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62.コギト・エルゴ・スム

「ふっ……随分ワンパターン……だね!」


 もう何時間も何日もやり合ってる気分だ。同時に、これまでの全てが数秒だったようにも感じる。何もかもが判然としない。確かなのは、私がここにいて、そいつとやり合っているということだけ。


「……大丈夫……私は生きてる、失敗してない」


 失敗してない_何を?


「……ッ!?」

『あは、ぼーっとしてどうしたの!?』

「黙ってろ!」


 眼前に黒い爪が迫る。それは額をかすめた。死ぬかと思った。初めて死に怯えた。……久しぶりの感覚のようにも思った。


 ああもう、こいつの言う通りたしかに色々と忘れてきてるみたいだ。……いや、気にするな。何を忘れてるんでも構わない、今私がいることだけ考えろ。何も失敗してない、全部想定通り。揺らぐな。


 優位に立つのは私だ。今この力関係まで明け渡したら、本当に負ける。


 私は私だ、それ以外の論理を挟ませるな。許したら負ける。


「そっちこそ、ずっとぼんやりしてる……けど!?」


 そいつと距離を取って対峙し合う。牽制するように幾つもの魔法が飛んでくるが、それ自体はかわしやすいものだった。


 問題は……威力の高さ。私が元々使っていたときからああだったのか、それともコイツが使っているから強いのか、記憶が定かでない今は何とも言えないが。


『うるっさい!要らないってのなら寄越してよ!』

「要らないとは言ってないよ。今はお前のものになってるってだけで」

『じゃあなんで!!!』

「お前、分かってる?お前の全ては私から奪っただけのものだって」


 正面から低く飛んでくる刃を跳躍してかわす。空中で身をひねって弾をやり過ごす。着地する寸前に体勢をずらして、地面から生えてきた爪を避ける。


「私が、盗られたものを取り返さないようなタマに見えるわけ?」


 再び肉薄して、拳を構える。


『じゃあ、私だって返すわけない!』


 そいつは剣を抜いた。剣を振りかぶるのを見て、私はかわそうとする、が……。


「……ちっ」


 その瞬間、背後に妙な影が見えた。バックステップをすれば、そのまま串刺しだろう。


 後ろが駄目なら前に行くしか無い。一か八か、拳を解いてそいつの懐に飛び込んだ。


「っ、痛……!」

『……頭おかしいんじゃないの!?』

「お前がやっといて言うかよ!」


 首に迫る刃を、両手で挟んで止める。やや手のひらが切れたが、首が切れるのに比べたら無傷もいいところだ。そのまま柄ごとそいつの手を掴み、引き倒しつつ……腹を蹴り飛ばす!


『っがふ……!?』

「……はは、もーらい」


 剣は綺麗にそいつの手をすり抜けて、私の手元に収まってくれた。短い付き合いだがやけにしっくりくる。


「……あ、私のなのか。これ」


 不意に思い出す。あー、あの死ぬほど面倒くさい浄化作業をした記憶が蘇ってきたな……。正直、敵を倒すよりも雑務の方に使ってるのが少し申し訳ないかも。


『ぐ、ゔ……っ……』

「なるほどね、お前から取り返せば記憶もいくらか戻ってくるのか……まあ、この剣以外に取り戻せそうなものは特に無いけど」


 軽く振り回して、感覚を確かめる。うん、これなら何とでもなりそうだ。


『は……っ……くそ……本当に、頭おかしいでしょ……』

「今更言うのもなんだけど、人の身体を奪っておいてそれ言える?」


 向こうはいつの間にやら距離を取っている。結構元気だろ、あいつ。


 じわりと睨み合って、どちらとも言わずに構えた。


――――――――――――


『……いいっかげん、諦めてよ!!!』

「真正面からそう言われて、はいそうですかってなるわけ無いだろ!!」


 矢継ぎ早に、と言うよりも、もはや途切れなく。途方もない密度の黒い弾幕が、私に襲い掛かる。必死で隙間をすり抜けて、どうしてもかわしきれないものをなんとか剣で斬り飛ばしても、全身に少しずつ切り傷が蓄積されていくほどだ。


