18.風化鬼・前編
ストーリームービー回その1です。
ずるん、と壁をすり抜けた先には途方もなく広い空間が広がっていて、そこに息苦しいほど濃密な魔素が満ちていた。その部屋の中心から、凄まじく歪んだ一際濃い魔素を感じる。
恐る恐るそこへ顔……顔?視線?を向けると_歪曲したグリッド線で形どられた、巨大な……本当に巨大な、蠢く何かが居た。
『条件達成』
『ムービーの前編を再生します』
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昔々、遠い昔。あるところに、それはそれはとても奇特で、穏やかで、賢い男が居りました。
男が住んでいた場所は、とても小さな村でした。それも、住まうものが誰も彼も家族のように互いを良く知っているほどに。
無論、男はその村で一番の人気者でした。老若男女に好かれ、頼られ、信頼されていました。男もそれに報いんと努力を重ね、村人はさらにそんな男を信頼します。村は和気あいあいとした雰囲気で満ちていました。
あるとき、村に旅人がやってきました。その者の身なりはボロボロで、身体は肋が浮くほど痩せこけ、顔には深いしわと大きなできものがありました。端的に言えば、ひどく醜い旅人だったのです。
旅人は言いました。『宿を貸してくださいませんか』
男は迷います。素性の知れぬ醜い旅人を、この小さな村に泊めて良いものか。
男は旅人を疑います。その身なりは盗人なのではないか。痩せこけた身体、顔のできもの、それは恐ろしい病なのではないか。
しかし男は旅人を疑いきれません。その身なりは、何かひどい目に遭ったゆえに、必死で逃げてきたのではないか。痩せこけた身体も顔のできものも、命からがら今ここに立っているがゆえなのではないか。
村人は旅人を見るなり恐ろしくなって、やはり男に頼みます。どうかあれを泊めてなどくれるなと。
旅人は怯える旅人を見て、しかし男に頼みます。屋根があるだけでかまいませんと。
男は迷い、悩み、その末に、旅人を泊めることにしました。ただし、怯える村人を説得するために、旅人の寝床を村外れの棄てられた厩舎に置くことを頼みました。
旅人は『それでかまいません。屋根があるだけでも幸せです』と言い、しわだらけの顔と大きなできものをにやりと歪ませて、世にも恐ろしい笑顔で男に重ね重ね礼を言いました。
その夜。横殴りの風雨が雷を伴い、村を襲いました。男は『村人たちが水で流されてはいけない』と考え、村人たちを村一番の高台にある屋敷へ避難させました。
そして次に、男は旅人を避難させようと、村外れの壊れた厩舎へ向かいました。
男が厩舎に着くと、朗々としたまじないの言葉が聞こえます。風雨の中、旅人は負けじと喉を震わせ、雨を鎮める祝詞を一心不乱に唱えていたのです。村が沈むことのないように、ひたすらに。
男はふるえました。このような徳の高いお方に、ろくに雨もしのげやしない、屋根があるだけの壊れた厩舎へ押し込める仕打ちを行ったことを嘆いたのです。
男は言います。『どうか高台の屋敷へお逃げください』
旅人は言います。『それでは雨を鎮められません』
男は言います。『どうかお逃げください。あなたのような方を犠牲にはできません』
旅人は言います。『それでは雨を鎮められません』
男は言います。『では私が唱えます。祝詞を見せてください、私が唱えます』
旅人は渋ります。しかし男は梃子でも動かないつもりで座り込んでいました。
旅人はとうとう諦め、男に祝詞を教えると、高台の屋敷へと向かいました。男は喜び、先ほどの旅人にも負けないほどの朗々とした声で祝詞を唱えます。手足が震えだしても唱えます。喉から血が噴き出しても唱えます。
雨が降りしきる夜の中、村人たちは屋敷へやってきた旅人の醜い顔に怯え、雨の中に男を置いていったことに怒っていました。しかし旅人は一晩中、村人たちへ説法を続けました。貴方がたのために、男は雨夜の中で祝詞をあげているのだと。どうか貴方がたも、天を鎮めるために祈ってほしいと。
村人たちは男の行いと旅人の説法に胸を打たれ、旅人の言う通り祈り続けました。
そうして、長い嵐が収まる頃、雲間から朝日がこぼれだしました。
旅人は村人たちを連れ、厩舎へ向かいました。
男は静かに、村外れの厩舎に横たわっています。息はもうありませんでした。
村人たちは嘆き悲しみ、旅人は男の安穩を祈ってまじないを唱えます。唯一無事であった屋敷で、彼らが精一杯の葬儀を上げると、旅人は去ってゆきました。もう誰も旅人に怯えるものはおらず、高徳な修験者から教わった通りに、男の御霊の平穏を願い続けました。
そうして、何年も何年も、何十年も何百年も……数え切れない歳月が積み重なったころ……
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……いい話だな?でもそこで切れるのはなんかまずい予感がする……。
『あなたは【風化鬼】に丸呑みにされて死亡した』
あ。
『リスポーンしますか?』
『受理しました』
『条件達成』
『ムービーの後編を再生します』
あ?
鬼は首を傾げた。あの黒い魂には強い力を感じた。それを食ってやったはずなのに、力を得られた感覚がない。
鬼は首を傾げた。力が必要だ。何故だろうか。力が必要だ。