35.内丹
ストックがない(遺言)
すー、はー。身体をかまどと鍋に見立て、そこに意識と呼吸を焚べて、淀んでいない気を練り上げる……。
すー、はー。できねえ!
私、よく考えたら呼吸もクソも無かったよ。まだまだ頼りないふよんふよんのアストラル・ボディですから。そういう意識をしろと言われても、ほら。人間は光合成できないでしょう。大体そんなもんです。
……身近に光合成してる奴がいたな。どうやってるんだろ。どういう感覚なんだろうなあ。
ふう、気を取り直して。
呼吸ができないんじゃあしょうがない、正規ルートが無理ならショートカットを見つけるとしよう。
そう悲観的にならずとも、【内丹】の最終目標は呼吸法を身につけることじゃない。淀んだ気を練り上げてリセットすることにある。
そう、気だ。それが、自然から生まれ身体を巡るモノを示しているのであれば、そこから推察できる正体は一つに絞られる。
魔素。私はそれが“気”なるものの正体であると考察する。
ならもうそこからは簡単だ。【魔素操作】で循環する感覚を掴み、何かしらの身体強化法を身につけるまで地道に色々試す。もし身につけられたら、しばらくはそれに掛かりきりでも十二分な経験を得られるであろうことは想像に難くない。
ふふん。まさかここで、かつての最高の経験値リソースである【魔素操作】に再び頼ることになるとは。正しく人生は巡り合わせだな。人生と言うか影生?まあいいか。
ただ、敢えて“呼吸”と明言しているのだから、【内丹】が呼吸という概念を重んじていることも確か。例えば、世界と己との間を循環する永遠性を持った“気”を取り込む、そして排出するための重要なルーティンである……とか。
つまり……【魔素操作】で、息を吸い込むように魔素を取り込む。取り込んだ新しい魔素を全身へ緩やかに巡らせる。酸素が肺から取り込まれ、動脈血に乗って全身に届けられるイメージで。それと同時に、淀んだ古い魔素を全身から緩やかに集め、外へ吐き出す。こちらは、二酸化炭素が静脈血に乗って全身から肺へ集められるイメージだ。
精神統一。……なんか、割とガチでマインドフルネスをやらされている気がするが……まあ良いか。せっかくだし、いろいろ考えてみるのも悪くないよね。
……人は、生きているとき、自分に流れる血潮を意識することがあるだろうか?精々、脈拍を測るときに大きな血管の動きを知る程度でしか無いだろう。
生きているとき、吸い込み吐き出す息の巡る先を考えることがあるだろうか?世界から取り込み、肺の先の、心臓へ溶け込む吸気の道のり。全身から肺へ戻し、世界へ還す呼気の行方。
人は循環性を持つゆえに、それだけで“全”である。同時に、循環性を持つ世界という“全”を構成する一要素、パズルの1ピース、歯車の一つでもある。
私とは、一にして全、全にして一なる存在だ。
梵我一如。私《我》を支配する“私”という原理、魂がある限り、私は不滅でありうる。私は今この瞬間に固定され続け、世界を流動するのだ。
……なあんてね。
「……(格好つけてみたが、まあ単純に、私は私の肉体が何であろうと私、という話でしか無い)」
おかげさまで自分の肉のない身体にも中々愛着が湧いてくるというものである。人間誰だって、肉体よりも先に心を持ってたほうがいい。
「……(……そう考えると、魂が確実に存在するこの世界で哲学的ゾンビの議論は発生するのだろうか?)」
……あーダメダメ、雑念が入り込んできたな。もっとシンプルに魔素を意識しないと。
空気の中に異なる手触りを感じる。私の身体は影で霊魂で、だから生まれたその時から魔素を感じられるのだろうか?不定形で非実体な種族は魔素で構成されてたりするんだろうか。
爪の先の先まで魔素が行き渡ることを意識する。身体の芯に溜まる力を緩やかに循環させる。だんだん意識しなくてもできるようになってきた。
今度はそのまま動いてみる。軽く腕を振ると、じわりと魔素がブレる。まだダメだな、もっとゆっくりやろう。
ゆっくり腕を上げ、くるりと手首を翻す。【魔素操作】で外から押し流すことを全く意識しなくても、私の身体は内から与えられる力で容易く動いた。現実で身体を動かす感覚と全く変わらない。
「……(実質的に、【虚弱】を無視している?ならもう少し)」
だんだん慣れてきた。全身を循環する魔素が、空間に満ちる魔素と直接繋がっていることを意識して、もっと早く動かそうとした、が……。
「……(……ガス欠)」
そういや、ここの魔素は薄かったな……ちょっと降りるか。そしたらもう一回……うん、動く。一階に降りただけでかなり魔素濃度が高くなるんだなあ。体感に過ぎない話だけど。
下の方が濃いのは、淀んで溜まるから?それとも、下の方に魔素の由来が潜んでいるということだろうか。もう少し降りてみたら分かる?
何ならせっかく【非実体】なんだし、あえて地面に潜ってみたりしようかな。えい。行けた。
「……(本当に地面の中まで潜れるんだな)」
いやはや、オープンワールドにしたって相当作り込まれている。【非実体】で飛び込んでも変な挙動が起きないなんてな。
もちろん今も、全身に魔素を巡らせ続けるのはやめていない。動きながらでも続けるための訓練にちょうどいいな。
……しかし、下がれば下がるほど魔素の濃度が異様に上がってくる。ただ下に溜まりやすいって話じゃ説明しきれないほどだ。なんだ、何かがあるのか……?
『……ふむ。無知でここまで迷い込めるか』
あん?