116.話が早いよ
「杖……」
『杖です』
「王笏ってなんだっけ」
「所謂レガリア、王権の象徴の一つであるな」
「王笏の民と言いますか、王笏そのものと言いますか……」
一斉に困惑する私たち。を、生暖かい目で見つめるカドゥケウス幹部の皆さん。
「無理もありません。僕も……初めて見たときは驚きました」
「吾輩も、見知ったリーダーがまさか杖の姿をとっているとは思わなんだ」
「見知った……?てことは【カドゥケウス】はここで初めて出来たコミュニティってわけじゃねえんだな」
「御明察。カドゥケウスは元々、拙者らのような検証好きがタイトルの垣根を越えて集まった緩い共同体のようなものでな。だが【クライシスオンライン】で正式に組んでからというもの、何の巡り合わせか噛み合わせか、こうも大きくなってしまった。それを否とは言わぬがな」
へ〜。ネット上の繋がりが先なのか。でもよく考えたら発売して数カ月も経ってない頃から知名度も規模もあるギルドだったわけで。確かに、元から繋がりがあったんだとしたら納得できるな。
『さて。いつまでも茶をしばいているわけにはいきません……ワタクシは茶も飲めませんが。速やかに話と人と物資と金を纏めて、華の龍脈と武州の地下への調査を行わなければ』
「そうそう、その話が聞きたいんだよ〜。なんかやばいこと見つけたりしたの〜?」
『はい。そこのエナさんが嘔吐するくらいには大変な情報を』
――――――――――――
と、言うわけで。カルクスさんがかくかくしかじかうんぬんかんぬん、現在の歳王と扶桑樹の由来らしい話に、それ以前に存在してた“命と約束の神”の存在とその末路、神を喰って永遠の命を手にしてまで負けを認めず他人を蹴落とし善人の墓を暴いて呪いを押し付けた人でなしのクソ野郎が今度は武州の地下でなんかやってそうって話、その他諸々をした。
「わ〜……」
「んむむ……ミャーはどうしようかみゃあ……」
「わあ、すごいイカ耳ですよ。僕は気になります、その武州って場所。どんな酷い土壌なのか……」
「幾ら誠意を包めばいいのやら。その担当もどうせ吾輩であろう」
「拙者は……此度は護衛としても働くことになりそうだな」
「本官も赴く予定だ。セキ殿には細かな部隊編成もお願いしたい。大体は地図埋め班と事象融合研究隊から何人か持ってくるか……それとも完全にそれで埋めてしまうか?」
「ふむ……」
話が早すぎるんだってば。
「その、カルクスさん?」
『おやエナさん。どうされました?』
「……私の仕事って、何?」
『……あ』
私の話が完全に流されていた。話が早いとこういう弊害があるんだ。
そんなわけで、かくかくしかじか再び。私が元は死体で、生きてる肉体を手に入れるためにさっきの人でなしのクソ野郎が罠として書き残した『偽の永遠の命』を使って死に続けたこと、だけどなんやかんや肉体を得て復活したこと、その時に歳王と接触したので多分またコンタクトが取れるであろうことを話した。それからついでに、その出自がバレるとあの男に何を盛られてどういう事されるのか分かったもんじゃない、ってことも。
……まあ、これ以前からも歳王と接触は果たしてたけれども、そこまで言っちゃうとさ。自分がユニークどころかそれよりもさらに踏み込んだ存在だとバレてしまうんでね。
『……というわけで、李丹心から遠ざけることも兼ねてエナさんには歳王に接触していただきます』
「ははあ……具体的には?」
『無頂山の外と中……つまり生態系や地形と、龍脈の確認。歳王の様子の確認。龍脈がひどく痩せ細っている弊害が一切出ていないとは思えませんから』
それに、と、そこで言葉を一度切るカルクスさん。
『……実際、四安の陰にある異常事態も、龍脈の乱れが原因であるのでしょうから』
「えっ」
『これはあくまでもワタクシの推察に過ぎないのですが。今、四安の、或いは【華】の高貴な身分の人が、謎の病に倒れているのではないのですか?』
「そうなのか?」
「……」
アルマがすごい勢いで目を逸らしている。あんなに汗かいてるの初めて見たな。アバターも汗かくんだ。しかも焦りで冷や汗がドバっと。
「その〜……俺情報って、言わないでもらってもいいか……?」
「それに関しては安心して〜。タレコミ元のプライバシーはバッチリ守るよ〜」
「頼むぜ。あ〜、その、な。カルクスさんの推察、ほぼ百パーセント当たりなんだよ」
『おや、光栄ですね』
あ、そうか。『さる高貴な御方』。あの情報、アルマは盗み聞きで手に入れてたわけだもんな。そりゃ表沙汰には絶対したくない。
アルマだって、どうせバレないからと綱渡りしてただけで、バレたらマズイのはよく分かってる。普通に生きたまま死なないギリギリで全身の皮を剥がれて肉を削がれたりするでしょうね。
「……ちなみに、推理の根拠は?」
『“新鮮な桃の実、もしくは種”という季節外れにも程があるのに、緊急性の高いリクエスト。依頼者を、政府のワンクッションを挟んで伏せていながら、かなり大々的な納品を依頼してましたね。しかも品質にも厳しい決まりがあった。理由を聞いても「求められている」の一点張り』
「……わぁ……」
怖いよこの人。いや、杖。杖のくせに。
『それから、薬の値上がり。それと、四安の住人に限定した話で、我々旅人には関係のない話ですが、薬師たちの王宮への招集もありました』
「ふむ。その目的も対象も伏せられながら、特殊な薬を信頼できる手で大量生産しているであろう状況が浮かび上がった、と」
『その通り!さすがは少佐です。ですからこう考えたわけです……『高貴かつ重要な身分の存在が、特殊な薬を必要とする病に倒れたのでは』と』
「……大正解〜!」
ヤケクソのアルマ。あーあどうしたもんかね、とその顔に書いてある。話が早いとこういう弊害があるんだなあ。こわ。
「えっ、四安ってそんなことになってたんですか」
……とは言え、他の面々はほとんど阮明さんみたいな反応を示していたわけだが。
『ですからエナさん、龍脈の調査をよろしくお願いしますね』
「はい」
カルクスさんには出来るだけ逆らわないでおこう。私は心に固く誓った。