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すていごーるど

 今はすっかり会員制のジムと様変わりした某ゲーセンで、筐体のシューティングゲームをしていた頃の話。やけにテンションの高かった部活の先輩に、「おまえ、(ゲームの)才能あるな!」と褒めちぎられ気をよくしてしまった為に、何かと通ってしまいそれほど多くもない小遣いを散財していた。ワンコインでシューティングゲームを全クリした様子を見ていた先輩は半分くらい真面目なトーンで、



「お前笑うかも知れないけど、その『才能』は誰かを喜ばせる力を持ってるぞ!」



と言って戸惑わせる。当時はゲームの動画配信なんて文化は無かったから、



<いや、どうやってだよ…>



と内心思っていることを秘めながら青春の1ページをしっかり綴ったのだった。




 そしてたしか6月のことだったろうか。雨上がりに自転車でメダルゲーム目的で出掛けて『合法的に遊べる』競馬のゲームの広々とした場所に落ち着いて、画面に表示されている『予想印』で何となく勝ちそうな名前の馬にメダルを『ベット』しようとしていたとき。今でも何故だかよく分からないが、その辺りでは見掛けたことのない同い年くらいの女子が近くに座ったことに気付いてしまった。しかも、正直『タイプ』と言っていい肌の白い透明感のある青春真っ只中にいるような感じの子だった。



<え…やば…>



声は出なかったが自分の口がその形に動いた。その日用事のあった先輩は不在で、周囲に知り合いは見当たらない。その年頃にありがちといえばありがちの『淡い妄想』が無駄に立ち上がりかけたが女の子が物凄いスピードで大量のメダルを投入している音が聞こえて、「なんだ?」と思ってドキッとした。



「え…」



 困惑の呟きはゲーセン特有の喧騒にかき消されたとは思うが、咄嗟に彼女の方を振り向いてしまったのでもしかしたら気付かれたかもしれない。女の子は完全に「慣れた」様子でボタン操作して迷いなく『ベット』し始めた。普通はベットする馬に迷いが生じるものだけれど、彼女はそうじゃなかった。その姿にドキドキしつつも我に帰り、無難に本命に賭けた自分。



ソワソワしながら、動き出した馬のオモチャと画面を交互に見つめレースを見守る。最終コーナーで追い上げてきた本命の馬が直線で抜け出す。だが更に後方から末脚を伸ばしてきた『穴馬』が本命と並んでゴールインした。その後臨場感のある『写真判定』が行われ、結果『穴馬』の方が確か「ハナ差」で差し切っていた。



「あぁ…」


ハズレで没収される幾らかのメダル。だが近くでものすごい勢いでメダルが放出されるのを目撃した。見事予想を的中させた女の子は涼しい顔をしてメダルを回収してゆく。驚きのあまり、自然と自分から声を掛けに行っていた。



「凄いですね」



「あ…そうだね。今日で最後だから全部賭けちゃおうと思ったら返ってきちゃった…」



そう言って彼女は困ったような笑顔になる。「今日で最後」という部分がどういう意味なのか訊ねてみると、「引っ越すの」と一言。初対面であまり色々訪ねてはいけないと思い、それ以上は自重した。ただ彼女は自分に微笑んでくれて…その顔は今でも朧げながら覚えているが…大量のメダルを入れたカップをおもむろに手渡してくれる。



「え?」



「これ、あげるよ。使っちゃって」



戸惑いはしたがせっかくだからと受け取ることにして「お礼に何か」と考えてその場で思い付いたのが、



「あっちのシューティングゲームあるじゃん?やったことある?」



という言葉。「あれ苦手」と告白した彼女に、



「俺あれめっちゃ得意だから、全クリして見せようか?」



と謎の提案をした。ちょっと困惑している様子もあったけれど『最後だから』というノリで筐体に向かってそのままコインを投入した。彼女が見守る中で『絶対にクリアしなければならない』というプレッシャーは想像以上で、普段ならミスしないようなところで一機失ってしまったものの、それ以外はほぼノーミスで最終ステージまで来ることができた。



「凄いね!こんなに上手な人初めて見た!」



流石にテンションが上がっているらしい。プレイしている自分は手にじんわり汗を掻いているのが分かった。それでもここで決めなきゃ絶対勿体無いなと思い、極限の集中力を発揮してボスを撃破した。日頃の成果が出たのだろう。今思うと部活でもこういう集中力が発揮できたらいいところまで行けたんだろうなと。



