77.友の友もまた友
はあ、と深々とため息を吐くアルマ。その背はぐにゃりと脱力し曲がっていて、先ほどまでの剣呑な雰囲気は何処かへ霧散してしまっていた。
「本当、悪い……」
「……こっちとしても、まるで事情が分からないものだからなんとも言えないんだけど。取り敢えず、あー、連れの紹介からさせてもらって良い?」
アルマは力無く頷く。赤と金を基調とした豪奢な部屋で、彼だけが小さくしぼんでしまったようだ。
私はお構いなく剣を腰から外して掲げる。テーブルにぶつけて傷をつけないように、そっと。
「えーと、あー……この子は“ブルーム”。【混沌】種の“ミニ・カオス・スピリット”って種族でプレイヤー、私の眷属」
『よろしくおねがいします!』
「混沌ねえ……なるほどな……。でも、剣?」
「あのー……【憑依】ってスキルがあってね、それを使わせてるんだけど、と言うかこのままじゃ私を挟んで会話することになるよね」
さてどうしたもんか、と首をひねる。ここからの会話はすべてオフレコでなくてはならないために、アルマにブルームを信用してもらう必要がある。どこかしらに預けるにしても、この流れではおいそれと席を立つこともできないし、そもそもこの状況でブルームを単独行動させるのもまずい。
「あー、じゃあ俺がその……ブルームさん?とフレンド登録するのはどうだ?そっからフレンドチャットで」
「確かに、それが一番手っ取り早いかな。ブルーム、今私と対面している人物は感じられる?」
『はい!……でも人じゃなさそうです!』
高らかにそう言うブルーム。思わず吹き出してしまうが、何も聞こえていないアルマは不思議そうに目を眇めた。
「……こほん、よろしい。彼はアルマと言って、私の友人だよ。そしてプレイヤーだ」
『ふむふむ。アルマさんですね』
「よろしくな」
「ただ、ブルームの声はアルマに聞こえてない。アルマの言葉もブルームにはわからない。そうだね?」
『はい。人の声みたいなのは聞こえますけど、言葉は分かりません』
「あー、前までの俺らとあんま変わんない感じ?」
アルマはげんなりしたように言う。あの感覚に極めて乏しい状況に、ブルームも置かれているのかと思うと同情せざるを得ないのだろう。
「そこでだ。私を挟まないスムーズな遣り取りのために、アルマとフレンド登録を結んでもらいたい。フレンドチャットを利用して、円滑なコミュニケーションを取ろうというわけ」
『なるほど』
「だから、今から……そうだな、アルマが登録申請を送るんでいいよね?」
『私は大丈夫です!』
「俺は良いよ」
じゃあよろしく、としばらく待つ。アルマは数秒何らかの操作をした後、剣を少し眺めた。
「……よし、登録は済んだ。ボイスチャット開くぞ」
『グループボイスチャットがリクエストされました』
あーあー、とブルームの声が聞こえる。大丈夫ですかー、と言う気の抜けた声に、アルマが大丈夫だと返事をした。
『聞こえます!よかった、よろしくお願いしますね』
「じゃあブルームさん、こっから言うこと全部オフレコで頼む」
『えっ』
「……アルマと私は大体似たような身分と言うか……多分そうだよね?」
「そうか、そこのすり合わせからだな」
でもその前に小休憩にしようぜ、とアルマが言う。そう言えばこんな物々しい料理店……なのかな?に連れられておきながら何も口にしていない。空腹度も丁度よく悲鳴を上げかけている。
机の上にある小さな鈴をちりん、と鳴らすと、上がってきたエレベーターとは反対にある隠し扉から給仕が出てきた。ちょっとビビった。
「何か食べたいものでもあるか?無ければ俺が適当に見繕うけど」
「アルマのおすすめで良いよ」
「うへえ、責任重大」
『ご飯ですか?』
ブルームには【念話】で、そんなとこだよ、と伝えておく。アルマは給仕が差し出した紙に幾つか書きつけて給仕に返した。給仕はすっと腰を折ると、先ほどの隠し扉へ下がる。
完全に扉が閉じるのを待って、私は口を開いた。
「……そもそも、此処は何なの?私や君の身分を喋っても大丈夫な場所?」
「内緒話には向いてるな」
『……?何処なんですか、ここ?』
「【富春楼】。良くある高級街の茶館……だが、同時に密談にもよく使われる」
「密談て」
急に物騒なワードが飛び出してきたね?
「必要なんだよ。一階は見ただろ?広間にテーブルが沢山並んでいて、給仕はそこかしこで待機している。普通の茶館だ。でもこの部屋は違う」
「隠し扉、呼ばないと来ない給仕、エレベーターを囲む階段……」
「あ、そこまで気付くか。まあそんな訳で、此処は“そういう”目的での人間の御用達なんだよ」
『……?でもそういう、なんか……“秘密の作戦会議”みたいなことしたい人向けなのに、高級街にあるんですか?』
アルマが少し吹き出す。秘密の作戦会議、というワードがツボに入ったらしい。
「秘密の作戦会議……くく、そうだな。そういう事はむしろ、高級街の奴の方がやりたいんだよ。別にそんなあくどい目的でもない」
「……その心は?」
「知ってるか?この【華】と、それから海を渡った先にある【瑞穂国】は商人の力が強い国なんだ。まあこの世界の海運がこの辺に集中してるからだとか、そもそも人類種と魔物種の混ざり合う地域だからだとか、理由は色々あるんだが」
『あ!商談とかしたいんですかね!』
「なるほど?独占販売したい新商品を悟らせないためにとか、派閥内で値段の協定をしたりだとか、そういうときにここは都合がいいな」
「んで、まあ。なんで俺がそんな場所を知ってるのかって話だが」
アルマはそこでふー、と大きく息を吐く。
コンコン、と隠し扉の向こうから軽い音が響いた。アルマがチリンと小さな鈴を鳴らす。
「ちょっとな、今。【瑞穂国】で商会幹部をやってて」
はあ、と口から間の抜けた声が出たような気がする。給仕はそんな私を気にもせず、黙々とテーブルに大きな急須と2つの湯呑みを並べた。
給仕は当然、“そういうの”に慣れたプロ。




