34.ムカつく野郎
再ログイン。またも目の前に広がる竹簡の山。まあ私が使えそうな情報は、たぶん昨日の解読でほとんど出揃っただろう。
「……(読めば読むほど扱いに困る情報も出てきたけれどね)」
私が読んだ竹簡は、全体の半分はいかないほど。内容は大まかに3つに分けることができるようだった。
一つ目、恐らく書いた人の日記の部分。ただまあ、この書き手、読んでいるだけでイラつく。
書き手_便宜上、“彼”と呼ぼう。彼はある裕福な家の三男坊であるらしい。その家は、簡単に言えばこのあたりの大地主で、長兄は領地経営、次兄は武勇に優れていたそうだ。その一族は皆、大変に美しい顔をしていたらしいが、その中で最も美しかったのが彼だという。自分が書いてるなら何とでも言えるが。
まあ彼は、簡単に言えば、見てくれの美しいボンボンだったわけである。
じゃあ、中身は?彼は、兄2人があれほど才能を持っているならば、自分も特別だと思い上がった。だがしかし彼は、机にかじりついて仕事の合間に勉強する長兄を冷笑し、雨の日も風の日も雪の日も素振りを欠かさない次兄を冷笑し、日々を怠惰に過ごしていたばかりに才を目覚めさせられなかった。そのことで御父上に幾度となく叱責を食らっていたようだ。
そんな日々の中、次第に彼の性格は歪み、妙な“秘術”に手を出し始める。このあたりからやけに文体が不穏になってくるんだよな。
その“秘術”こそが、この世界における後の【煉丹術】だ。生命の循環を掌握し長生を得て、果ては神通力を習得し神仙へ至らんとする御業。始皇帝がそれで死んだと言われることもあるアレである。全くもって、正気の沙汰じゃない。
だがこの野郎、なまじ天才の血筋を引いているばかりに、調薬と魔法の才を覚醒させてしまったらしい。負の方向に。それを裏付けるように、失敗例も成功例も見事なまでに事細かに記載してある。
そう、失敗例も。彼はどうやら、うまくいってなさそうな薬も棄てるのではなく飲ませてその効果を確認したそうだ。最初はネズミに食わせたり、草花にかけたりしていたそうだけれど。
次第に、クズ拾いの子どもをさらってきたり、使用人への施しに混ぜたりとエスカレートし、最終的に_長兄の一人息子に丹薬を盛って、失敗。ことが明るみに出る前に、彼はそのままトンズラしたらしい。
そのことについての恨みつらみが延々と書き連ねてある。こいつ人でなしだ。人はあまねく自分の踏み台で、人はすべからく己の丹薬の実験のために身を捧げるべきである、と心から思っている。
……なんか気分悪くなってきたな。【風化鬼】でのアレといい、運営は無辜の人に恨みでもあるのか?
そんなわけで、この竹簡の正体は、天才が邪な意思で作り上げた【煉丹術】の奥義書だったわけである。
つまり、二つ目は【煉丹術】のうち薬に頼って長生を求める【外丹】の解説だ。
しかしこりゃ使えたもんじゃ無さそうだな。大概の薬のレシピに水銀と金、それからその他諸々金属らしいものたちや詳細不明の何らかが使われている。これを飲んだら不老不死だって?はてさて、無知とは恐ろしいものである。
まあ、金って錆びないし。錆びない朽ちない溶けないと三拍子揃ってるなら、たしかに永遠の命のヒントが隠れてそうだ。
水銀に関しては、記述によると、「水銀は丹砂から生まれ、硫黄を触れさせることで再び丹砂に戻る、すなわち生命輪廻を自己意思で操り不老不死へと至る……」的なプロセスについて云々かんぬん。何言ってるんだこいつ。それともあれか。“そういうモノ”なのか。
うーん……赤い石を熱して出てきた蒸気を冷やしたら銀色の水が出てくるんだから、それがなんかスゴイパワー的なモノを秘めてると勘違いしてもしょうがないのかな……しょうがないことあるかな?
この【外丹】が目指すものが【扶桑樹】であったらしい。東の果てにある国に生える、天地開闢のときから聳える巨樹。それに理想の永遠性を見いだした彼は【扶桑樹】を再現すべく【外丹】の改良を重ねた。まあ当の【扶桑樹】の実を始めとする一部分を要求し続けて突っぱねられたって話も書いてあるけど。ざまあないな。
ま、そんなわけで【外丹】はスルーである。自分で試すにしたって、飲む口が無いもんだからどうしようもないし。
そして3つ目。外とくれば内、すなわち【内丹】だ。これが一番私にとって実りある情報だね。
でも哀しいかな、彼は【内丹】にはあまり興味を示さなかったようだ。まあこっちにおけるメインは、修練と再生だからね。日々の勉学と鍛錬を冷笑しているような怠け者はこういうの嫌いだろう。
……はあ。せっかく特別な立ち位置に生まれた上、手本にすべき兄2人に、ちゃんと指導してくれる親すらいたと言うのに。ことごとく若さを棒に振った挙げ句、眉唾物の秘術にハマるのか。結果を出せるほどの才に恵まれたことで救われるどころか、結局とうとう救いようがないところまで堕ちた。
バカな奴。凡庸であることを受け入れられないくせに、特別さに甘んじている。他者の痛みに気が付かないくせに自分の痛みで喚き散らす。理解できないからって、歩み寄りの姿勢すらも無い。心底嫌いなタイプの人間だな。
……やめとこう、辛気臭いのはここまでだ。さて、彼が【内丹】にあまり興味を示さなかったといっても、それは【外丹】に比べたらの話である。客観的に見て、業界の人間(?)ならば垂涎モノの情報であることは間違いない。
記述にはこうある。「【内丹】とはすなわち自己を再生させる業である。歳月により淀んで溜まった気を練り上げ、あるべき様態へ戻るための技術……」……とのこと。自らをかまどと鍋に見立て、意識と呼吸を燃料に、淀んだ気から内丹_淀んでいない気_を作り上げるイメージらしい。
私はある仮説を立てた。それは、“気”とは“魔素”のことではないか、というものだ。
もしそうだとしたら、私は既にこの状態で【内丹】を習得できるかもしれない。それはつまり、自然回復を待たないで急速に体力を回復したり、大した予備動作や準備をせずとも身体能力を向上させたりできるということではなかろうか?
もしそうなったら、【物理耐性脆弱】のレベルだってもっと下げやすくなるかもしれない。
……試すか、【内丹】!