115.【カドゥケウス】
「……ねえ、やっぱり私も武州の調査に……」
「ダメだ」
「ダメです……もうアルマさんが仰ってましたね。エナさんの身の上は遅かれ早かれあの男にバレるでしょうから、最初からその芽を潰すためにも離れていてください」
「……む〜……」
「エナ殿は【歳王】にアクセスし得る稀有な存在ゆえにな。そちらに取り掛かって欲しいというのも本音だ」
「歳王に会える存在……小生としてはにわかには信じがたいのですがね」
白亜の城の中、少佐とカルクスさんの案内に従い、青い絨毯を踏み締めて歩く、私とアルマと阮明さん。
ここは人類種の国家【クロシア王国】の王都【ファスティア】にある、情報収集、もとい検証を行うプレイヤーズギルド【カドゥケウス】の本部だ。
「メンバーは」
「既に揃っている、と。後は本官とリーダーだけだ」
「相変わらず迅速で有難いことです。では……ここから先は少佐の案内に従っていただきますよう。ワタクシは失礼します」
大きな扉の前で立ち止まったカルクスさんは、すっと脇へ逸れて何処かへ消えていく。少佐は動揺するようなこともなく、扉を軽く押して開けた。
「失礼。少佐、それから来客3名、ただいま到着した」
扉の先にあったのは、広間。そこには大きな円卓があって、すでに5人が席についている。残る席は_4席。私、アルマ、阮明さん、少佐……あれ?
「カルクスさんの席は……?」
「それについては問題ない。今連れてくるから、気にせずかけていてくれ」
少佐は私たちを席に案内して、そのまま何処かへ行ってしまう。沈黙が場を支配しようかというところでアルマが口を開いた。
「あー、よし。じゃあそれぞれ自己紹介で良いか?俺はアルマ、こっちがエナで向こうが阮明さん」
こういう時、初手で切り込めるのはアルマの強みだよなあ。ちょっと強すぎやしないかなあ。ほんのり胃が痛くなってきたんだけど。
「ふ〜ん。概要はリーダーから聞いてますよ。あたしはマリーナ、ご覧の通り魔物で〜す」
白髪に青い目をした、頭から大きな角が二本生えた女性のマリーナさん。……意外とフランクな人もいるんだな、と思ってしまったのは内緒だ。そして謎の分厚い本を抱えているが、いったいアレは何なのか。
「拙者はセキと申す。……愛想が無くて済まない」
セキさん……やや強張った顔の、武士っぽいなりの人。日焼けした肌にボサボサの長髪をひとくくりにして、そしてちょっと人相が悪い。鋭い目つきとか、頬の傷とか……でもいい人っぽい。なんか誤解されてきたのかも。
「僕はニュートです。トカゲの獣人で、趣味は地面を舐めること」
ニュートと名乗る黒髪の少年。トカゲの獣人だと言う通り、黒く光る鱗が並んだ長い尻尾を持っている。
ところで、地面を舐める趣味とは……?
「誤解しないでくれ給え、ニュート君は我らが誇る最高の分析官でね。ああ、吾輩はアイン。戦う経理担当だよ」
鏡面のように磨かれた床にカツン、と杖をついた初老風の男性、アインさん。得意げにヒゲをなでつける様は、確かに「金にがめつい紳士」って感じだ。
「お?じゃあ最後はミャーの出番かみゃあ?ミャーは子子子子子子子。このちゃんとかねこちゃんって呼んでほしいミャア。ついでにエナちゃん、ミャーとフレンドとうrグヘッ」
子子子子子子子……長いな。お言葉に甘えてねこさんと呼ぼう。名前や振る舞いの通り猫の獣人であるらしく耳や尻尾が生えている。そしてマリーナさんに本の角でしたたかに殴られていた。
「この前度を超えたカキコしてBANされた癖によくナンパできるね〜?」
「すみませんでした」
ちゃんと怒られている。
「それとも猫の分際で飼い主の目の前で浮気〜?」
「ごめんにゃさい……」
……違う。
「……鞘当てに使われた……?」
「ほ〜ら勘違いされたぁ。ごめんねエナさん。ほら猫もちゃんと謝りなよ」
「すみませんでした」
「本当にごめんね。誠意足りなかったりする?全然煮られたり焼かれたりするよ?」
「大丈夫です……」
頭が痛くなってきたな……。私は何に巻き込まれてるんだ……?
「すまない、遅れた」
ここでやっと少佐さんが戻ってくる。……その手に豪奢で大きな両手杖を持ちながら。少佐さんは円卓へ近付くと、まるで儀礼用のようなそれを丁重に抱えて、円卓の中心へ差し込んだ。
『お待たせしてすみません』
「カルクスさん?」
『はい』
「何処から喋ってるんだ?」
『皆様の目の前ですよ』
「……まさかとは思うのですが、この杖でございましょうか?」
頭に響く声。【念話】スキルだ。
円卓の中心には、微動だにしない豪奢な杖。2匹の蛇が螺旋を描いて棒を這い登る意匠のそれ。頂上に取り付けられている宝玉が、ちかちかと光った。
『ええ。改めて、ワタクシはカルクス。ギルド【カドゥケウス】の長であり、ユニークキャラクター【スケプトリアン】です』
きらきら、と杖全体が光り輝いた。