第九十八話 旧交と謎は深まって
「まずは、貴国の救援に感謝を」
席に着くなり開口一番、リアナはそういって頭を垂れた。
それに倣って、レティシアも同じく頭を下げる。
「ああ、気にすんなって」
そんな彼女らへ真っ先に声をかけたのは、カリストでもなくエウロパでもなく、ヘルムートだった。
顔を上げた彼女に胡乱な視線を向けられるが、当の本人はどこ吹く風。
おろおろと二人を見比べるレティシアに、エウロパが思わず吐息の様な笑声を零す。
集中する視線に彼女はわざとらしく咳払いをし、
「失礼しました」
「気にすんなって、あんたが今回の一番の功労者だろ、エウロパ嬢」
「そう思っていただけるのであれば……」
「はいはい、黙りますよっと」
にこやかな表情で言うエウロパに、ヘルムートは首を竦めて口を閉ざした。
彼が意図したのか定かではないが、雰囲気が解れたのは間違いない。
「御無事で何よりです。部下の方は……残念でしたが」
カリストの言葉に、リアナの表情が僅かに強張る。
まるで奥歯を噛み締めたようだった。
「そのことですが……レティシアにも確認しましたが、我が部下が消えるさまを見られたとか」
「はい、この目で」
彼女はそう答え、エウロパはその隣で深く頷く。
「……私も、確認しています。そもそも私含め8名からなる部隊でしたから。巨大な鹿獣に3名取られ……入れ替わるように出現した、人語を解する黒い杖を持った呪痕兵と獣型の呪痕兵に追われ……見苦しい姿をさらすことになりましたが」
自嘲気味に言う彼女へかける慰めの言葉を、彼女らは持ちえなかった。
「そのさ中、見たのです。倒れ伏した隊員の体が、地面に飲み込まれるのを。どういうことなのか、定かではありませんが。果敢に戦った者たちを、故郷へ返す事すらできないとは……!」
卓の上に置かれたリアナの拳が、強く握られる。
レティシアが、そんな彼女の二の腕に触れた。
リアナははっと彼女を見返し、大きく息を吐く。
「このような場を設けていただけたということは、状況は一旦終息したということなのでしょうが……顛末を伺っても?」
「はい、勿論。マコトさん、いいですか?」
「え、僕?」
突然話を振られ、彼は自分を指指した。
「はい。カリスト姉様は途中で現場を離れましたし、私やジェインさん達では、最後の場面が上手く話せそうにありません。イオやマリエンネさんに話をさせるのはちょっと……」
確かに、その通りだった、マリエンネは絶賛爆睡中だが。
ギニースもいるにはいるが、多弁でない彼女に任せるのは些か酷と言える。
「……あたしって話のレベルがマリーちゃんと同列ってこと?」
「まあ報告には向かないかな、と」
言われて黙る辺り、それなりの自覚はありそうだった。
「……分かった」
納得せざるを得なかったマコトは、途中離脱となったカリスト達との情報共有を兼ねて、事の経緯をかいつまんで説明した。
決着の段の説明については、エウロパの事はぼかして話すこととなったが。
「つまり……再生できる呪痕兵をライム殿とヘルムート殿の術で阻害し、不利を悟った相手方が退いたと」
「ええ、そういうことかと思います。敵がリアナさん達の存在を仄めかしたのは、戦力の分断を狙っての事だったようですが……結果的にはいい方に落着しましたね」
「……」
彼の説明を受け、リアナは口元に手を当て、考え込む。
「あの、こういうのも何なのですが……送っていただいた映像情報、大変参考になりました。ありがとうございます」
「……いや、何ら引け目を感じることはありません。お役に立ったのならば……部下たちも冥利に尽きるでしょう」
礼をするマコトに、彼女はゆるゆると首を振った。
「それで、お二方はこの後どう……?」
カリストの問い掛けに、レティシアは俯く。
元々彼女はシャコルナクで待機を命じられていた身だ。
戻るしかない。個人的な目的も達したのだから。
そして目的を達する事はできず、手段たる部下を失ったリアナは。
「……シャコルナクに帰還します。不甲斐なきことではありますが」
その返答に、カリストは頷いた。
「それに、確信したことがあります」
「……と言いますと?」
「今、必要なのは斥候ではなく……武力なのだと」
その判断を誤った代償に、彼女は手足を喪失した。
情報は無論大事だが、得たそれを持ち帰る力こそが大前提である。
各国の上層部は、それを見誤った、木王国のそれを含めて。
