114.頭が痛くなる話
「つまり_と言うかやはり、【穢れた咎の領域】にいたボスのキョンシーはエナ殿だったわけだな」
「正確には、ボスはまた別にいるんだけど……まあそんなところ」
さあ何処から話そうか、というところで、取り敢えずまずは己の過去の過ちを赤裸々に吐いている。調子乗ってすみませんでした。
「ふむ……まあ、倒されたことに関しては、単に我々が弱かったという以上の結論に他ならない。本官としては、エナ殿がそう気負うことはないと思っている」
「本当すみません」
そんなわけでかくかくしかじか。あのダンジョンには元々【風化鬼】というボスモンスターがいて、それを上手いこと救済することで【回向を願う】というクエストをクリアしたかった。なので【朝焼けの剣】御一行に風化鬼がやられるのは避けたくて、追い払うべく戦ったのだと。
それから、【回向を願う】のクエスト内容とかムービーについても少々掻い摘んで話す。なんというか、みんなだんだんゲンナリしてくるのが逆に面白くなってきたな。
ついでに、ちょっと前歳王に会ったことも話した。少佐さんはもう無言で白目ひん剥いてた。たぶんまた会いに行けるんじゃないかな、って言ったら、私に何を質問させようか悩み始めた。一人三つまでにしてくれるとありがたい。
「んむむ……我々が風化鬼のいるフロアまで押し入っていたとしたら……」
「それが間違いとは言いませんが、【朝焼けの剣】なら討伐していたでしょうね」
「……待ってください。ここでも『醜い男』と『美しい男』が出てきましたが。それが先ほどの悪夢と同じ2人なら、安らかに眠る『罪のない男』は……風化鬼の材料にされた男ということでしょうか……???」
「やっぱそういうことだよね。風化鬼はまあ、餓鬼の親玉みたいな姿だったんだけど。『飢え』って生きる存在特有の苦しみであるはず……私が死体だった頃は飢えなかったから。だから、生きる苦しみを押し付けたっていうのにも合致すると思う」
うへえ、とわかりやすく顔をしかめたのはアルマ。
「……なんつうかさあ、それってつまりただの当てつけでもあるんじゃねえの?」
「ふむ?その心は」
「まず、美しい男は騙し討ち同然に神様を喰って永遠の命を手に入れた。だが神の力を引き継いだのは醜い男……と、まあ、遠い島の樹。醜い男は美しい男に罰として呪いをかけた。ここまで合ってるよな?」
「うん」
「その醜い男は、ある村の世話になった。醜い男は身を挺して村を救おうとした男を丁寧に供養した」
「風化鬼の話か。エナ殿から聞く限りではそうであろうな」
「なんでわざわざその村の男の死体を、自分の呪いを押し付ける先に選んだんだろうな?って話だ」
「……確かに、ただの死体であれば、適当な墓を荒らすなり、あるいは……明言はしませんが、あれほど調薬に長けているのなら、何かしらの方法で穏便に調達できるでしょう」
……え、だから“当てつけ”ってこと?
「人の心は……?」
「無くしたんだろ。じゃなきゃ神の返答が気に食わねえからってさすがに食い殺すことは無いし、永遠の命の材料にこれ見よがしに猛毒を並べ立てたりしない」
「……信じて飲んだ私への当てつけか?」
えっ、とまた少佐が白目を剥く。
「飲んだのか……?」
「飲んだよ。現実じゃよくある煉丹術の材料だったから、ゲーム内では効果があるものとして実装されてんだなって思ってさ。まさか罠として書いてるなんて思わないよ」
「水銀、覆盆子、鉛、砒素、金……まあ確かに、歴史上で何度も議論されてきた永遠の命の材料ですねえ」
「飲んだらどうなったんですか?」
「えーとね……なんか、死に戻り繰り返したりしながら色々あって……そう、“命を見つけて”、死体キャラを脱出したよ」
それでわかるわけねえだろ、とアルマに頭をはたかれた。割と痛い。仕方ないので色々しゃべった。何度か話の脱線を繰り返して、今は李丹心の現在のポジションについての議論に移った。
「……しかし……李丹心はどのようにして武州の軍師祭酒なる高官へついたのでしょうか?話を聞く限り、ワタクシにはアレが科挙を抜けられるとは思えませんね」
「そもそも、百歩譲って試験の成績優秀者であったとして、何のコネも無い者が防衛の要衝たる都市の軍師になどつけるものか?阮明殿、そのあたりの人事について調べられぬであろうか」
少佐さんが阮明さんにそうパスを投げると、阮明さんはいい笑顔でガッツポーズしてみせた。
「そう言うと思いまして。今虫を2匹ほど滑り込ませております」
「なんで?」
なんで?合法的に見れないの?
「いつあの男が入り込んだか分かりませんので、閲覧許可を取る前に目星をつけておこうと思いまして。どうせ見るから大丈夫ですよ。問題ありません」
「大有りだろ」
「そんなアルマ殿……小生が働き蟻のように勤勉だなんて!」
「少なくとも大蟻ではありませんよ」
「はぁ……なら阮明どの、武州への調査を引き続き行うことは?」
少佐の呆れたような質問に、阮明さんはしばし考え込む。
「おそらく可能ですね」
「カドゥケウスの息がかかった者を調査団に潜り込ませることは?」
質問を続けるカルクスさんの声のボリュームが下がる。阮明さんもひそひそと返した。
「人事にお願い出来れば難しくはありませんが、少々誠意が必要かと」
その言葉に満足気に頷くカルクスさん。
「気持ちばかりならカドゥケウスから出せますね。少佐、幹部級に招集をかけます」
「承知した」
そうして、いつの間にかアルマが淹れてくれていたお茶を一口。私もそれにならった。優しい甘さ……杜仲茶だ。ノンカフェインで胃腸に優しい……完全没入型VRでその辺再現されてるのかわからないけど。
高速で交わされる約束や計画に、テニスの試合を観戦するみたいに目を白黒させるしかない私とアルマ。私は当事者なんだけどな。
「話進むの速えー……」
「当事者なのに普通に置いてかれた……つまりまた武州に調査に行くっていうのでいいのかな」
そうポロッとこぼすが、アルマに制止された。
「エナはやめとけ」
「え?また吐くことはないと思うけど」
「やめとけ。やめといてくれ」
「ああ……あの男相手にエナさんが単に負けるとは思えませんが、口にするものに何かしら混ぜられる可能性はありますからね」
「え」
「エナ殿はことが落ち着くまで武州に寄らぬほうが良いだろう。何と言うか……あの男に近付くのは危険な気がする」
「ええ?」
「歳王に会ったことがあり、偽の煉丹術で何故か復活を遂げ、ついでに風化鬼についても知っている。口封じするなり操り人形にするなり、それからまあ……アレは多分……ヒィッアルマ殿!そんな睨まないでくださいな!後生ですから!」
「……こほん。エナはアレと接触禁止な。武州の調査はこっちで進めるから」
「はい」
なんというか、いろいろ黙殺されたな。
「しかしエナさんにもお願いしたいことはいくつかあります」
「はい?」
「そうですね……まずは無頂山で、歳王への謁見を試みていただこうかと」
「ははあ……?」
またなんかやらされそうだね……?