「うわ!すご!感動したよ!」



 その言葉がどこまで本心かは分からなかったけれど、『この町の思い出』として悪くないものを提供できたのではないかという自負が今でもある。彼女とはそれきりで、大事に使わないとなと思っていたメダルもいつの間にか消えていた。かなり後になって先輩にその話をしたら、



「ケータイの番号聞いとけばよかったのに」



と言われた。ウブな自分には出来ない相談である。ただ「先輩の言葉のお陰で才能を役立てられました」と伝えたら「なんかそういうのいいよな」と嬉しそうだった。



☆☆☆☆☆☆☆☆




 時は流れ、社会人になってから出張先で昔ながらの旅館に宿泊する機会があった。そういう場所にはあるかもと思っていた「レトロ」な筐体が地下にしっかりあって密かに小躍りした。じっくり温泉に浸かってから、ひっそりと楽しむ懐かしのゲーム達。薄暗い照明の妙に静かな空間ではあったが、変わりゆく時代とか、青春の思い出達が蘇ってきてじーんとする瞬間もあった。




そして何という偶然だろう、例のシューティングゲームも設置されていたのである。



「ちゃんと動くだろうか」「今も腕は鈍っていないだろうか」などという杞憂をよそに何もかも順調にゲームは進行していった。ノーミスのまま最終ステージの一つ前のステージにやってきたとき、言い知れぬ『違和感』を覚えた。はっと思い、ちらりと後ろを振り向くとそこに見知らぬ女性が立っていた。



「え?」



「あ、ごめんなさい。わたしレトロなゲームが好きで思わずプレイしてるところ見ちゃってました」



「あ、はい了解です」



 思いのほか熱中しているゲームが佳境なので返事は最小限でプレイに集中する。やはり『あの時』のようにボタンを操作する指に汗が滲んでくるのを感じる。久々なのでやはり一度ミスしてしまう。



「ああ…」



声は漏れたがその時もまだ背後に存在を感じている。とにかくクリアしなきゃという使命感のようなものが生まれ、いわゆる『ゾーン』のような集中力が発揮された。最終ボスまで一気に撃破し、無事エンディング画面を表示させることができた。



パチパチパチ



静かな場所なので後ろから聞こえてくる拍手が通路の奥の方に響く。



「ありがとうございます!」



「すごかったです!いいものを見させてもらいました!」



 やはり温泉上がりなのか浴衣姿の女性。夜なのに目がキラキラして見えたのは、本当にレトロゲームが好きだからなのだろう。



「懐かしいですよね。このゲーム得意だったんです」



お互いに筐体用の椅子に座り思い出話に花を咲かせる。彼女はメガネを掛けていていかにも「できる女性」という感じではあるけれど、その奥の肌は白く、若干…艶かしい。友達に話しかけるような感じであまり意識はしないようにしていたけれど、思いの外会話が心地よい。



「◯◯さんのチャンネル知ってますか?おすすめです」



チェックしていなかった動画配信者の名前を教えてもらったり、近場でレトロゲームの筐体がある場所の情報を交換できた。話ついでに、ゲーセンでのシューティングゲームにまつわる例のエピソードを教えたらいたく感動してくれて、



「え、そのお話『NOT◯』(記事のサービス)とかに書いてもいいですか?」



と謎のお願いまでされた。



「もしかしたら、その人、その記事で思い出すかも知れないのか…」



「そしたらアツいですよね」



 別に減るものでもないので了承して「そしたらお願いします」と告げてその場を後にしようとしたときだった。彼女が神妙な面持ちで、



「あとで『連絡先交換しておけばよかった』ってならないですか?」



と言いながらこちらを見つめてきた。神妙ではあったけれど、声はなんとなく優しい。



え…これは一体何なのだろうか?



今思うとそれはちょっと変化球気味の伏線回収だったのかも知れない。エピソードを聞いてくれた彼女はその時、何となく自分のことが気になってしまったらしい。後から聞いた。



「あ、じゃあ記事に書いてもらう事ですし交換しときましょうか」



そう素直に言えたとき、あのシューティングゲームをやり込んでいた日々が宝物なんだなと改めて思えた。

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― 新着の感想 ―
日常ほのぼのからの偶然の素敵な出会い。いいですよねえ。 物語の最後、シューティングゲームをやりこんでいた日々が宝物、という一言が良かったです。 ゲームをやりこむなんてという冷ややかな目もあるかもしれ…
先輩の言葉がなんだかほっこり心を温めてくれるようで、読みながら自然と笑顔になりました。 レトロゲームから生まれる予期せぬ出逢いとエピソード、実際にこんなことがあったら素敵ですね(*´ω`*) この女性…
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