「我々は行軍を続けます。今晩は、このまま休まれて下さい」
「感謝致します……レティシア」
一礼し立ち上がる彼女に促され、レティシアは慌てて席を立ち、頭を下げた。
微苦笑を浮かべ、カリストとエウロパが礼を返す。
その2人をイオが先導し、その姿は扉外に消えた。
***
「……一ついいかな。疑問というか、確認したいことがあるんだけど」
リアナ達が退室してからしばらくして、マコトが軽く手を挙げる。
「どうされました、マコトさん」
「当たり前のように受け入れられていたんだけど……『金』の話。あれは……どうなんだ? 本当に本人か?」
右手のひらを閉じ、開きながら彼は言った。
そう、自分はあれに、とどめを刺した。そのはずだった。
その結果の、あれだ。
「本人です」
エウロパが、そう即答した。
「なんでわかるの?」
「マナの色……波長ですね。それが同一でした。おそらく、マリエンネさんに聞いても、同じ回答が得られるかと思いますが」
絶賛お休み中の少女の名前を出して、彼女はしたり顔をする。
指紋、声紋のように、マナの色彩もそれを生み出す対象によって千差万別だ。
何れにせよ専用の器具があれば誰にでも判別できることではあるが、特異な目を、あるいは感性を持ちえた彼女たちであれば、その過程を飛ばしてそれが認識できる。
「そう……」
「確かに死者が蘇るのだとすれば、今後は捕虜とするのが妥当か」
何やら考え込む仕草をする彼、その内心を類推してかカリストがそう言う。
だがその言葉に、マコトは首を振った。
「エウロパ、その、亡くなられた男性隊員が地面に沈んだって話だけど」
「はい」
「……モモイさんに連絡が取れないかな」
「あっ……成程。わかりました、直ぐに」
いうや否や、彼女は背後に設えてある通信機へととりつく。
「どういうことだ?」
「以前、マリーが言っていましたよね。火王国は滅んだが、誰も死んではいないと」
その言葉にぴくりとジェインが反応し、ライムは彼を気遣わし気に見やった。
「ああ、そうだな」
「沈む遺体。そして蘇る死者」
「……まさか」
呻く彼女に、マコトが頷く。
「……繋がりました」
『お久しぶり、というほどではないですの、皆さん』
エウロパの言葉と共に、モモイ・ソノの胸像が浮かび上がった。
「モモイ殿っ! お元気そうで何よりですっ!」
「その節は、お世話になりました」
『貴方も、ジェイン殿。ライム殿も、息災そうで何よりです』
嬉しそうに微笑み答える彼女。
ひとしきりの旧交を温め、そしてその視線がマコトへと向けられた。
『確認されたいことがあるとか?』
「ええ、その通りです。答えにくい事を、お尋ねするのですが」
『伺いましょう』
「……ご遺体は、確認できましたか?」
その言葉に、モモイの表情が強張る。
だがそれは一瞬のことだった。
凪いだそれで、
『そちらでも何か、ありましたか』
「はい、実は……」
今日の戦果を掻い摘んで話し、そして遺体の消失を彼女に語った。
そういうことですか、と彼女は呟いた。
『お察しの通り、私が率いていた機械兵団団員の遺体は、見つかっていません。音信不通となった斥候部隊のそれも、同様です。後者は私が、確認しています』
先頭の痕跡、横転した二輪駆動機はそのままに、遺体はおろか血の一滴すら見つかっていないという。
『その上で、ですか』
死者の復活。
正確には、破壊された肉体より零れ落ちた精神と魂の鹵獲と、再充填。
『……彼らは死んでいない?』
「僕はそう考えています。ただ」
「意図が読めないと」
「そう」
エウロパの捕捉に、マコトは素直に頷いた。
死体を、いや破壊された肉体を、そして恐らくは精神と魂を、彼らは回収している。
何の為に?
その実例は、既に見ていた。
ならばそう考えるのが理に叶ってはいるが、なぜそうするかがわからない。
『マリエンネ殿は?』
「寝ています。起きたら確認はしてみますが……」
言って彼は肩を竦める。
わかんない、という言葉が聞こえてくるようだ。
『彼らの去就が確認したかった、ということですね?』
「その通りです。不躾な話、申し訳ありませんでした」
『いえ、こちらも疑念の一つが氷解しました。ありがとう、ございます』
礼を言うモモイに何と答えたものか、マコトは頬を描いた。
『お話は以上でしょうか?』
「……はい、ありがとうございました」
『いえ、ではまた、近いうちに』
そう言って微笑んで、彼女の胸像は虚空に消えた。




