105.乾杯!
酒が飲める 酒が飲める 酒が飲めるぞ
イベントの打ち上げで 酒が飲めるぞ
まあ作者は酒を飲めませんが……
『転移完了』
ホワイトアウトしていた視界に色が戻ってくる。
何かしらの建物の、ロビーと思わしき場所。イベントの開始時に転移させられた、防衛陣営の待機エリアだった。
腰に手をやると、緑色のイベント剣。ゴーレムに憑依させて自由に動かしていた私の眷属・ブルームも、私の装備欄へ戻ってきたようだ。
そして次々に防衛側メンバーも転移してくる。少々のタイムラグはなんなんだろうか。描画速度の問題だったりする?もしかしておま環?
……まあいいや。数分もしないうちにメンバーも全員そろったし、そっちに集中しよう。
「ふ〜……本当に終わった……」
「お疲れさま〜。今回の防衛側MVPは誰になるのかしらね〜?」
「誰でも納得できるでしょう。ワタクシたち全員で死力を尽くして得た勝利です」
「ああ。自分の力を出し切って戦い抜く中で、本官自身大きな経験を積めたと思っている。ありがとう」
「……こちらこそ。礼を言う」
「ん〜。お前さんらがわしの所で何か買うときは、名前出したら5%引きにでもするかのう」
「おおマジか……金庫が服着て歩いてる十三が値引き宣言って初めて聞いたな」
「であれば小生、何か一つぜいたくな装身具でも買いましょうかね……」
各々が好き勝手に話し出す。なんだか変な光景。初めてここで顔を合わせた時は、カルクスさんが仕切らないと話し出さなかった……いやみんな意外とちゃんとコミュニケーション取れてたな。
それから、変わったものはまだまだある。
「……アレって、飲み食いしていいのか?」
アルマが指差すのは、並べられたテーブルの上に所狭しと置かれたごちそうたち。ケーキの上にあるチョコレートのプレートには『防衛成功おめでとうございます』と書かれている。
炭酸飲料や果実のジュースだけでなく、エールやワイン、ウイスキーなんかのアルコール類も並べられていた。完全に宴会だ。
「……ゲーム的に考えると、これも“イベント報酬の一部”なのでしょうか」
カルクスさんが腕を組みながら言う。なるほど、そういう解釈もあるのか。
「報酬画面に反映されてるかは確認しとらんが……ゲーム時間で1週間戦い続けたんじゃけえ、こういう慰労の演出があっておかしくはないじゃろ」
どかっと腰を下ろした十三さんが、皿にローストビーフを盛り始める。
……まあ、そもそも警戒する必要もないか。どう考えても運営が用意したセーフティエリアに並べられた食事の何を訝るのか。
「おいおい、まず乾杯だろ」
「おっと」
アルマの一声で、みんながテーブルの上に並んだグラスをそれぞれ手に取る。ジュースの人もいれば、エールを注ぐ人もいる。私は……とりあえず甘くて度数の低い酒を選んだ。
「では……」
カルクスさんが軽くグラスを掲げる。
「防衛成功、おめでとうございます。そして――一週間、本当にありがとうございました」
みんなで目を合わせる。楽しい1週間だったな。
「優勝を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
グラスが一斉に触れ合い、澄んだ音がロビーに響く。
それは、あの地獄のような戦場では決して聞けなかった、穏やかな音だった。
「ぷは〜っ!うめえ!」
アルマが真っ先に豪快に飲み干し、すぐさま次の料理に手を伸ばす。前に【富春楼】で話した時はお茶メインだったから分からなかったが、彼は意外と大喰らいであるようだった。
「……食べすぎると吐くよ」
「そのへんは最悪木になりゃいいし。食って食って食い尽くすまでよ!」
……消化器官が無いから!ずるい!!!
「……フライ盛り合わせ。罪悪感」
「同意。本官も頭ではカロリーの無いデータでしかないと分かっているが、何となく食べすぎるのは気が引ける」
かぬっちさんと少佐。……なんと言うか、そこは常識人2人なのかもしれない。
あちこちから笑い声があがる。誰もが肩の力を抜き、ようやく「あれほどの大勢、あれほどの大物を相手に勝ってみせたんだ」という実感を噛みしめていた。
「あらぁ〜。このチーズケーキ……美味しいわ〜!」
「小生も食べとうございます。ああ勿体無いケーキとはなんて小さいのか……小さな虫になっても?」
「そうしたら〜、気づかずぷちって潰されちゃうわ〜?」
「……やめておきます」
あ、アラーニェさんと阮明さん。そう言えばそこは意外にも虫二人(?)という共通点がある。……まあなんと言うか、アラーニェさんはより意識が人外に寄ってる気がしなくもないが。
「酒が足りん! 誰か追加を――」
「十三殿、テーブルを動かすなら本官も手伝うが」
「おう!……かぬっちを呼んでくれんか」
「……確かに本官では力不足だな。文字通り。」
「私がやりますよ!」
「エナ……殿ではないか。ブルーム殿?」
「はい!さっきかぬっちさんが貸してくれました!」
そっちは非力2人とゴーレム形態(見た目私)のブルーム。ああうん、暇だったタイミングでバフ無し腕相撲大会やったんだ。少佐と十三さんはその時のドベ二人だね。
1位?私。アルマの腕をへし折って勝利した。アレを見せてたから「寄生樹つきでも究極院とやれるな」って思われた可能性が高い。
「……不思議だな」
アルマがグラスを軽く回しながら、ぽつりとこぼした。
「何が?」
「たった一週間だ。けれど、随分長く、濃い時間を過ごした気がする」
「……そうだね」
私も頷く。あの絶望的な戦いも、死ぬまで時間稼ぎに徹したあの瞬間も、思い返せばもう遠い昔のことのように感じられる。
「……楽しかった」
「ああ。参加してよかった。ブルームさんに礼を言わなきゃな」
どちらからとも無く、笑いあった。