46.禍福は糾える縄の如し
第三者視点回。
「少佐ー、スレ大丈夫そ?」
「中層に入ってしばらく経つが、盛り上がってはいるから心配は要らない。ふぁらんくす殿はそろそろ警戒を強めたほうが良いだろう」
「もっちーバフかけなおしてー」
「人使いが荒いですよ、ニコラボさん……」
「まあまあ、もうすぐアタック再開だから。今のうちに焦らずしっかり準備しておこう」
人類種プレイヤーのみで構成されたギルド、【朝焼けの剣】。そこのトップ5人組は今、エンドコンテンツとも称される特殊地形【無頂山】の中層へアタックを仕掛けていた。
とは言え、【朝焼けの剣】は魔物プレイヤーに対しても平等かつ穏当に接するタイプである。それはただ魔物プレイヤーを受容するのみならず、行き過ぎた人類プレイヤーへのストッパーの役割をも果たしていた。
ゆえに彼らは、単純なトップ層には一段劣るものの、検証ギルド【カドゥケウス】と協力したり、初心者プレイヤーの案内役を務めたりと、その実力は広く認められていた。
タンク役としてメンバーを守る不動の盾、重戦士の男性キャラクター“ふぁらんくす”。
元【カドゥケウス】所属である魔法知識の宝庫、魔法使いの女性キャラクター“少佐”。
生産系の人類種プレイヤーの中ではトップクラスの戦闘センスを誇る、罠師の女性キャラクター“ニコラボ”。
希少な回復技能である“奇跡”を習得している、僧侶の女性キャラクター“もちもち犬”。
そして、【朝焼けの剣】リーダーにしてギルド最強の剣士、“ローレンス”。
彼らは、押しも押されもせぬ……と言うほどではないにしろ、“究極院”や“Random15”に次ぐ準トップ層と言える実力者たちである。
無論、それを裏付ける証拠もある。
【無頂山】中層の平均的なキャラレベルは60程度。対して【朝焼けの剣】メンバーのレベルは、数値こそ皆40と少々といった程度であるが、鍛え抜かれ研ぎ澄まされた連係プレーは20程度のレベル差を容易く覆した。これを強者と呼ばずして何と呼ぶべきだろうか。
「……む。ローレンス殿」
不意に、少佐が足を止める。ローレンスらパーティメンバーも少佐の視線の先にあるものに気づき、警戒を増した。
「ああ。まさか山の中腹に突然平らな地面が現れて……しかも屋敷が建っているなんてね。廃墟ではあるけれど」
「【鑑定】するー?」
「賛成ー。なんかダンジョンとかじゃね?少佐、スレ頼む」
「任された」
「バフ、かけ直しておきますね」
「ありがとう。ニコラボ、結果は?」
「ちょい待ちー。新情報多めー」
ニコラボのキャラレベルは42。そして罠師という身の上から、【鑑定】スキルの成長にかなりの時間を割いてきた。結果、彼女の【鑑定】スキルレベルは38に到達。その二つを合計すると80となり、これは80レベルに設定されている対象までが鑑定可能であることを示す。
「……ローレンス、焦んなよ」
「ふぁらんくす。……でも……先ほど、【扶桑樹】が打倒されたとのアナウンスもあった。焦りが禁物だと言うのは分かるけど、もっと深い情報を得なくてはならないのも事実だ」
ローレンス達が下層を踏破した直後。【鬼ヶ島】に聳える始祖級キャラクターの大樹【扶桑樹】が打倒されて、新たなる始祖級【死穢の扶桑樹】が現れたとアナウンスされた。
何かが起きている。そう予感させるには十分すぎるほどの情報だ。
「……僕たちがアタックを【鬼ヶ島】ではなく【無頂山】に決めたのは、幸運だったのかもしれない」
「否定できない。スレッドを見る限り、どうやら如何にも禍々しい風体に変化したようだ。ローレンス殿、以前の【扶桑樹】はどうであったか」
「少佐か。ええと……。うん、大きな樹ではあるけれど、むしろ生命力に満ち溢れていると言うか、清らかさを感じるような見た目だった」
ローレンスがかつて【瑞穂国】の【参番街】で撮影したスクリーンショットには、孤島である【鬼ヶ島】に傘を差すように枝葉を広げて聳える【扶桑樹】が写っていた。それは青々としていて、何処かの御神木と言われたら納得してしまいそうな存在感がある。
……やはり不可解である、とローレンスと少佐の意見が言外に一致する。この巨大な樹を一体誰が打倒し、成り代わるなり乗っ取るなりしてみせたのか。そんな事が可能だとは、到底思えない_と。
「あ、少佐とローレンスいたー。情報出揃ったよー」
「ニコラボ殿。かたじけない」
「お疲れ様、ニコラボ。どう?攻略は難しいかな?」
「ん〜。見たほうが早いかもねー」
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【穢れた咎の領域】推奨レベル80〜
ある者の執念に穢が纏わりついて生まれた迷宮。歪んだ生を植え付けられた其れに、道を外れた餓鬼が集り空間ごと歪んだ成れの果てである。
クリア条件
・【■■■】を滅する
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情報を見せられた、ニコラボ以外の全員が息を呑んだ。
「……推奨レベル、80以上か……」
「流石に想定外であるな。アタックは推奨しない」
「けどよ少佐、折角見つけといて覗くのもなしか?」
「どうでしょう……エネミーの状況によっては、袋叩きにされてすぐに戻される可能性もあります」
誰もが思い悩む。新たなダンジョンを見つけられたことは僥倖だが、現在レベルの2倍近いレベルを推奨しているのではまともな攻略の可能性は見込めない。
不意に、一人が口を開く。
「ウチはー、……アタックしたほうがいいかなー」
ニコラボだった。彼女は続ける。
「……確実な新情報を持ち帰るならー、するべきだと思うけどー」
「ですが……」
「もっちー、ウチら、これスルーしてもたぶん進めないよー」
ニコラボの言葉は事実だ。進むにつれて出現するエネミーの様相が変わっていくために、もはや技術だけで覆せるようなステータス差の存在は殆どいない。
どうせ死ぬなら、明確な新情報をつかんで死に戻らないか……ニコラボはそう語っているわけだ。
「……ニコラボ殿の言葉も事実であるな。今から降りても地形情報程度しか共有できぬであろう」
「ま、折角進んできたんだ。行けるとこまで行きてえよな」
「そう、だね……僕も、このダンジョンへのアタックに賛成かな。もちもち犬は?」
「……わかりました。出来るだけ時間稼ぎをしますね」
「おっけー。んじゃ、突撃合図よろー」
全会一致。ローレンスは全員の顔を確認した後に、立て付けの悪い屋敷の門に手をかけたのだった。