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111/116

111.ゆるしがたきもの

エナ視点です。

 長く延びている、屋敷の廊下で。


 私は“それ”に見つかった。


 じわりと絡みつくおぞましさに、皮膚の下が冷えていく。


 思わず隣を歩くアルマの袖をつかんだ。彼は驚いたように私の方へ振り向く。


「四安からのお客様方でしたか。ごきげんよう」


 それは。


 その男は。


 その、見覚えのある、美しい顔で。


 確かに私を見つめて、そう言った。


――――――――――――


 遡ること数時間前。アルマが私を呼びつけてこう言った。


「武州に調査に行くぜ!」

「もう?」


 なんでも、この前のお茶会を解散したあとすぐにアルマがお世話になっている“公徳どの”なる人にそれとなく武州について探りを入れてみたのだと。


 そしたらその公徳どのは「最近武州からやたら塩を買わされる」「武州が技術者を何人も求めている」「武州が鉄をどんな高値にしても買い占めてくる」とこぼしてくれたらしい。


 それを公徳どのの下についてる商会や、十三さん経由でプレイヤー商会にも聞いてみたところ、どこもかしこも似たような返事をした、と。生産職プレイヤーもアラーニェさんやかぬっちさんを通して何人か話を聞けた。曰く、今の武州は、武器や防具の製作スキルがある者に、プレイヤーだろうがNPCだろうが人類だろうが魔物だろうが見境なく引き抜きを打診しているらしい。


 それを、件の龍脈の情報ごとカルクスさん(情報ギルド)に回し、ついでに阮明さんが何か知らないか探った。ちなみに情報ギルドは新たな【龍脈】という概念が発見されて少々荒れたらしい。


 で、その結果。阮明さんが上層部に「武州に謀反の兆しあり」と上奏して、調査チームを組むことになった。


「……展開が早くない?」

「阮明さんのフットワークがあまりにも軽くてビビったな。お役人てのはもっとがんじがらめなもんかと」


 それはそう。


「ええと、つまり……阮明さんはこれまでの動きで武州がきな臭いことになってるって分かったんだよね」

「鉄を買い占めレベルで集めるのも、誰でもいいからって技術者をかき集めるのも、戦争の準備をしてるってことにできるからな。ま、本気で謀反するんなら、もっと慎重にやるもんだが」

「それって、なんか……まるで武州が余裕をなくしてると言うか、なりふり構わなくなってるみたいな感じがするんだけど」

「だから調査すんだよ。阮明さんと彼が指揮する政府軍の一部隊、それからプレイヤーの調査係にカルクスさんと少佐さん、言い出しっぺの俺でな。ついでに俺は龍脈の調査担当」

「私の居場所なくない?」

「エナは俺の護衛ってことで同行してもらうな。まあメインは龍脈の調査だが。華の龍脈は瑞穂国の龍脈と違う、なんてことになったら困るし」

「えー」


 言い訳するにしたって、君に護衛は絶対にいらないだろ。もっと言いようあるんじゃないか。決定事項だから覆せない?そんな……。


 と、言うわけで。私は、武州に「政府の調査担当者」という名目で潜り込むチームの一員にされた。


 武州の領主屋敷は四安よりも武骨なイメージがあった。たぶん兵器や武器が隠されもせずに置かれていたり、外で兵士たちが大声をあげて訓練したりしているからだろう。


 そこの気が遠くなるほど長い廊下を歩いて、気が遠くなるほど広い部屋で、武州軍の将軍にして領主にあたる人の、気が遠くなるほど長い武勲を聞かされた。


 強制捜査にはまだ入らない。なぜなら、まだ兆しが見えているだけ、疑いがあるだけだからだ。阮明さん曰く、「裏側にも色々ありますゆえ、あまり強硬には動けなさそうです」とのこと。


 そんなわけで、う〜んざりするほど何の実りもない時間を過ごして得られた情報は「鉄の買い占めと技術者の引き抜きは古びて壊れた兵装を一斉に新調するためで、塩の販売はその金を捻出するための公共事業であった」ということのみ。


 そんなわけで、阮明さんはにこやかに引き下がった。


 私としては、ずいぶん言い訳じみてるなあと思ってしまうわけだが。だってこれだけ武装に力を入れてるなら、兵装が古びて一斉に壊れる前に少しずつ新調してるもんじゃないのか?それに技術者をわざわざ他所から引き抜かなくても、武州の中にノウハウを持つ人はいるだろう。


 とは言え、たかが護衛。他所の領主様にグチグチ言えるわけもなく、と言うか別に本命はここではないので、同じくスッと引き下がっておく。


 長い廊下をまた戻るところで、長い髪をした漢服の青年と鉢合わせた。


 そうして、冒頭に戻る。


 ――――――――――――


「……エナ。大丈夫か?」

「武州の水が合わなかったのであろうか?いや、そのような話ではないな」

「何か……先ほどの青年と関わりでもあったのでしょうか。阮明さん、あの人は一体?」


 頭が痛い。体が重い。


 脳の中、皮膚の下、腹の底に、何かが絡みついているようだ。


 気持ちが悪い。耳が遠い。


「あの方は……武州の軍師祭酒、名は()丹心(タンシン)どのですね」


 あの男。恐ろしい、男……。


「肩書の通り武州軍の軍師でありますが_」


 気持ちが悪い。あの男の恐ろしさが頭にこびりついて離れない。どうして。身体がふらつく。細る龍脈に何かが吸われているような気がする。


「その実態は、将軍お抱えの薬師」


 地下に何かがある。きゅうと締まっていく喉と、ぐらぐらと茹だっていく頭、さあっと冷えていく身体を無理やり動かして、ここにいる彼らに伝えなければ。


「現代における最高の【煉丹術】師であると言われております」

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― 新着の感想 ―
絶対にこいつのせいだ!
まさか生きてたとは……まあそうよね
うわ〜……
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