56.清濁併せ呑む
視聴者の皆様ごきげんよう。影禍・エナの、一朝一夕外丹クッキングのお時間です。
今回の材料はこちら。辰砂、鉛、砒素、純金、そして乾燥した覆盆子の未熟果です。
……動画配信者って、こんな感じ?
こほん。おふざけそのものは完全に伊達や酔狂のそれだが、並べられている材料はそうではない。いや一周回ってそうとも言えるか?
ま、取り揃えてしまったのだから仕方が無い。と言うよりも、仕方が無い云々の以前に、最早私はちゃんと乗り気だ。
強くなる。先へ進む。人になる。
全てを満たせる可能性が、これから作るこの丹薬に満ちているのだから。
それじゃあ、作成開始。
「……(まず、辰砂を水銀に精製する)」
鉄鍋に辰砂を砕き入れ、煙突のようなものが細く伸びている炉に入れる。しかし、その煙突は通常の形をしていない。それは細まりながら途中で横に曲がり、そして細い口を覆うように鉄製のフラスコのようなものが出口をふさいでいた。
「……(簡単に言えばレトルトだね)」
炉に魔素を流し込み続けると、炎が出る。同じくフラスコの方にも魔素を流し込むと、そっちはタンクローリーのようにゆっくりと回りながら、ひんやりと冷えていった。
ふむ。炉で辰砂を加熱して、水銀蒸気を集める。集めた水銀蒸気をフラスコで満遍なく冷やし、純粋な液体の水銀を回収する……つまりこれは、蒸留用の炉だったようだ。
「……(規模は極めて小さいが、応用すれば他の金属の精錬なんかも出来そうだね)」
まあ、しばらくそんな予定は無いけれど。と言うかあくまでも「理論上不可能ではない」というだけで、実際はもっと精密に作らないと金属類の精錬なんかには到底使えそうもない。
正直言って、水銀を精製するためだけに作られたものなんだろう。
それじゃ、しばらく炉には魔素を流しっぱなしにしておいて。
次に、覆盆子をすり潰す。引っ張り出しますはこの薬研……重っ。こいつで粉々になるまで砕いて、細かくなったら今度は乳鉢と乳棒で粉末状にし、水で練って丸薬に……あ。
「……(水、どこだ?)」
完全に失念していた。
探せば井戸の一つもあるかもしれないが、いったいどれほど年月が経っているのかも分からないわけで。すっかり枯れてしまっていても全くおかしくない。
あー……とりあえず、井戸は探そう。
ま、やるなら一番最後だな。一旦下拵え……下拵え?を完了させて、あとは全部溶かすだけになったら、あらためて探しに行く。
さて、覆盆子はすり潰し終えた。具体的な量は正直よくわかってないが、完成した薬は恐らく口に含んだ瞬間に碌でも無いことになるので、一口に済む量に抑えておく。
じゃあ、鉛と砒素も薬研にかけて細かくしておこう。これは単純に水銀に溶かしやすくするためだ。皆も覚えておこうね。そして一生こんな知識使うな。
それから、純金を削って細かくする。最初は鉛や砒素と同じように薬研にかけて細かく粉砕しようと思ったんだけど、想定以上に柔らかくて時間がかかったから……。しょうがないので、薬研の底に擦り付けて細かくしている。腕が痛い!