 黒い刃を、弾を、槍を、かわすたびに、剣で受け流すたびに、少しずつ全身が重くなっていく。それでも私の身体は動いて、頭は回って、死なないための道を作っている。


「……はぁ……はぁ……」


 ここに来るまでの廊下よりも、攻撃そのものは激しくなっている。気を抜けば一撃もらいかねないのは何も変わらない。


 でも……建物の構造が動くようなことはない。それは向こうにも制御できている事象ではないからなのか、戦いやすさを優先しているのか、それ以外なのか定かではないが。


 それから、これはさっきまでの廊下と変わらないのだけれど、こいつは一度も事象融合を利用していない。


 ……うん。私もね、剣を取り戻すまで忘れてたんだよ。事象融合。この剣に関する記憶を取り戻したときに、一緒に引き摺られて思い出したんだろうね。ゆっくりと、剣を起点に、いろいろな記憶が戻りつつある。


 まあ、事象融合を使わないなら使わないで都合が良い。【対消滅】を起こされたら問答無用で即死するわけだからね。


「いや」


 ……むしろ、【対消滅】が起こせないんじゃない。


「もしかして、事象融合そのものが使えないのか?」

『……っ』

「なるほど。そりゃ妙な話だね」

『……だって。あんなの……普通、出来るわけない』

「は?」


 そいつはぼそりと呟いて、とうとう蹲った。


「……なに?立ちなよ」

『うるさい!……アンタには分かんない』

「何が」

『……なんで、何も無くても強いやつに、分かったような口利かれなきゃいけないの』

「……はぁ……」


 頭が痛くなってくるな。


「逆に聞くけれど」

『……』

「なんで自分が手に入れたわけでもない力に、そこまでしがみつくのさ」

『……だって、普通、何もないやつはずっと何も出来ないじゃない』

「……お前がやろうとしなかっただけじゃなくて?」

『……』

「百歩譲って出来なかったからって、借り物の力で自分が何か出来るようになるわけでもないのに?」

『……これで、なにもできなかったら、わたし、きえちゃうのに……』


 ……きな臭い話が出てきたな。


「……そもそもさあ、なんでこうなったの?」

『なんで、って……』

「私、お前と何の関わりは何も無かったはずだよ?少なくとも記憶にはない。なのにどうして、お前が私の諸々を奪うことになったわけ」

『……わからない』


 はい?


『気がついたら、こうだったの』

「……詳しく聞かせて」

『私……私は、ただの、魂で……なのに、なんでか、身体と力と名前をもらって』

「ふうん」

『そしたら、声が聞こえて』

「うん。……うん?」

『私の身体は私のものじゃなくて、でも元の持ち主を諦めさせたら私のものになるんだって』

「……あー……誰の声が覚えてる?」

『わからない……夢みたいに全部覚えてないの。でも、そう、もし言う通りにすれば手に入れられるなら……欲しかった。こんなに強い力のあるやつなら、普通なら私には絶対倒せないけど』

