100.寄生
5日目の夜、防衛陣営の最深部にて。
「んー……」
「おや、アルマさん。どうかなさいましたか」
「さっきRandom15を叩いたろ。そしたらほとんど間を開けずに……そうだな、明日には向こうさんの本格的な合同侵攻が始まるはずだ」
「そうですね?」
「……想定よりも、早く内輪揉めをまとめられてて。向こうが思ったよりも強い」
「ふむ……ゴーレムや虫の配備を増やすというのは」
「焼け石に水だな。こっちはそもそも指揮官に配置できるプレイヤーが少ないから、大規模作戦がなかなか取れない。そこがネックで避けてきたんだが、この期に及んで正面衝突を避ける動きはもう出来ないだろ」
渋い顔で悩むアルマと、だんだん苦い顔になっていくカルクスが顔を突き合わせていた。
「難儀なことです。……こんなゲームシステムでなければ、上手いこと寝返りを誘ったりして出来るだけ兵力を均すのですが」
「寝返りねえ……やっぱそうなるかー!」
「アルマさん?」
ヤケを起こしたように大の字になって地べたに寝転がり、大声を上げるアルマ。それを怪訝な目で見つめるカルクスの視線を華麗にスルーし、アルマはカルクスに告げた。
「ちょっと全員呼ぶ。……あんまり使いたくなかっんだたけどな、一応打開策があるから」
――――――――――――
再び最深部。今度は全員がそろって、アルマの言葉を待っている。
「全員揃ったみたいだな。よし、そんじゃまずこれを見てくれ」
アルマはそう言うと、袖口から細い枝をするりと伸ばした。何の変哲もない枝だ。ここにいる、アルマ以外の全員がそう思うくらいには、細く頼りない普通の枝だった。
「……本官には、ただの枝に見えるが」
口火を切ったのは少佐だった。アルマが伸ばしてみせた枝をしげしげと眺めながら、不可解だと言いたげな目をしている。
「まあ、傍目には普通の枝だよな。実際、ただの植物ではあるし」
「あー、なんじゃ。つまり魔物でもないと」
「話が早くて助かる。簡単に言えば、こいつは寄生生物なんだ」
は?
そう、口の中から間抜けな音を出したのは一体誰だったか。もはやそれは分からない。何せ、ここにいる全員が口をぽかんと開けていたのだから。
いちばん最初に正気を取り戻して口を開いたのは、エナだった。アルマの変な隠し球に最も慣れていたのが彼女だったからかもしれない。
「……もうちょっと、詳しく説明して」
「もちろん。こいつはただの枝に見えるが、胞子を吐くんだ」
かぬっちの鎧ががしゃ、と小さく音を立てた。動揺で身動ぎしたからかもしれない。
「胞子……奇怪」
「そう。見た目はただの木なのに。猫が卵産むようなもんだな」
あんまりな例えにエナが口を挟む。
「ちょっとキモい例えしないで」
「ごめん。そんで、この胞子を生物が吸い込むと特殊状態になる……そうだな。便宜上【感染状態】と呼ぼう」
眉根を寄せた阮明が口を開く。
「便宜上?小生には、その特殊状態には正式名称が無いような物言いに聞こえましたが」
「ん。胞子が引き起こす状態には二段階あって、一段階目はステータスに映らないし、感知スキルにも引っかからないんだ。もちろん普通の回復スキルも効かない」
神妙そうにカルクスが質問する。
「何か効く回復スキルはあるのでしょうか?」
「わからん。自分で試した時は、身体の中身という中身をひっくり返して洗ったら治ったから、かぬっちさんとかなら無理なく治療できるんじゃねえの」
確かにアルマは「種族は植物系」と語っていたが、あまりに人を外れた行いに呆れた十三が口を挟む。
「お前もお前で気色悪いのう」
「うっせ。第一段階だと、ステータスが緩やかに下がっていくんだ。それから、パッシブスキルの効果も悪くなる。胞子をたくさん吸い込めば吸い込むほど、感染状態は重篤になる……そして第二段階に移る」
にやりと笑うアルマに、アラーニェが穏やかに聞いた。
「第二段階が〜、件の寄生なのかしら〜?」
「正解!第二段階の【寄生状態】は、重篤な感染状態で日光に当たると発動する。発動すると寄生された本人の意識は死に、俺の意のままに操れる大樹になる」
全員、絶句。
……そして、数秒後にぽつぽつと言葉が漏れ出した。
「理解不能」
「強すぎない?それ……」
「小生、今後は距離を取らせていただきたく……」
「お前わしになんかやっとらんじゃろうな」
「実質的な即死技ですね。聞いたこともありませんが」
「本官も初耳だ」
「怖いわぁ〜」
「待ておい。俺が人を取って食ってるような物言いをするんじゃない」
やめろ。アルマはそう言って全員を落ち着けた。防衛陣営の面々も、冗談交じりの発言であったからかすぐに聞く態勢へと戻る。
「そもそも、よくある即死技のセオリーとおんなじようにクソ面倒臭いんだよ。まず感染状態を重篤にしなきゃいけないんだけど、それにかかる時間は相手のレベルだとか種族だとかに依存するんだ」
「……ふーん?」
「……エナは俺に訝しげな目を向けられる身分じゃねえだろ。まあ何と言うか、レベル1のスライム相手とレベル50のオーガ相手じゃ感染の進行速度が違うのは当たり前だろ?」
「つまり、敵を感染させられる場所に長時間拘束する必要があると」
「そう。しかも胞子を大量に出しても、すぐに霧散するから大量に浴びせられる距離は短い。ちょっと感染させてデバフを撒くだけならそれが嬉しいが、寄生状態まで持っていきたいなら閉鎖空間と至近距離を維持し続ける必要がある……まあこれは地下までおびき寄せればいいけど。でもそうすると、じゃあ今度はどうやって日光に当てるか?って問題が出てくる」
「すまない。本官には、まだ話が見えないのだが」
「悪い。脱線しすぎた」
ふう、とアルマは息をついた。
「ちょっとな。究極院を俺たちの手駒に変えてやろうと思って」