72.天を駆け山を降りる
足場悪すぎてウケるな。
『エナさん、どんな感じですか?』
「多少開けたとこに出たよ。でも周りはとんでもない岩場だし、そもそもほぼ絶壁だ」
『うへ……どうやって降ります?』
「どうしたもんかね。回り道は出来なくも無さそうだけど。とりあえず一旦休憩だ。」
ブルームを携え、【穢れた咎の領域】を出てから、ゲーム内時間で数時間かけて下山中だ。数時間かけてもまだまだ中腹、と牛歩以下なのは、本当に壊滅的な足場の悪さのせいである。そこかしこが断崖絶壁だし、登山道なんて全く整備されてない。もしここで遭難したら絶望的である。そもそも登るなこんなとこ。
「ふう」
適当な岩場に腰掛ける。うわあ、高所恐怖症が死にかねない高さだよ、これ。普通なら、と言うかリアルなら命綱があっても御免だ。
視界の端に小さくアラートが出ている。空腹度が減少していることを示すそれは、今までの私には全く馴染みがなかったものだ。そう言われると、なんとなく腹が減っている気がしてくる。
「空腹度管理があるのは面倒だな」
『あ、お腹空くんですね』
「まあ、これが生命活動をしている存在のデメリットなんだろうね」
影から霊体になっても、霊体から死体になっても。進化を重ねて形が無いことの悩みは解決したが、死体ゆえの悩みを抱えたりした。そして死体ゆえの悩みは解決されたが、生命体ゆえの悩みを抱えている。
どんな生物にも何かしらの欠点はあるものだな。例えば四足歩行の肉食動物になれば、動きは機敏になるし力は強くなるだろう。それでも装備品であったり、そもそも人間界での活動に支障が出る。もしかしたら食べ物も制限されるのかもしれない。
『……うーん……』
「どうしたの?」
『私、エナさんと会ったときは、エナさんみたいに進化して実体を手に入れる方がいいなって思ってたんですけど』
「ああ……」
『そうならない方が自分に合ってるかもしれないって考えると、悩ましくなってくるなって』
「確かに。私は出来るだけ早く人里……と言うかセーフティエリアに降りなきゃいけない用事もあったから、それだけを目標にしてたけど。ブルームは【憑依】軸に成長することを選んでもいいかも」
むむむ、とブルームは悩みだす。彼女には、もっと強い武器や生物に取り憑いて強くなる道もあるだろうし、それ以外の全く想像もつかない道を行く可能性だって低くはないだろう。進路(?)の悩みは、かつての私の比ではない。
……ブルームは話し相手にならなくなったな。じゃあ満腹度を上げるために桃をかじりつつ、色々手に入れた称号とか、それから【天駆】をここで調べておこうか。
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【始祖‐混沌】位階Ⅳ
この世における最初の一となったものに与えられる称号。
あなたは激情にして泰然、人為にして自然、有為にして無為、穢那にして清浄なるものである。
あなたの一歩は、世を【混沌】へと塗り替える一歩である。世界が塗り替わるたび、位階が上がる。続く全ての【混沌】のため、道を踏み外すことなかれ。
隠し称号:全ステータス上昇(小)
『人類も魔物も、全ては詭弁だよ』
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……そう言えば思ってたんだけど、フレーバーテキストって誰の言葉なんだろうね。この世の唯一神的なのが居たりするのかな。これは他と口調がちょっと違うけど。
称号の効果はあんまり変わり無い、と。“世界が塗り替わるたび、位階が上がる”は……ちょっとよく分からないかな。でもまあ、大きな影響を与えること……例えば地形を変えるとか、国を滅ぼすとか……いややらないけれども。そういう事をやったら、上がるんじゃなかろうか。
続く全ての【混沌】……そっか、私はもうユニークじゃないんだもんな。唯一でも無二でもなく、しかし最初の【混沌】種になったんだ。瑾瑜も玉帛も、それからブルームも、そのつもりだったと言い切れないとは言え、私に続く存在になった。
気合入れなきゃ。
まあ詳しいことはこれ以上わからないし、いったん置いておくとして。次は……【尸解仙】だな。
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【尸解仙】
摂理を捻じ曲げ永久を手に取り死に蓋をしたものへ与えられる称号。一部キャラクターに低位の仙人として扱われる。
あなたに続く存在がいないことを祈ろう。
隠し称号:空腹度減少速度低下(中)
『輪廻を外れた分際で、まだ求めようというのか』
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「そんな怒られましても……」
『?どうかしました?』
「ああいやこっちの話」
そんな怒られましても、より高次な存在へ至りたいというのは人の欲望でありまして。人間舐めんな。
効果は……腹が減りにくくなる、と。これ結構ありがたい効果だな。そういや卵から這い出てきてから桃しか食べてないのに普通に動けてるし。これのおかげか。
テキストは、ふむ……低位の仙人ね。一部キャラクターっていうのは、月琴さんとかかな?……てことは、あの人?はもしかしなくてももっと高位な仙人なのか。どうやったらなれるんだろうな。また【外丹】とかだと、ちょっと遠慮したいけど。
月琴さんで思い出したけど、今私が被ってるこれ、改めて見るとすげえ笠だな。京劇とかに出てきそうな派手さなのに全く重さを感じない。着けてると勘違いして角晒したりしないように気を付けないと。これも調べるか……でもまずは【天駆】だ。
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【天駆】レベル1
魔素を消費して、空中に足場を作るスキル。
足場は作成者しか使うことができない。
足場は一度踏むと壊れる。
連続して空中に作れる足場の数は、スキルレベルに依存する。
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……なんか、使いやすいんだか使いにくいんだか分からないスキルだな。でもまあ、今いる場所のように極めて足場の悪い状況では、地面→【天駆】→地面、みたいに繰り返せば普通に歩くより速くなるかも。
そういうふうに使っていくか。足元の悪いところをスキップするのに積極的に使用してレベルを上げよう。
それから、笠。
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【雲煙過眼】
何らかの仙術が施された松の塗り笠。形こそまるで芸術品のように派手だが、掛けられた術によってあなたは雲間の月のように人目から隠されるだろう。
装備者は、装備者が意識していない他者から認識されづらくなる。また、他者の認識から外れやすくなる。
どんな頭の形でも装備可能。
『見えぬ月ほど美しいものは無いわ』
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……いーいもん貰っちゃった。特に重くて邪魔ってわけでもないし、邪魔にならない限り被るようにしておこう。そうすりゃちょっと顔見られたくらいならすぐ忘れてもらえるようになる。
“装備者が意識していない他者から”認識されづらいってことは、自分が意識している相手にはちゃんと見つけてもらえるってことだもんね。
じゃあ、確認はこれくらいにして。とにかく麓まで降りることにしよう。
「ふー、休憩終わり。一気に降りるよ」
『はっ!はい!』