表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/122

61.天上天下唯我独尊

第三者視点。上位存在ズ再び。

「……御前よ、見えていますか」

「うむ。実に愉快な光景であるな!」

「……見えていませんでしたか」


 あいも変わらず、白い女と袞冕の男は彼女の姿を見つめている。


「……御前よ」

「何であろう?」

「……あれは、とうとう壊れましたか」


 其れらの見つめる先で、彼女は全く同じ顔の存在を殴り倒している。……彼女の方がやや血色が良いから、全く同じとは言えないかもしれないが。


「壊れた!御前はあれが壊れたように見えるか!」

「……御前にはどう見えるのですか」

「うむ。あれは実に正気である。極めて強靭な精神をしているな」

「……御前よ」

「何であろう?」

「……とうとう壊れたのは、御前の方やも知れませぬ」


 もはや男は呵々大笑している。こらえるのを諦めてしまったのかもしれない。


「いやはや。もはや我より御前の方が常人らしいやもしれぬな」

「……いかがなさいましたか」

「いや?御前にはあれが壊れたように見えると言うからな」


 男が笑うたびに、冕冠の玉飾りも音を立てる。


「人の正気とは、何を以て保たれていると思うか?」

「……自己を見失ったものは、正気ではないでしょうね」

「では御前よ」

「……なんでしょう」

「あれは、己を見失ったように見えるか?」


 女はしばし沈黙した。男は何も言わず、ただ女を待つ。


「……そのようには、見えません」

「うむ。あれはただ一つの目的のために行動を取っているに過ぎない。あれにとって、己によく似た存在を攻撃することは、忌避の対象ではないというだけのこと」

「……」

「して、御前よ」

「……なんでしょう」

「存在は如何様に自己を定義するか?」


 女は再び沈黙した。思考が止まってしまったような、鳩が豆鉄砲を食らったような、そんな雰囲気をまとって。


「……如何様に、ですか」

「うむ」

「……名は、それを定義します」

「しかし存在は自ずから名を付けることはない」

「……姿は、それを定義します」

「しかし存在は己の姿を真に見る事は出来ない」

「……力は、それを定義します」

「しかし存在は自ずから同類と群れるのである」


 女は苦虫を噛み潰したような雰囲気を隠さない。しかし何も言わないのは、男の言葉こそが事実であるためだ。


「……御前よ」

「何であろう?」

「……存在は如何様に自己を定義しますか?」

「無論、自己意識を自覚して定義するのである」

「……自己意識」

「『今思考している己こそ己である』。単純明快にして唯一無二の自己定義だ」

「……詭弁です」

「詭弁であろうな」


 ふっ、と男は鼻で笑った。女は落胆したように肩を竦める。


「だが_その詭弁をもし体現できたのなら。それは何にも揺るがされることのない強者たり得るだろう」

「……御前よ、何を……」

「あれは、そういう存在だ」


 女は身体をビクリと震わせた。それが意味するのは_驚愕と、確信。そして疑惑。


「……そのような定義は結局、強者の詭弁に過ぎぬものです」

「ほう?」

「……あれもどうせ、自身そのものの弱者性に気がつくでしょう」

「ほう、御前は……あれが()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

「……?何を言うのです」


 男はやはり笑う。悠然と笑う。


「あれは冴えたものだ。我に一つの借りも作らなかったのだから」

「……」

「あれは何千と死んだ。己が弱者であることなど、とうに気づいている」

「……それは……」

「御前は、自己定義など強者の詭弁と言ったな」

「……ええ」

「間違いではないが、正しくもない」


 ほう、と男は息をついた。見つめる先で、彼女と彼女でないものが相対している。


「それは強者の詭弁であるが、弱者の真理でもある」

「……」

「弱者とは、他者から押し付けられる定義であろう」

「……ええ」

「弱者が弱者から脱却するためには、自身を自身として定義し直さなくてはならない。無論、それを可能とした弱者は、ほとんど存在しないだろう」


 男は慎重に続ける。


「強きを奪われ弱きを押し付けられた弱者にとって、自己とは、最後に頼る頼りないものだ」

「……そう、ですね」

「だがあれはどうだ?あれは生まれすらも弱さを押し付けられた身であったが、しかし生きている」

「……」

「強さや姿による定義を必要とせず、己を持って生きているのだ」

「……弱さもまた、他者から与えられる定義です」

「うむ、そうであるな。だが結局、あれはその弱さを脱ぎ捨てんとしている」

「……」

「あれにとって、姿も力も……“己”以外は己を定義するに足らぬのだ」


 沈黙が落ちる。彼女は彼女でないそれを叩き伏せんと動いていた。彼女でないそれは必死に抵抗していた。


「あのようではな。果たしてどちらが強者なものか」

「……では、あれは……何故ああも……」

「あれは自己を既に確立している。故にその他の定義を必要としない」

「……ええ」

「だがそれは、己を奪い返さない理由にはなり得ないということだろう」

「……つまり、あれはそのように在りたい……それだけであると?」

「うむ。して、御前よ」

「……なんでしょう」


 男が聞く。


「あれらの由来は異なる理を持つ世界であると聞く」

「……ええ。【死穢】もまたそうでした」

「あれらは異なる理を持つ世界で人として生きると聞く」

「……ええ。【死穢】もまたそうでした」

「常人が、人の形無きものになっても自己を保てるものであろうか?」

「……いいえ」

「いつか人になる、その心持ちだけで自己を持ち続けられるものか?」

「……いいえ。およそ人への道を見いだせぬ身であった【死穢】も、そしてあれも。容易く正気を保った理由は、未だに分かりませぬ」

「それこそが、自己定義なのである」


 男が笑う。大笑する。


「人ならざるものは常人ならざる意識を持つ。御前が【扶桑樹】と成ったときは?」

「……わたくしは、始祖となってはじめて意識を得たものですから」

「そうか。我は元より人では無かったが……恐らくそうであった頃の我は既に薄れておろう」

「……」

「我はそれを受け入れてしまった。責務とはこの世で最も残酷なものだ」

「……御前よ……」

「常人とは責務に潰されるものだ。それを跳ね除けるには……」

「……揺るがぬ、揺るぎ得ぬ、常人には成し得ぬ自己定義をこそ保たねばならぬ、と?」

「うむ。我、そして【死穢】はそれを成した。して、御前よ」


 男は愉しげに語る。


「あれは、それを成し得るであろうか?」


 玉飾りの奥から、鋭く細められた、値踏みするような目が現れる。


 其れは、比類無き赫であった。

女?「……常人には可哀想ではなくて?壊れてしまうよ?」

男?「常人に見える?」

女?「……常人……ではないかな……」

男?「ヨシ!」


どっかの死穢「へっくしょい!……風邪か?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
自分のハンドルネームの由来的な内容が出てきたので書き込み。 え、VR MMOが異世界に変容しつつある…? 3000回も死んでたら、強制ログアウトになってそうで、そうなると我思う故に我あり、というよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