「何も無いなら諦めるだろう、って?」

『……でも、そうじゃなかった……。なんでこんなに強いのに、アンタは諦めないの?』


 ……なんで、って。


「そりゃあ、私が私だからだね」

『それが分かんないの。私ってなに、なんで名前も何も無いのに私なんて言えるの、どうやったらそんなこと言えるの』

「……そんなことに理由を求められても困るよ。どうやって呼吸してるの、歩いてるの、って聞かれてるのと同じだ」

『……』

「何度も言ってるけどさ、どう頑張ったってお前は私になれないの。……いっそ、それがお前自身の証明にならない?」

『……私の、証明』

「そうだよ。お前が強くなりたいなら、お前自身が強くならなきゃいけないの。私の名前を奪ったってお前がどうにかなるわけじゃない」

『……どうしたら、いい?』

「知らないよ。それだって自分で見つけなきゃ」


 そいつは俯いて黙り込んだ。……まあ、厳しい話はしてるだろうけどさ。こっちだって生存がかかってるわけで。


「あー……取り敢えず、新しく自分に名前を付けるとか?」

『……名前?』

「そう。お前は自分の名前を手に入れられる。お前に新しい名前が付いたら、私の名前も返ってくる。お互いに得だ」

『……一理、ある?』


 そこは確信しろよ。


「あと、身体はいっそくれてやってもいいよ。スキルとかは返してほしいけど、種族としての【影禍】は、お前にあげる」

『え』

「死体って意外と不便でさあ。よくよく考えてみたら、捨てるために色々してたんだから正直いらないや」


 思い出した思い出した。うん、もともと死体の身体が気に食わなくて薬を飲んだのがきっかけな訳で。スキルごと奪われてるのはちょっと困るけど、身体そのものは正直あげちゃっていいや。


『え……?』

「うん、良いんじゃない?お前、結構使いこなせてるし。あ、名前どうしようか?どんなのがいい?」

『え、ええと』

「私に任せると“ポチ”になるよ」

『は!?絶対嫌!!!』

「じゃあ早くしな」


 そいつは、う〜んう〜んと唸って頭をひねり始める。ふふ、言われた通りに名前を考えるなんて結構素直なとこあるね。


『……じゃあ、瑾瑜キンユ

「ほう。なら、今日からお前の名前は瑾瑜だよ。自己肯定観高くて良いね」

『は?じゃあアンタの名前はどうなの』

「私の名前?今はお前しか知らないけど」

『あ』


 マヌケは見つかったようだな。


「教えて?私の名前ってなんだった?」

『……エナ。アンタの名前は“エナ”だ』


 ……ふふ。思い出した。最後のピースが、かちりと嵌ったような、すっきりした感覚。


「うん。私の名前は“エナ”だ。ありがとう、瑾瑜」


 またね。そう言おうとして_


 _その寸前で、また意識が落ちた。


『試練終了』

『特殊処理へ移行します。特殊処理中は強制的にログアウト状態となります』

『この処理でのキャラクターロストの危険性はございません』


――――――――――――


『“エナ”の再構築を全面的に承認』


「うむ。あれは成し遂げた。幾多もの死を乗り越え、自らを再定義した。逃れられぬ筈の檻を破壊して見せた」


『干渉を検知』

『【歳王】を検知』

『要求:権限の一部譲渡』


「さて……お前は何になるか?その答えは既にある。お前はお前と成るのだ」


『譲渡を承認』

『“エナ”の再構築が完了』

称号タイトル獲得:【尸解仙】』

『安定化プロセスに移行します』


「では……我からも一つ、餞別をくれてやろう。多くの姿とは、常人には過ぎたものだが_」


『特殊処理終了』

『条件達成。【■■■■】を解放します』

『称号解放:【龍生九子】』

『龍生九子“エナ”の安定化を確認』

『進化完了』


「_エナ。並の器ではまるで足りぬお前にとっては、実に丁度良かろう」


『ワールドアナウンス:始祖級キャラクター【龍生九子】が誕生しました。

【無頂山】の一部地域の支配権が【龍生九子】に移行します。

 今後は変異キャラクターとして【混沌種】キャラクターが世界で発生します。

 世界任務ワールドクエスト【無二の生命を追え】の目標が更新されます』


『称号獲得:【始祖-混沌】』

『称号【始祖‐混沌】が【始祖】と統合されました。【始祖‐混沌】の位階ランクがⅣに昇格しました』

瑾瑜:美しい玉のこと。


実は「Cogito, ergo sum」、もとい「我思う、故に我在り」というのは、デカルトの思想からはニュアンスがやや異なるそうで。曰く『どんな推論からも導けないが、確かに存在する観念』ということなので、「ゆえに」は確かに不適当ですね。

私的に再解釈するなら、「思う我在り」でしょうか。

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― 新着の感想 ―
作者すげーやわかりやすくむずいこと言ってるこれが文才…
壊れてるからこそぶっ飛んだ事やり遂げるんだよね
すごい元気付けられる
2025/09/10 13:59 退会済み
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