12.不穏な空気
ああ、朝の日差しを感じられるって素晴らしい。時間的にはもうすぐ昼だけど。
イベント二日目も人類体で失礼。ごきげんよう、エナです。
昨日のエキシビションマッチは見事な大盛況のうちに終わり、私は【ファスティア】の比較的良い宿でログアウトした。ああ、宿代についてはご心配なく。人類体アバターでの参加にあたって、【ファスティア】でのリスポーンを申請した時点で2泊分のゲーム内通貨を同時に出してある。ゲーム的には「予約を取っている」という処理がされているらしい。
え、金の出どころはどこだって?……使う当てもない初心者ボーナスです。【人化】とかそういうスキルを得るなりなんなりで人類体になってからでも、お金を稼ぐのは遅くない……はずだ。たぶん。きっと。
まあ、というわけで、ゲーム内時間でイベント二日目の昼に再びログインしたというわけである。
「ええと、アルマの指定した集合場所は……」
フレンド登録をした昨日の昨日でさっそくフレンドチャット機能を活用している、アルマからのメッセージに書かれている店へ向かう。
「ふむ、【高波亭】……で良いのか?」
そこの奥の個室を取ってある、俺の名前を出してくれれば案内するように店員には伝えた。と、アルマからのメッセージにはある。ええと、一番大きい通りを少し逸れたところに、大きい看板を掲げている店らしいが……。
「高波亭、高波亭……」
「おお!?お嬢さん、【高波亭】でお食事のご予定ですか!?」
「へ?」
アルマの言う「大きな看板」を探していると、急に大きな声をかけられた。慌てて振り向くと、年季の入ったエプロンをかけた、やや小さな女の子がいる。
「ええと……その、連れがそこで待っていて」
「ああ、お連れ様がいらしたんですね!あたし、高波亭の見習いコックの『イチカ』です!そのっ、これでも異邦の旅人なんですけど……えへ」
「へえ。こんにちは、私は『エナ』。あなたがプレイヤーということは、【高波亭】はプレイヤーが運営している店なんですか?」
「あっ、いえいえ、敬語は大丈夫ですよ!【高波亭】はですね……オーナーさんはNP、ゲフンゲフンこの世界の住人さんなんですけど、異邦の旅人である私がそこに弟子入りしたんです」
「ならお言葉に甘えて。……プレイヤーがNPCに弟子入りなんてでき……ムグ」
「あ、ダメですエナさん!」
「?」
イチカが慌てて私の口を塞ぐ。何かやってしまったのだろうか。彼女はそのまま私に顔を近づけて、ヒソヒソと話し始めた。
「その、基本的にはプレイヤーのことを『異邦の旅人』とか『冒険者』、NPCの人たちのことを『世界の住人』って呼ぶようにプレイヤー間で徹底されてるんです。特に……【ファスティア】だと」
「そうなのか。すまない、いつもは“外”にいるものだから」
「……あの、おせっかいなんですけど、ここではあんまり“外”の旅人であることはバレないように立ち回ったほうが良いですよ」
「どういうこと?」
「……あの、なんと言いますか……いま、人類プレイヤーからの魔物種族プレイヤーへの風当たりが、やけに強いんです。特に異形の、【ファスティア】の情報が全く入らないほど遠くの魔物種族プレイヤーほど」
なんだか段々と不穏な話になってきたな。もしかして初日にドン引きされたのって、ランダムだからじゃなくて“外”スタートのプレイヤーだったからか?
「人類っぽい魔物種族、もしくは魔物っぽい人類種族を見抜く方法は簡単です。高レベルの【鑑定】をすれば、種族名のところに【魔物】もしくは【人類】と現れますから。自分でステータスを開示すれば、【鑑定】が高レベルでなくても確認することもできますけど……ほら。ここにあるでしょう、【人類】ヒューマンって」
――――――――――――
プレイヤーネーム・イチカ
性別・女
種族・【人類】ヒューマン
――――――――――――
なにそれ。私のステータスにそんなの無いけど。ただの影に魔物も人もありませんってか。う〜ん……かなり言っちゃいけない情報な気がするな、これ。
「あ、自分から開示するときは開示範囲を自分で決められて、私は名前と性別と種族だけに限定してるんですけど……あれ、大丈夫ですか?」
「っあー、いや、つまり……不意打ちの【鑑定】には気をつけろってことで合ってる?」
「はい、だいたいそんな感じです。普通、旅人への許可のない【鑑定】はルール違反なんですけどね」
「まあそうか。他人の戦術を勝手に覗くものじゃない」
「そうですよ!」
なにはともあれ、何ともキナ臭い。今どうこうとはならないだろうけど、後々に影響を与える亀裂になるだろう。
「だから、エナさん……」
「おい!イチカ、アンタ何チンタラしてんのさ!」
「あっ、すみませんおかみさん!こちらにお連れ様がお待ちのお客様がいらっしゃって!」
イチカに恰幅の良いマダムが声を掛ける。そういえば、なるほどここは【高波亭】の軒先だったのか。そんなところで従業員と話し込むなんて、少し迷惑をかけたな。
「あら、そうだったのかい?イチカ!アンタは裏で仕込み!」
「はい!今行きます!」
「姉ちゃんは?連れの名前はわかるね?」
「ええ、『アルマ』という旅人と待ち合わせをしていて」
「あぁ〜あのハンサムなお兄ちゃんの!美男美女であたしゃ羨ましいよ。ほら、連れの兄ちゃんはここだよ!」
大股で店内を歩き、ホールを抜けて個室のエリアへ行くマダムに何とかついていく。分かりやすく酒場のおかみさんというか、実にパワフルだな……。
案内されたテーブルに着くと、アルマは何かグラタンのようなものを頬張っていた。ところで、このスクランブルエッグのようなものがわずかに残る空の皿はなんだ?君、朝ごはんまでここで済ませたのか?
「アルマ」
「んあ?エナ!良かった、ちょうど昼時だな」
「メニューはそこ。オススメは自家製シーフードグラタンさ!」
「じゃあそれで」
「あいよ。お冷はここさ。おかわりはあっち」
「ありがとうございます」
ごゆっくり!と言って、おかみさんはホールへ戻っていった。
……ところで、このテーブルにもプライベート設定があるんだな。ありがたくオンにさせてもらおう。
「……さて、アルマ」
「どうした?」
「この街。人類種の“旅人”のスタート地点……なんだよね?」
「そうだな。……だとしても妙だが」
「うん。というわけで、君の情報も聞きたい。今からどうこうはできないけれど、警戒対象は絞っておきたいから」
「わかった。……ま、元凶は大体掴んでる。なんでも_【白い十字架会】っていうプレイヤーのギルドが、この街の“治安維持”をしているらしい」
……そりゃあまた、キナ臭いにもほどがあるな?