52.浄穢
第2ラウンドだ。今度は互いに距離を取って、じりじりと睨み合っている。
「……(【影操作】【シャドウボール】)」
軽く牽制のために魔法を撃つが……あっさりと手で弾き返される。そこまで通じてはなさそうだな。まあ、そりゃそうか。
……普通に殺しちゃまずい、っていうのがなあ。正直、単純な手間として、かなり面倒くさいんだよ。だからって嫌だとは言わないし、あきらめるつもりだって毛頭ないし、本気で取り組むけれど。
「……(とりあえず【魂縛】)」
……特に何も変わらないな。一応、【鑑定】。
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【魔物】風化鬼 レベル112
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……通じない、と。まあ向こうさんはピンピンしてるわけだからね。それに……こういう負の属性魔法に対する耐性があっても全くおかしくない生まれなわけだ。
だとしても……生まれたての影だった私の【魂縛】でも推定レベル60前後の餓鬼に通じてはいたことを考えると、とんでもない耐性だな。……いや、あの時も重ね掛けしまくってやっと倒したと考えれば、ある種妥当な耐性なのかもしれない。
ただまあ、この魔法の本質は“侵し蝕む”ことだ。付け入るのなら、五体満足でピンピンしてる相手よりも弱って隙だらけの相手のほうが良いことは明白。
すなわち、状態異常漬けにして、弱った隙に【魂縛】を重ね掛けする。通れば作戦第二段階に移行だ。
_と、ここで、私の「【風化鬼】浄化作戦」の説明をしておこう。
まず、この物語任務をハッピーエンドで終わらせるためには、回向をして【風化鬼】を無意味な命令から解放してやることだ。
回向とは、まあざっくり言えば『善行を分け与えて成仏を祈ること』。復習できたかな?お坊さんが非業の死を遂げた悪霊なんかにやってあげていたりするアレである。
ただし、ここで既に問題がある。私が「回向してやれるほどの善人」ではないという、あまりにも根本的な問題だ。と言うかだいぶ悪人寄りだし。分かってるのにもかかわらず人を殺したりしたし。そもそも、生き延びるためとは言え餓鬼をまあまあな数殺害しているわけで。
まあ、元から私自身が回向することはそこまで本気で想定してない。この問題を解決する方法は簡単、誰かが私の代わりに【風化鬼】の救済と冥福を祈ってくれれば良いだけだ。
……まあ、ぼっちなのでそんなことしてくれる底抜けに善人なプレイヤーの知り合いなんてのは居ない。唯一の友人……?友樹……?は多分動けないし。そもそもあいつ“死穢”とか言う悪行ルートのド真ん中行ってるし。
でも_忘れてるんじゃないか?
ずっと昔からここに居る、底抜けの善人を。
「……(私が救えないのなら、あなた自身にあなたを救ってもらう他に無い)」
話は変わるが、過去、2度目に【対消滅】を発生させたときのことを思い出して欲しい。【魂縛】と【浄化】を重ね掛けしたことで発生した事象は、ものの見事に餓鬼の身体を消し飛ばした。
ただその後、餓鬼は【ミニ・ダーク・スピリット】に変異した。【魂魄遊離】なんて状態異常になっていたために。直後に死んだけど。
ちなみに【ミニ・ダーク・スピリット】が即死した理由は単純、魔素が足りなかっただけだった。
準備期間の間にいろいろ実験したんだよ。そこで発覚した事実こそが、魂キャラの食べ物_というか存在維持のためのリソースは、魔素であるということだった。状況再現して生まれたスピリットに魔素を注ぎ込む実験をしたら、そこそこ長生きしてた。3日くらい。最終的には消し飛ばしたけど。
……あ、そのスピリットは【支配】すれば良かったのかな。ちょっともったいないことしたかも。
まあいいや、【対消滅】の話だったよね。つまりこの結果が示すのは……身体を消し飛ばしても魂はその場に残る、ということ。
じゃあ風化鬼に話を戻そう。
私は考えた。これが他の実体を持った存在にも適用されるのなら、風化鬼の肉体だけ消し飛ばして魂を引っ剥がし、それを浄化することで正気を取り戻してやれるんじゃないか、と。
そもそも風化鬼に魂が残ってるかは賭けだ。でも彼の冥福を祈れということは、彼の魂はまだ浄土に(もしくはそれに準ずる場所に)たどり着けていないんじゃないかと考えた。ただのメタ読みだけどね。
そもそも、風化鬼の持つ行動原理は一つだけ、それも「化け物から村を守る」だ。その「化け物」の認知が後から植え付けられたものである、という点以外は生前の彼と同じ正義感で動いている。
ここから導き出せる結論は_
_彼の意識はまだ生きている。穢されて、歪められても尚。
「……(だから、あなたならあなたを救える)」
というわけで、具体的な作戦は以下の通り。
1,なんとか【魂縛】をかける。
これが意外としんどい。ちなみに最初に【浄化】をかけるとそのまま溶けて死ぬことを実験で確認済みなので、必ず最初に【魂縛】をかけよう。実験台は例のごとく餓鬼だ。尊い犠牲に合掌。
2,【浄化】をかけて【対消滅】を引き起こす。
肉体だけ綺麗に吹っ飛ぶの、なんか変な感じがするけれど。まあ魂に対消滅も何も無いか。
3,魂を引っ剥がし、こっちも【浄化】する。
恐らくスピリット系モンスターになるから、魔素を注ぎ込んで存在を維持しつつの作業になる。面倒くさいししんどいが……頼むぞ、【曲芸マスター】。
4,流れでなんとかする。
魂と対話できるかについてはもう、【念話】とかその辺を頼りに頑張るしかない。もし当てが外れて、正気が欠片も残っていなかったら【浄化】でゴリ押ししよう。
……最後に締まらないなあ。
さて、そうこうしている間にも【ポイズンショット】やら【シャドウクロー】での【毒爪】やらで【麻痺毒】【強毒】【昏睡毒】【酩酊毒】を叩き込み続けております。おかげで、向こうはもうヘロヘロである。じゃあいってみますか。
「……!(【魂縛】!)」
……あ!なんか通った気がする。【鑑定】!
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【魔物】風化鬼 レベル112 魂縛状態 毒状態 麻痺状態 虚弱状態 酩酊状態
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よし、通ってる。それじゃあ_【浄化】!
『事象融合:【対消滅】が発生』
『【風化鬼】消滅判定:成功』
『【風化鬼】は【魂魄遊離】状態であったため、【穢那なる魂魄】に変質しました』
……OK!想定外だが想定内!もう一度、今度は【穢那なる魂魄】に向かって【浄化】だ!
『浄化成功』
『条件達成。シーンに移行します』