109.日常へただいま
イベント終了後、アップデートのためということで一時的に強制ログアウトさせられた。イベント空間の閉鎖と、あとは細々した不具合修正とかがされるらしい。
のそのそとVRベッドから這い出る。窓からさんさんと陽の光が差し込んでいた。これを【陽光操作】できたら強いだろうな……できないけど。
結構な早朝からログインしたはずだが、窓から差し込む光は既に昼間のものだった。
「いや、まだ昼なのか……」
デジャヴか?
まあ元々イベント概要に『ゲーム内は1週間だけど現実時間は3時間だよ(意訳)』ってあったし、これは当然か。
「う〜……しかし普段はゲーム内で1週間過ごすことなんてないからな……さすがに頭が疲れてる」
お昼ご飯を食べたらちょっと寝るか。起きたころにはまたログインできるようになってるだろうしね。
「ふぁ……そうだ、アルマに連絡しとこ」
これからまたしばらくは四安で過ごすことになるんだし、ログインのタイミングくらいは共有しておくべきかな。
5時間くらい仮眠してからログインするね、と。アルマにメッセージを送って、そのまま横になった。
――――――――――――
アラームが鳴る。ぱちっと目を覚ますと、確かに自分がアラームを設定した時間になっていた。かなりぐっすりと眠り込んでいたらしい。私が思っているよりもさらに疲れてたようだ。
「よいしょ……あ、返事が来てる」
アルマからの返信は簡素で、色々共有したいことがあるからまた【富春楼】に来てくれ、ブルームとは合流した、というもの。
ブルームからもメッセージが来ている。内容としては、ログイン直後にかぬっちさんと連絡を取って、後夜祭中に約束していた人型ゴーレムを一つ譲り受けたというものらしい。
……私と同じ姿のやつじゃないよね!?
まあいいや。行ってみないことにはわからないし。さっさとログインして例の店へ行くとしよう。
ログインする。相変わらず、四安には人がかなり多い。この中に一体何人プレイヤーが存在するかはわからないが、少なくともここにいる人はみんな自然な生きている人間に見える。
ざかざかと街を通り過ぎていくと、高級街への門とそこの守衛二人に阻まれ……なかった。でも笠の能力ですり抜けられたわけじゃなさそうだ。だってめっちゃガッツリ目が合ったから。目が合ったけどヌルっと抜けられた。
さてはあの扶桑樹が何かやったな。
……まあ、なんか……想像つくよね。もっと穏便な寄生樹みたいなことしたんじゃないかな。変に聞いて藪をつついても何が飛び出すか分かったもんじゃないから聞かないでおこう。
変わらずにまっすぐ歩くと、【富春楼】は前に来たときと変わらず落ち着いた佇まいのままそこにある。前はアルマの背ばかり見ていて気が付かなかったけど、ここってこんなに高い建物だったんだな。
ボサッと見ていると、給仕が1人近づいてきた。
「1名様でのご利用でしょうか?」
「え?ああいえ、待ち合わせをしていて。名前はアルマという青年の……」
「……少々お待ちください」
すっと給仕が店の中へ下がる。その数分後また戻ってきた給仕は、私を以前と同じ最上階の部屋へ案内した。また?
「ごゆっくりどうぞ」
今度は壁の向こうに誰かがいることもなく、のろのろと上がっていったエレベーターは透き通った到着ベルを鳴らして最上階へたどり着く。給仕に促されるまま扉をくぐると、アルマと……誰だ?ふわふわとした暗い茶髪をふんわりとまとめた、初期装備の小さな女の子が向かい合って食事をしていた。
「あ!エナさーん!!!!」
……小さな女の子はブルームだった。この見た目で成人してることあるんだってくらい小さいのに。
「ブルーム、さっきぶり」
「はい!……やっぱりエナさんって背が高いですね!わたしエナさんのゴーレムをお借りした時、すごく目線が高くてびっくりして!」
「そうなの。でも、その姿は?」
「はい!初期設定のフルスキャンアバターをかぬっちさんに共有して、ちょっと無理を言って作ってもらって……ボディパターンが一致してるものを改変したらしいです」
「なるほど」
つまりこれは、リアルのブルームそっくりの身体であると。小さいな〜……。立っても私より頭一つ分以上小さい。小さい体をぴょんぴょん跳ねさせて私に話しかけてくる。身体がつくと可愛いもんだな。前から可愛げのある子だったけども。
「アルマはよくブルームだってわかったね」
「うんにゃ。伝えてた待ち合わせ場所で、後ろから急に話しかけられたから死ぬほどビビった」
「エナさんはアルマさんと合流するだろうなって思って、わたしもゴーレム受け取ったあとにお邪魔しようと思ったんです。それで、せっかくならびっくりさせたくて!」
「特定されたかと思って本当に焦った」
「なんなら君、多分人間体は特定されてるだろ。NPC商会の幹部って、結構派手に動いてる方だと思うよ」
「まあ、十三みたいな商人プレイヤーは侵攻側にも普通にいただろうしな。そこからバレてもおかしくはねえか」
そこまでズバッと言い切ってしまったあと、アルマは一口茶をすすり、そしてげんなりと項垂れる。
「あ〜〜〜〜…………」
「デジャヴ??」
「んぁ〜…………」
「……ねえブルーム、何があったの?」
「その……なんか、修正内容にいわゆる『ガン萎え』らしくて……」
「あ〜、そう。そうなんだよな〜…………」
ぺそぺそのアルマがゆっくりと顔を上げ、モロに『残念で仕方ない』とにじみ出ている声色で言った。
「【寄生樹】がクソデカナーフ食らった……」
……ええ〜……。
「当然の報いすぎる……」