80.【華】という国
イベント参加申請の一騒動を終えて、のんびりと点心をつついている頃。
不意に、ブルームが声を上げた。
『そう言えばずっと気になってたんですけど、そもそもこの街ってどういうところなんですかね?』
「どういう、って?」
『ギルド登録の時にエナさんが言ってましたけど、ここって魔物も人類も居るらしいじゃないですか。なんでですかね?』
「……あー、つまり、この辺の歴史と地理について話せば良いのか?」
『そうです!』
「なるほど。じゃあちょっと掻い摘んで話すぞ」
分かる範囲で、と前置きして、アルマが話す。
「まず、この世界全体の話だな。この世界は人類、中央、魔物の3つの大陸と、その間に横たわる大洋で出来てる」
「ふむ」
「この四安のある【華】は中央大陸を支配してる。【瑞穂国】はそのすぐ近海に浮かぶ列島だ」
『ははあ……』
「人類大陸と魔物大陸の直接の往来はほとんどない。遠いのもあるし、種族的な心情もあってな。だから、両種族の交流は長い間この中央大陸付近で行われてきたんだと」
「だからあんなに沢山の種族が居たのか」
アルマはにっこりとうなずく。
「ああ。そして、この辺りがこの世界での流通をほとんど握ってる理由もわかる」
『え?』
「……ここを起点にした往来ばかりだと言うのなら、確かにそうだな。あ、だから商人の国なのか」
「そう。海運の中心であることも、魔物と人が混ざり合う地域であることも、商人の力を強める大きな理由になる。農業や独自の魔術産業の強みも組み合わさって、恐らく【華】は世界でも有数の大国だ」
『ふんふん……あれ?でも高級街があるってことは、貴族みたいな人もいたりするんですか?』
確かに。まるで商人が支配者かのような言い方をしているけれど、それだけなら区画分けをする必要はないように思える。
「居るには居るが、この辺りに家を持ってるのは豪商が殆どだな。土地だとか荘園を持ってるタイプのお貴族様は郊外に居を構えてることの方が多い」
「……四安は首都なんだよね?」
「ああ。さらに奥に行けば、高級官吏の家だとか、皇家を降りた御方なんかの住まいがある区画になる。そこには流石の俺も入れねえな」
『あれ?アルマさんは、四安の名士のお家に居候してらっしゃるんでしたっけ?そういうとこにお家を持ってる方じゃないんですか?』
「いや。俺が世話になってるのは、四安じゃない地方都市の方だ。とは言え華の各地に荘園を持ってて、この四安での影響力も高いが。俺がお邪魔させてもらってるのは、四安にある別宅の一つだな」
そんなにでかい所にお邪魔してるのか。すごいな。
「名士、と言うと?」
「簡単に言うなら豪農だ。さっきも言ったように、国中に荘園を持ってる。ただそれの流通を制御するための商会も抱えてるから、商人としての顔もある。聞いた話じゃ、数十年前に飢饉が起きた時に商会を使って国中に備蓄をタダ同然で売り、危機を救ったことで影響力を強めたらしい」
『わー、すごくいい人ですね!』
「抜け目の無い人でもあるな。恩を売りつつも、最低限の対価は貰うことで押し付けがましくないように立ち回ってる」
「……数十年前、となると……今のその方の年齢は分からないけど、相当若かっただろう」
「だな。慎重派だが日和見じゃない。納得できる理由があれば動いてくれる人だ。ああそうだ、エナは名前を覚えておいた方がいいかもな。何かあったら俺の名前を出して頼れると思うし」
「ふむ?」
「メモしとけ。長陽の劉家当主、公徳殿だと言えば分からない人は居ない」
『ほほー、劉公徳さん?ですか?』
「ああ。よくある名字の劉、公に徳。それで劉公徳殿」
なるほど、メモしておこう。
いつの間にか給仕がテーブルに並んだ蒸籠と皿を下げて、新しく湯気の立つ点心を持ってくる。大きな急須にまたたっぷりと湯を差して、そして下がった。もはやおなじみの光景だ。
「そう言えば、さらに奥の区画は高級官吏の住まいだとかになるんだよね?てことは本当に政治が回ってるってこと?」
「ああ、そこからか。華は現実における帝国時代の中国がモチーフになってる中央集権の帝政国家で、まあ政治体制はそれと変わらない。都、皇帝の居る場所がここ四安で、その最奥にある大きな宮殿の中では実際に政が行われてる」
『見たことあるんですか?』
「ほんの浅いとこだけどな。四安での【瑞穂国】産の鉄の取引について申請するとき、公徳殿に紹介をもらって行ったんだ」
ふうん。エビ餃子をつまみながら、さらにアルマの話を聞く。
「国のトップに皇帝が居て、その補佐に丞相が居る。行政は六部制で、隋や唐での三省は存在しないな」
『りくぶ……?』
「ブルームさんは日本史選択か?六部ってのは、吏・戸・礼・兵・刑・工の6つの機関をまとめて指す。順番に、人材、土地及び財政、儀礼や教育、軍事、司法、公共設備を司る場所だ」
「法の制定は、皇帝が直接?」
「多分そうだと思う。」
「へえ……今の皇帝ってどんな方なんだろう」
そう聞くと、ふむ、とアルマは考え込む。
「……正直、今の皇帝はあんまり表に出てくる人じゃないらしくてな。よく分かってない」
「政治については?」
「可もなく不可もなく……いや、どちらかと言えば優秀ではあるか。既に華という国が豊かで、その現状を維持するって仕事をきっちり果たしてるわけだからな」
『そうなんですねえ。うーん、お役人さんと友達になれたりしたら、もっと知れるのかな』
「それは流石に無理があるよ、多分……」
「俺はこの辺の商売人ともっと“お友達”になりてえもんだな。瑞穂国もそうだが、どうしても保守的な人が多いわけだし」
うへえ、と愚痴をこぼしながら胡麻団子を口に放り込むアルマ。かなり甘ったるいはずのそれを、随分苦い顔で噛んでいるのが、何ともシュールだった。




