75.始祖だって郷に行っては郷に従う
見覚えの無い温度だ。知っている顔に、知らない目がついているような。
その目に私が映ると、ほんの少しだけ見開かれる。青年はそのまま数度まばたきをして、再び開かれた時にはもうあの背筋が粟立つような気配は消え去って、ただ碧い色をしていた。人波が少し緩む。その隙を縫って、青年のそばへ行った。
やり取りをしていたらしい相手の、犬頭のギルド職員と思わしき服装をした人が口を開く。
「知り合いで?」
「個人的な付き合いがあるだけだ。……後で色々話す。一旦合わせてくれ」
「……アルマで合ってる感じ?」
青年_改めアルマは、小声で私に応える。私が小さく一つだけ確認を投げかけると、アルマはさらに小さく頷いた。なら静かにしておこう。
「んで……桃か?」
「ああ。できるだけ新鮮な実か種。あればあるだけ欲しいけど、最悪一つでも何とかなる。新鮮であればそれ以上質は問わない」
「……この時期にねえ……。全く、海を渡ってまで【参番街】のやり手が来たのがもう何日前だったか、あー……」
「小言は後にしてくれ。商業ギルドの方でも声を掛けたし出来るだけツテは当たったが、それでも時期が悪くてどうしても無い、でも必要なんだ。……正直ダメ元なんだが、何とかならないか?」
「乾かしたもんならあるし、種も生薬なら何とかあるんだが……」
「それじゃあ厳しいんだよな……取り敢えず依頼しておいていいか?報酬も幾らか弾む」
「……まあ、依頼するだけなら」
渋い顔で遣り取りをする二人。職員が裏手へ引っ込んだところで、私は思わず口を挟んだ。
「桃が要るの?」
「そうだけど……アテがあるのか?今まで……あー、山籠りしてた身分だろ」
「山……こほん。出処を明示できなくてもいいなら、ここに幾つか」
インベントリから【仙人桃】を取り出してアルマに見せる。彼はそれをそっと受け取ると、じっと見分し始めた。
……しかし、山籠りって。いくら私の身分がちょっと複雑怪奇でおいそれと明かせない立場だったとしてもそこまで言うか。しかも適当こいたわりに合ってるし。
「……まあ、出処については後で個人的に聞かせてもらうとして。十二分だ、買い取らせてもらう」
どうやらお眼鏡にかなったらしい。わんこそばよろしくインベントリから出してはアルマに手渡していったが、4つ目くらいで「もういい」と言われた。あるだけ欲しいって言ってたのは君なのに。
「……えーと、話は済んだか?」
ギルド職員が再び会話に入ってくる。やべ、ほっといてた……ごめんなさい。
「ああ、桃の話はついた。悪いが依頼は取りやめに……」
「え。今ちょうど募集を始めたところなんだが」
「あー……あ、じゃあアレだ。こいつ、エナが依頼達成したって処理しといてくれ」
「なら大丈夫だ。エナっていうのか、お嬢さん。ギルドカードは?」
「ギルドカード……?あ。私、ちょうどそれを作りに来ていて、今は受け取り待ちなんだけど」
「…………受け取っておいで、お嬢さん」
野次馬は気がつけば既に解散していて、私とアルマと職員だけが話し込んでいたらしい。……もしかしなくても、窓口の呼び出しを無視していたな。これはまずい。
慌てて窓口の方へ向かう。少し視線が刺さってきたような気もするが、まあ気にしてもしょうがない。そこそこ悪目立ちはしただろうし。
並んでいる人はもう一人も居なかった。忙しくなる時間を過ぎたようで、あんなにごった返していたとは思えないほど閑散としている。
「すみません、遅くなりました」
「いえ。こちらがエナ様のギルドカードになります」
銀色の金属製のカードを渡された。私の名前と謎の数字の羅列、そして大きく【E】という字がそれぞれ彫られている。
「この数字はエナ様の魔素波動と結びつけられた個人識別用IDであり、なりすましを防止しております。他人のカードを使用したり貸したりした場合、如何なる理由でも厳重に処罰されます」
ふむ。
「【E】は?」
「冒険者ランクとなっております。EからSまであり、依頼をこなした数やこなした依頼の難易度などを総合的に鑑みてランクが上昇していきます」
「上がるとご褒美がある……とか?」
「ランクが上がる度に、ギルドから受けられる援助が大きくなります。ギルド商店の商品によっては、特定のランクに至らないと購入できないものもあります。また、新規のギルド立ち上げにはCランク以上である必要があります」
なるほど、ランクが上がると特権がもらえると同時に、そもそも一定のランクまでは一人前だと認められないということでもあるのか。
「あ、そうだ。旅人のギルドと冒険者ギルドの違いは?」
「冒険者ギルドはあらゆる冒険者が立ち上げたギルドの上位組織として機能します。また、各ギルド内では基本的に各ギルドのルールが優先されますが、極めて公序良俗に反していると言えるギルドや、犯罪行為を行ったり斡旋したりするギルドについては、冒険者ギルド側から処罰を下す権利があります」
「冒険者ギルドが上位組織として監視と統括を行っている、という形ですかね」
「おおむね間違いありません」
なるほど。治外法権を持つなりに治安維持を行っているわけだ。「冒険者ギルド」と言った時はここを指していると考えてよさそうだな。
「商業ギルドと生産ギルドについても、軽く教えてもらっていいですか?」
「ええ。基本的には冒険者ギルドと変わりません。商業ギルドは商人たちを、生産ギルドは職人たちをそれぞれ統括し、住民や旅人の皆様は同じく下位組織としてギルドを立ち上げることが可能です」
「冒険者や生産など、所属するギルドの垣根を越えた連携などは……」
「基本的に我々を通していただく形になります。素材収集や護衛の依頼の中には、各ギルド所属の商人や職人たちから依頼されたものもありますよ」
「冒険者が他ギルドに依頼を出すことも出来るんですか?」
「はい。製作や輸入、買取などを依頼することができます。また、冒険者が冒険者ギルドに依頼を出すことも可能です。高難易度の迷宮攻略の人手を募集する時などに利用されています」
……そういえば、アルマも依頼を出すとかなんとか言ってたな。あれはアルマが冒険者ギルドに素材を依頼した、って扱いになるのか。
「長々とすみません。いろいろ教えてくださってありがとうございます」
「お気になさらず。それでは、冒険者エナ様。良い旅を」
係員に礼を言って、窓口を離れる。
そこでぽん、と肩を叩かれた。
「エナ」
「……アルマ」
「近況報告」
はい。




