73.都へ
麓へ近づくにつれ、人が多くなってくる……まあ、疎らにではあるが。西洋風の甲冑やローブを纏った人は十中八九プレイヤーであるだろうが、そうでなくアジア風の服装の人も居る。むしろそういう人のほうが多いかもな。
質素な質感と色合いの服を纏った人は、修行の身であるのかもしれない。華やかな赤い服を身にまとった人もいる。
……この様子なら、おそらく誰にも大して気付かれていないだろう。そこまで多く人が居ないうちに、さっさと情報収集を済ませよう。
『ブルーム』
『はい!……あれ?普通にしゃべらないんですね』
『人が増えた。少し話しかけて情報を得ようと思う』
『わかりました。ジッとしてますね』
……その必要は無い気もするが。まあ、バレないように気をつけよう。
さて、ふむ……そうだな、赤い服の人に聞いてみるとするか。プレイヤーらしい雰囲気ではないし。
「すみません。少し良いですか?」
「おや?御機嫌よう。あなたもこの山に修行にやってきたのですかな?」
「……修行?」
「ああ、いえいえ。南はいくらか登山道が整備されておりますからな。とは言えそちらも中腹に至るほどではないのですが、普通はそちらに向かわれるものです」
……こちらは山陰……つまり北側。人、特にプレイヤーらしき存在が少ないのは、整備されてない側であったからなのか。
「なるほど……すみません、恥を忍んでお伺いしたいのですが。無頂山、とは如何なる山なのでしょう?」
「ふむ……もしや異界からいらしたとされる旅人の方でありますかな」
「ええ。ゆえ、この辺りの常識には疎く。お恥ずかしい限りです」
「いえいえ!そのように聞いてくださる旅人の方というのは珍しいと思ってしまいましてな。私のような浅学の身でも宜しければお教えしますとも」
信心……あー、なるほど。やっぱり修行僧とかなのかな。
「恩に着ます」
「お気になさらず。ここ無頂山は、仙人の住む山であるのです」
「ふむ」
「我らは【歳王】の教えを体現し、浮世を捨てて天へ至らんと修業を重ねる身であり、ゆえにこの神仙に近き山を登ろうとしているわけです」
「……そのように、修業を重ねる方は……互いに交流があるものなのでしょうか?」
「いいえ。我らは自分自身にしか成せぬ方法でもって初めて歳王の摂理の外へと近付けるのです」
ああ〜……やっぱり神様ポジションだったわけね。【歳王】って言うと、ええと……。
「契約と対価、法と則の長……でしたか」
「ええ!そうです!ここ【華】は歳王の摂理に従い古くから人と魔の領域をまたいで貿易をする地であり……」
「……合っていたようで何よりです。その、比較的人の多い街への行き方を知りたくて」
「む?でしたら南の麓から歩くと運河がございます。そちらから……一番大きな街であれば、都の【四安】がよろしいでしょう」
なるほど。都に行けるならありがたいな。おそらくそこが一番不足しないはずだ。
「ありがとうございます。あなたの修業が実を結びますよう」
「そちらこそ。【華】は素晴らしい国ですよ。良い旅をしてください」
――――――――――――
次は四安、と船頭が声を張り上げた。ぐわん、と船底が揺れる。
『エナさん大丈夫ですか?結構揺れますけど』
『ブルームは船酔いするタイプ?』
『そうなんですかね?もうリアルで船に乗ることなんて多分無いですから』
と、言うわけで。私たちは、さっきの修行者……道士?が近いのかな。彼の言う通り、運河を使った四安行きの船に乗った。
運賃は一律で前払い。そもそも、元々乗る人は少ないらしい。そのおかげか、異様に安かった。10マナゴールドくらいだったっけ?
この船は何のために通じているのか、と聞けば、運河に沿う農村の租税を集めるための船であるらしい。ついでに行商の真似事もし、さらには都に用がある人間を乗せるようになったのだという。
船頭の言うとおり、船は私たちが乗る一隻だけではなく、幾つかの船が連れ立っていて、その内の何隻かは大量の箱だけが乗っている。
『私は大丈夫だけど。もうすぐ四安だって』
『私も大丈夫です!じゃあもうすぐ念願の都ですね!』
『そう言えば、周りは見えてるの?』
『……うすぼーんやり、境界線が見えるくらいです』
『ああ、そうだよねえ……』
ブルームはやっぱり【感覚鈍麻】がキツイらしい。
船を降りて、船頭に軽く礼を言う。降ろされたところは、綺麗に舗装された石畳だった。ヒールがかつんと音を立てる。
少し歩くと突然道幅が広がり、ぞろぞろと往来する人が溢れている。一歩進む度に、全く違う嗅ぎ慣れない匂いがした。
耳にざわめきが飛び込む。露店の売り文句、他愛のない噂話、冒険者たちの作戦会議。石畳を歩く。でこぼこの足元がどんどん平らになっていく。
兵士が通行人を呼び止める声。露店の串焼き肉の臭い。人々の足が止まる。
顔を上げる。巨大な煉瓦造りの門だ。その上に、丹塗りの柱が並ぶ楼閣がある。
「……入国審査?」
兵士たちが、声を張り上げて列を作らせる。入国と言うか、入都審査だが。まだ来たことが無く通行証を持たないものはこちらへ、と言うので、大人しく並び直した。
人は多いがその分対応する兵士も多いようで、思ったよりも早く自分の番が来る。
「目的は?」
「旅をしに」
「ふむ。各種ギルドへの登録は」
「……まだ出来ていないが、出来るだけ速やかに行う」
「ではこれを。ギルド登録を済ませたら、そちらで正式な通行証に引き換えてもらえる」
「ありがとう。ギルドは何処に行けば?」
「ここから出られる大路に面している。冒険者、商業、生産、行けば分かるだろう」
「ああ。恩に着る」
「良い旅を」
……ギルドへの登録か。直に種族やらを覗かれるようなことはなかったが、なるほど。やっぱり身分証明は必要だよな。
渡された仮身分証……木片に通行許可と有効期限を記されただけの簡素なものを眺めながら、門をくぐって都へと入ろう。
長く暗い門を抜けて、明るい大路へ出る。石畳は整然と敷き詰められていた。
人の喧騒。頑丈そうな建物たち。紛れもなく生きている街並み、息吹を持つ文化。門を抜けたことを察知したのか、ブルームがそっと話しかけてくる。
『……到着しました?』
「うん。いい街だ」
そう言うと、ブルームは安心したように笑った。
まずは、ギルドで正式な通行証と身分証明書を得るか。