55.水銀、覆盆子の未熟果、鉛、砒素、そして金
というわけで、あの息苦しい地下室に再びやってきた。実体がある身の上だと、ここの閉塞感がありありと感じられて嫌だな。
さてと、【外丹】に使われる薬について調べていくとしよう。いやあ量が多い。軽く分類だけでもしておいてよかった。この山のような量を1から読んで、完成したレシピを探すのはしんどい。ちゃんとカテゴリ分けしてたお陰で【内丹】とかフル無視できるからね。良くやった、過去の私。
あー、でも一つ一つのレシピはそこまで複雑怪奇じゃないんだね。重要なのは魂を器に移動させるプロセスの方なのかな。
……くそ、適当に分類して放り投げるんじゃなくて、せめて日付順にしておくんだった。そしたら一番新しい方から探せたのに……。
ふむふむ、水銀と金はレシピに頻出するな……やっぱり丹薬の中核をなすものなんだろうか。うわ、これはまたえげつない失敗だな……。……いやあしかし、我ながら手段を選んでないね。まあそのへんは、もう。餓鬼を実験台にし始めたときから何かが歪み始めてるから……。
……ハッ!引っ越しの時に昔読んでた本が出てきたときと全く同じ状況!
気合い入れろ、チンタラしてる暇は無いんだから!よし、捜索再開!
あ、これはまた実験資料……。
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ふう。なんとか見つけられた。かかった時間については考えたくない……かな……。まあ、見つけられたので良しとしよう。大切なのは材料と工程だ。
まず、材料だが……水銀と金。これが丹薬の中核であり長生の本質を作り出す、一番大切な材料……らしい。そして砒素と鉛と一緒に混ぜると水薬になる、と。なるほど、汞和金にするわけね。
それから、乾燥させた覆盆子の未熟果。これは……滋養強壮の生薬、だけど……。まあ、必要なら使うか……。ふむ……すりつぶして水で溶き、水薬と一緒に服用せよ、か。
じゃあまあ、色々探してみるか。あそこの棚、開けられるのかな。開けるか。あ、その前に【鑑定】。どうせ無いとは思うけど、何か罠とかあったら困るし。
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【丹薬師の棚】
様々な丹薬の材料とそれを取り扱うための器具が収められた棚。劣化や酸化を防ぐ術がかけられている。中は非常に乱雑で、劇物を保管しているとは到底思えない。
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特に何か罠が仕掛けられているわけではなさそうだな。じゃあ開けちゃお。ご開帳〜。
……うわ。この、あらゆるものが雑多に置かれた酷い有様の棚から、目的のものを取り出さないといけないわけ?
ちょっと整理するか。ついでにいろいろ拝借してしまおう、せっかくインベントリが生えてきたわけだし。
この辺は乾燥させた生薬みたいだな。なんとかジャンルで保管場所を分けることはしていたらしい。よし、【鑑定】……こいつは連翹、こいつは附子、こいつは曼陀羅華、こいつが……あ、覆盆子!確保確保。
それで、金属類はこっちか。【鑑定】。水銀水銀……あー、辰砂の状態で保存されてる。そりゃそうか。逆に鉛や砒素なんかは、軽く砕いてあるんだね。出来るだけ嵩張らせないための工夫が見える。……その工夫を整理整頓に活かせなかったものか。
じゃあ、残るは金か。金ー。まあ流石に純金が剥き出しで保管されてるわけ無いから、どこかに隠した引き出しなんかがあったりするのかな。
……ふむ。全部ひっくり返してから検めた方が早そうだ。ついでに整頓もできるしね。
ええと、この棚は大体三段に分けられていて、それぞれに両開きの扉がついている。一番上が乾燥させた生薬で、二段目が金属類。一番下は他よりも背が高くなっていて、調薬のための器具が収められている。
取り敢えず一番上と二段目を空にした。ここ二つを分ける棚板は、ただの板切れ1枚で出来ているようだ。
「……(二重底ではない、と)」
じゃあ、ひっくり返した材料たちを戻すか……めんどくさい。一旦、毒性の強いものから順に並べていくとしよう。奥から手前にかけて毒性が薄くなるようにして……利用法でも分けておくか……。これは煎じて飲むもの、これはすり潰して患部に塗るもの、これは練って丸薬にするもの……。
……大体整頓できたかな。じゃあ、一番下の棚を開けるか。手を掛ける。
しかし、開かない。あれ?開かない?中で何かがつっかえているのか、ガチャガチャと引っ掛かっているような感覚と音だけが伝わる。
……ふーむ。【魔素感知】で中を探ると、乳鉢や薬研のほかに……なにこれ、閂?外から外すための取っ手もなく、ただしどう考えても人為的に、扉を封じるための物理的な障害が設置されている。
「……(【念動】)」
閂のようなものをそっと【念動】で動かす。ガラス器具は無いにしろ、乱暴に扱えば壊れてしまうだろう道具たちを掻い潜り、それを外した。
閂はそのまま【念動】で浮かせっぱなしにして、扉を開ける。全開にしたあとは閂を外に出し、中から乳鉢と乳棒、加熱用の鉄鍋……うん、炉のサイズに合ってるからこれでよし。
さて、肝心の金だが。整理したお陰で、なんだかそれっぽい装置がありそうな場所の見当がついた。
「……(棚の奥の方に、くぼみがある)」
そこに……ちょうどあの閂がピッタリと嵌め込むことができそうな、妙なくぼみがあるのだ。
ま、とりあえず嵌めてみるか。……あー、ちょっとしっかり目に押し込まないと……!えい、入れ!
……ふう、よし……。ああ、これで一番下の棚板が上に上がるようになるわけね。一番下が二重底だったのか。いくつかの器具を再び外に出して、棚板の隙間に指を差し込み持ち上げる。
そこには、僅かな光を華やかに跳ね返す黄金色の塊があった。……【鑑定】。
「……(うん、ちゃんと純金だね)」
じゃあ、材料は揃ったということで。
実験開始だ。