれるなりして、四安に流れる魔素が減っているのか?
……要調査だな。
「……少なくとも、私が無頂山に居たとき、分かりやすく龍脈に影響があったとは思えなかった」
「じゃあ、誰かが悪意を持って堰き止めたか、或いは何かしらの天変地異、それに準ずる存在の出現か何かで大きくリソースを食われてるか……エナは【歳王】に接触したことがあるんだよな。そっちは何か無かったのか?」
「歳王か……」
あのおじいちゃん、何かあったかな……。
……うん?そう言えば。
「“老い先短い”とか言ってたけど、それと何か関係があったりするのかな」
「老い先?そりゃねえだろ、始祖級は世界のシステムになるから、普通の摂理じゃ死にやしないって扶桑樹が言ってたのに」
「……なら、“老い”という異変のきっかけがある」
「老いる、枯れる……“さる高貴な御方”にかかった呪いとも、通じるところがあるな。桃は魔除けとしてよく知られるが、その実は薬膳に取り入れられることもある。気と血の巡りを良くして体を潤す効果があるんだ」
「老いて枯れる呪いへの治療薬、その材料としてはこれ以上無いね」
……治療薬として、外様の商人であるアルマにまで発注がかかった。にも関わらず、ギルドや市井でその貴人の容態に関する噂はない。極めて厳しい箝口令が敷かれている事は確かで……。
「御身が枯れれば、その呪いは取り付く場を失って、今度は四安そのものに降りかかるだろうな」
「……」
「桃については、エナが依頼完了の手続きをしてる間に部下に運ばせた。巻き込んで悪い、でもきっとよく効く。しばらく発注をかけても?」
「……それについては、かまわないけど……。本当に、死ぬ、のか?その……貴人が?」
そんな、シナリオの進行上で極めて重要なNPCが、プレイヤーも知らないまま呪いに冒されて死ぬ、なんてことがあるのだろうか。
「死ぬだろうな。……話がずれるんだが、少し前、魔物種族の国家【ダマーヴァンド】でクーデターが起きたんだ」
「……?」
「プレイヤーたちは、臨時イベントか何かだと思って参加したやつも多かった」
「……うん」
「結果、当時の王家は全員処刑。クーデターを起こしたNPCは王家の呪いで死に、【ダマーヴァンド】は消滅して、ある魔物プレイヤーが臨時の政府を立ち上げる事態になった」
「えっ」
アルマは大きく息を吸って、吐いた。
「掲示板は大荒れだ。『死ぬとは思ってなかった』、『滅亡するとか聞いてない』、その他もろもろ」
「……」
「エナ。このゲームに、根幹のシナリオなんて無いんだ」
「……シナリオが、無い……」
「そう。だから、シナリオライターの意思も、それで死んだり生かされたりするキャラクターも無い」
アルマは目を伏せて続けた。
「クーデターも、国の滅亡も、誰かが“用意したイベント”じゃなかった。起きたことにプレイヤーが群がって、結果として歴史がねじ曲がっただけだ」
「……じゃあ」
「皇帝だって、死ぬ時は死ぬ。死んだ後のことは、俺たち次第だ」
……クライシスオンライン。
得るものは自由、差し出すものは対価。
冷めきった茶を口に含んだ。舌が乾いて、ざらつくようだった。