はあ……ふう……ある程度の下拵え……と言うにはやはり悍ましすぎるが、下準備は終えられた。
じゃ、ちょっと水を探しに行こう。ここは高台だって話だし、井戸じゃなくても沢とかあるかも。
地下室から上がり、西の離れを出る。一旦北の母屋から出られる庭を確認するが……井戸は無い。無いことあるんだ。それとも、確かにあったけど時間経過で植物に飲まれたとかかな。
なら仕方無い。屋敷を出るとしよう。私の見た目は……まあ、【魔素感知】に引っ掛かるものは(餓鬼を除いて)特に無いし、気配を消すことだけ気にしていれば良いかな。と言うか、一応ボスを倒してクエストもクリアしたのに餓鬼は居なくならないんだね。
あ、ちょうど夜だ。
それじゃ、水探しに行ってきまーす。
――――――――――――
水、確保。
屋敷の裏には鬱蒼とした竹林があって、やはりと言うかなんというか、小さな沢があった。小さな、と言っても水量はかなりの量が確保されているし、水質は極めて良い。生水ではあるが私が腹を下すことは考えなくていいので、まあ百点満点中百二十点ってとこだね。
じゃあ水を持って帰るとしよう。入れ物は、その辺の竹を斬って適当に拵えた。ほどよい太さの竹を選んで節を残して切り落とせばそのまま何らかの容器になるのだから、つくづく人間に都合のいい植物である。
まあ私は人間じゃないけど。人間候補生ってとこだけど。
竹筒の頭を軽く手で塞ぎ、水がこぼれるのを防ぐ。そのままぴょーん、とジャンプして屋敷の塀を越えた。うん、我ながらなかなか身体を解せているね、よく動く。
中庭に着地して、西の離れに入る。2階の隠し部屋から地下に入って、水銀がいくらか出来上がっていることを確認した。
このくらいの量でいいかな。
さて、あとはもう仕上げだ。出来上がった水銀をまた別の乳鉢に移し、そこに鉛、砒素、金を溶かす。溶けるまでは待つしか無いので、その間に覆盆子の粉末を水で練って、小ぶりな丸薬にした。最初は一つにしてしまおうかとも思ったが、やや大きくなってしまったので念を入れて3つに分ける。
「……(マヌケにも喉に詰まって失敗〜とかは困るわけだからね)」
覆盆子そのものに毒性は特に無い……はず。私の記憶が正しければ、ただの強壮薬だ。だからこいつは最初に飲んで、その後に本命を飲むことにしよう。
……さて、どうやらその本命も無事に完成したようだ。
水銀はすっかりその他の金属を飲み込んでしまったらしく、ただきらきらと銀色に輝いている。ぐるぐると【念動】で撹拌してみると、溶け残りもなかった。ほんのり魔素を吸われたような気がする。
と、言うわけで。私の目の前には2つの薬が並んでいる。死体が薬を飲むというのもおかしい話だが、それが片やとんでもない毒で、片やただの素人が真似した漢方というのはどんなお笑いであろうか。
器は……【■■の剣】でいいか。念のためにちょっと【浄化】しとこう。消毒するに越したことは無いし。ん〜……小脇に抱えておくのが良いかな。
まず、丸薬を口に含む。……前に、【鑑定】しておくか。
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【魔生丹】
肉体を巡る魔素の滞りを解消し、魂の活性を引き出す丹薬。本来のものより品質はやや劣るが、出来は悪くない。
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悪くない出来なら、まあ、いいか……これは特に恐ろしいものでもないので、ぐいっといこう。えい。
「……ゔっ……」
少し喉に引っ掛かったが、やや余った水を使って飲み下した。
それから、水薬へ手を伸ばす。【鑑定】。
――――――――――――
【尸解の薬】
摂理を捻じ曲げ永久を手に取り死に蓋をするための秘薬。最早、生半可な覚悟は赦され得ない。
『輪廻からの逸脱は、永久の死と紙一重である』
――――――――――――
……はは、あらためて思うが、とんでもないものを作ってしまったな……。
『警告:失敗した場合、キャラクターが永久にロストする危険性があります』
『以下に同意して、【尸解の薬】を服用しますか?』
かたかた、と自分の手が震えていることが分かった。【内丹】で魔素を流し込み動かすことで、完全に全てを意識下に置いているはずの、私の手が。
……恐怖?いや、期待だ。期待で、あるはずだ。だって、私は、私ですら期待していなかった方法で、先へ行こうとしているのだから。
だから_
『受理しました』
_躊躇うな。飲み下せ。一息に。
「……(飲み下せ)」
ごくり、と、私の枯れ果てた喉が動く。
そのまま、意識を、手放し_
――――――――――――
『“影禍”エナの再構築を要求』
『回答:却下』
『“影禍”エナの再構築を要求』
『回答:却下』
『“影禍”エナの再構築を要求』
『回答:却下』
『“影禍”エナの再構築を要求』
『回答:却下』
『“影禍”エナの再構築を要求』
『回答:却下』
『“影禍”エナの再構築を要求』
『回答:却下』
『“影禍”エナの再構築を要求』
『回答:却下』
『“影禍”エナの再構築を要求』
『回答:却下』
『“影禍”エナの再構築を要求』
『回答:却下』
『“影禍”エナの再構築を要求』
『回答:却下』
『“影禍”エナの……
――――――――――――
『“影禍”エナの再構築を要求』
『回答:部分的に承認』
『試練を開始します』