123.髪如雪
Q.どうしたの?
A.忙しすぎて死にかけてました。学生ってこんなに忙しかったっけ……???
エナ視点→三人称視点カドゥケウスサイドです
……素肌で感じるのは、初めてだな。等しくすべてを跪かせるような雰囲気に、内心そうひとりごちた。以前と全く変わらない重さでも、今度は背中に冷や汗かくだけで立っていられるのは、私が強くなったからだろうか?
「お久しぶりです」
『ふむ……見ないうちに、顔が変わったか』
「……こちらの台詞ですがね」
なんせ、向こうさんは種族から変わってるように見えるんだから。
さ、というわけで。幽影鬼のときに偶然やらかした時以来の、生身の【歳王】とご対面である。とは言えあの時のようなクソデカ図体のチャイニーズドラゴンではなく、袞冕を着用した威風堂々たる皇帝の姿なのだが。なのだが……。
「…………ん〜…………」
『我の顔を見て最初に上げるのが唸り声か。お前も偉くなったものだな』
「……いや……何と聞いたらいいものか……」
とりあえず、私の仕事は一つクリアした。良くない方向で。
歳王の顔は、黒い薄布で隔たれてうかがえない。
それでも分かるものはある。カサついた皮膚だとか、色の悪い唇だとか、こけた頬だとか、ぱさぱさの白髪だとかだ。
なるほどこれは。もしアルマの言う通り、始祖級に寿命が存在しないということなのであれば、このモロにミイラ一歩手前みたいな歳王の状況は異常だろう。それも、悪い方向に振り切れた異常だ。
『遠慮なく申してみよ。我とお前の仲だろう』
「そう深い仲になったつもりはありませんが。……そうですね……ええと……そう。最近、何らかから酷い影響を受けたりしていますか?」
ぴりっ、と空気が変わる。沈み込みそうになる膝を叱咤して、私はじっと歳王を見た。
「そう_例えば、龍脈に何者かが狼藉を働いている、とか」
――――――――――――
ところ変わって、ここは四安。公徳の別邸の中の一室、アルマに預けられた広い部屋に、エナ以外が集まっていた。
最初に口を開いたのは、やはりカルクスだった。
『エナさんは?』
「まだ連絡がつかねえ」
やや苛立ったように答えるアルマ。
「数刻前から、エナ殿に貸したマジックバッグに付与してある追跡魔法が効かなくなった。今もそうだ。恐らく、魔法に干渉するほど魔素が濃い場所へ入ったのだろう」
「……十中八九、歳王のおわす場所でしょうねぇ」
ちらりと何かを確認した少佐が口を開き、呆れたような疲れたような雰囲気をまとった阮明が話をまとめていく。
少佐が出した、小さなコンパスのようなもの。そこには四安から無頂山にかけての地図と、その上に不自然に途切れた1本の赤い線が写っていた。
「本来は持ち逃げ対策の付与魔法だが、このように捜索にも使える_今回は役に立たぬようであるがな」
『とは言え、一旦話を進めるためのピースは出揃っていますから。取り敢えずエナさん抜きにはなってしまいますが、情報交換をしましょう』
異論はありませんか?と聞くカルクスに、全員が軽く頷く。アルマの刺々しい雰囲気も、いつの間にか収められていた。
「では……我ら地上組からの報告と行こう」
口ひげを撫でながら発言するアイン。カルクスがどうぞ、と促す。
「我らが確認した全く新しい確定情報、と言うものは正直に言うと無い。だが、武州側の不自然な態度から見て、裏にプレイヤーが存在する可能性を提示できると考えた」
ざわ、と少しざわめく。カドゥケウスの幹部たちは渋い顔をし、阮明はおろおろとした態度をなんとか隠そうとする。アルマはまだ的を射る発想に至っていないようだった。
「思えば、武州の奴らは異様だった。四安で桃の発注が大量にかけられた時のことを覚えているね?アレは同時に薬師の招集もかかっていたが、その時集められた薬師は皆、この世界の住人だった。プレイヤーはただの一人も声を掛けられていない。役人たちについてもそうだ。比較的高位にいる阮明君も、その辺りの事情を何も知らなかった」
「……確かに、そうです。小生が知っているのも、桃の発注と薬師の招集命令だけで、理由は何も知らなかった……同僚の中には、もしかしたら高貴な御方の事情を知っている者も居たやも知れませぬ」
「ああ。だが武州はどうだ。奴らは住人であろうがプレイヤーであろうが見境無く職人を引き抜き、市場を破壊しかねない程に大量の鉄を買い集めている。その資金の出処も分からない」
『……ああ、つまり』
カルクスが口を挟む。
『奴らはすでに、プレイヤーの力を借りている可能性が高い。それも、かなり深く。中枢に食い込むまでに。金の出どころも職人の名鑑も、そこから得たのでしょう、と。そう言いたいのですね』
「……あー、なるほどな。つまりアレだ。一回やったら抵抗が無くなった。それも手を貸したプレイヤー側が相当上手くやったんだろう。武州はプレイヤーって存在をある意味信頼してる。実力があって、コネが無くて、何らかの利益を提示すれば簡単に寝返ってくれるもんだってな」
呆れてものも言えない。そんな空気を多分に混じらせたアルマの発言にさらに被せて、阮明と少佐が続ける。
「……バカにされてませんかね、小生ら……」
「ああ。馬鹿にしているのだろう。如何せん武州の者どもは、華の武力が集結する地の人間であるという自負が有るのであろうからな。権力者の自負があれば、当然増長もする」
ハァ、と深くため息をついたのは誰だったか。
『まあ、頭の痛くなる話が早速出てしまいましたが。取り敢えず武州中枢に接触しているプレイヤーの一味にはざっくり目星がついているんですね?』
「大概は【大いなる厄災】であろう」
『アレですか……相変わらず腹が立つことこの上ありませんね。よっぽど笑いに飢えているのか、火消しに急ぐ我々を見ても笑う奴らですから……もう箸を転がしても笑うんじゃないでしょうか。ひとまず目を光らせておきましょう。武州にいくつか人員を割くべきですかね』
痛烈に皮肉を言いながら、人員を計算し始めるカルクス。そこに口を挟んだのは少佐だった。
「それは簡単だが、手遅れになる前の行動がやりづらくなるであろうな。我々が地下で見たものは、これまでとは大きく異なるものであったのだから」
少佐は音もなく茶をすすった。




