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B-23

ALL MY LOVING  

作者: あQ

中学二年生の二回目の英語の授業の時の事だ。新しい学年になって初めて教わる英語担当の女の先生は

 「ビートルズの歌を歌いましょう」

 と言って、手書きの英語の歌詞とその訳のプリントを生徒達に配った。周りの生徒はその出来事にさも当然のように反応していたが、自分が前の学年の時に授業を受けていた先生はこんな事をしてはいなかったので少し狼狽した。以前の先生は、自分のいたクラスだけを担当していた。乱暴で冗談もつまらない嫌われ者の年寄りで、こんな粋な事はせず、英語嫌いだった僕は授業が数分間潰れるこの習慣に喜びを覚え、新しい先生を歓迎し、前の先生を改めて恨んだ。

 「曲を覚える為に続けて二回流しますね」

 その女の先生はラジカセを教卓の上に置き、CDを中にいれた。

 たいして音楽に興味がなかった僕は「ビートルズ」という名前は知っていたが、意識して彼らの曲を聴いた事がなかった。古臭い歌なんだろうな、と思った。

 クラスが静かになって、ラジカセから大きな音が飛び出した。


 CLOSE YOUR ESE AND I KISS YOU


 その瞬間僕は全身が熱くなるのを感じ、思わず顔を上げた。まるで、大きな地震が起きて、それを誰かと揺れの強さを確認したいような衝動に襲われたのだ。

 (何なんだこの曲は! )

 僕の今まで生きてきた概念を打ち壊した瞬間だった。高く透き通った声で歌うボーカルの声が突如として表れ、それを呑み消すようにギターが鳴り響く。

 (おお、これがビートルズか!こんな曲は聴いた事がない!)

 必死で苦手なローマ字を追っていると、二分もないこの曲は僕の脳裏を引き裂いた余韻を残して消えてしまった。

 「もう一回流しまーす」

 (早く流せ早く!)

  

CLOSE YOUR ESE AND I KISS YOU

 今度は割と字を確認する事ができ(むろん意味は分からなかったが)、曲の構成も分かってきた。ボーカル、ギターだけでなく、存在感のある上下するベース音やテンポ良く控え目でありながらノリの良いドラム、曲を象徴的に奏でるようなイントロのギターソロ、そして深みのある優しいコーラス、とどれもが素晴らしかった。(今こうやって批評家のように書いているがこの時はこんなに理論的に考えていなかっただろう。ただ感覚的にその凄さを感じていたのだ)

 曲が終わると、一旦ラジカセは停止され、今度は先生が一行ずつ発音し、生徒達がそれに続いて発音する、といった英語の授業らしい内容になった。僕はこの時ほど懸命になって英語を発音した事はなかった。最後に曲の一部をクラス全員で歌い、教科書に入った。

他の生徒達の顔色は曲の間も始終同じで僕ほど感動している様子の人はいなかった。この先生の授業で教わってきたからビートルズに慣れてしまったのか、それともこの素晴らしさに気づかない哀れな能無しなのか。恐らく両方だろう。それにしてもこの時に聴いたのが「LOVE ME DO」じゃなくて良かった。何事も第一印象は大事だ。

 この件以来、僕は洋楽、特にビートルズが好きになった。授業ではその後「I WANT HOLD YOUR HAND」や「YESTERDAY」などを歌い、その度に単語を発音するのが楽しみだった。そしていつしか英語も好きな教科に変わっていった。

 授業でだけじゃ物足りないとCDショップにビートルズのCDを買いに行った。いろいろな種類のアルバムがあり、その中でベスト集である赤版か青版に迷った末、「HELLO GOODBYE」と「ALL NEED IS LOVE」とその他たくさんの曲が入っているという理由でビートルズの青版を買った。しかし、後期の作品集とは知らず、親しみずらい曲に少しがっかりして、その直ぐ後、赤版も買った。ビートルズ初心者は初期中期の方が音が大衆向けに媚びているし、各々の個性があまり目立っていないから赤版が初歩の初歩と言っていいだろう。

 テスト前で部活動が休みの日はラジカセをBGMにして勉強した。夕方になるとNHKラジオのオールディーズ番組をつけ、大人になった気分で音楽に酔った。その番組からビーチボーイズやビリー・ジョエルの名前を覚え、彼らのCDも買った。

 他に中学校で覚えている音楽の事と言えば、ギターを音楽の授業で習い、その時の親しかった女の担当の先生が、

 「悟似合うじゃん」

 と、ギターを抱えた僕にお世辞を言ってくれた事ぐらいだ。しかしこの時、まさか今後ギターを自ら弾くようになるとは思ってもみない事だった。当時僕は、音楽は特別な人だけが弾く物であって、殆どの人は聞く物だ、という概念しかなかった。

 

 中学卒業後、僕は県内のそこそこの進学高校に上がった。学校までの距離が家から15キロ程あり、自転車をこいで、行きは下り坂で50分、帰りは心臓破りの坂を2時間近くかけて上った。しかし、いつもMDプレーヤーをポケットに忍ばせ、イヤホンで音楽を楽しみながらだった為、いくらか気分も紛れた。稀にMDの電池が切れたりすると、夏の吐きそうになる暑さや、冬の体を切り裂く凍てつく北風が余計にきつく感じられたものだ。

 高校には入ったが、訳の分からぬ授業(授業中は授業は聞かず、小説を読んだりMDを聞いたりして過ごした)や女の子に相手にされないという虚しい現状に嫌気が差し、学校を遅刻したりサボったりした。しかしサボるといっても家にいたら祖母にばれ、親に怒られる。かといって、行きたい所といえば特にないし、どこに行っても金がかかる。そのため結局は学校へ行くのだった。

 冬になり、中学校の時の部活の同窓会があった。その中で一人の男が尾崎豊の「卒業」を歌った。最初は、どんなもんだろ、と見聞を広めるために聞いていたが正直感動した。「ALL MY LOVING」以来の音楽での感動だった。詩に強く共感し、見事に学園生活の鬱憤を代弁し、晴らしてくれた曲だった。

 この時以来、僕は音楽を聞く物でなく、表現手段として意識し、自ら音楽を作る事を始めたのだった。丁度、姉がロックバンドを友達と組んでいて、ギターをしていた事もあり、僕はギターの弾き方やコードを習う事ができた。また、音楽の授業で、自分で楽器を演奏したり、歌を歌ったりする発表会、というのが課題になっており、その為にも、ギターは有効だったし、奮発できた。冬休み、家にあった父譲りのクラシックギターで必死に練習をした。 そして、音楽発表会の当日、僕はギターを抱えながら「LET IT BE」を無事弾き歌った。

 


 

 

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