第九十二話 聖なる光が虚空を染めて
「そこでその名が出るとはね。と言っても、それが何なのか、いまいちよく分かってないんだけど」
視線の先、マコトはそう言って画面のドートートを見返した。
その視線を、彼はマリエンネの乗る緋緋色甲冑へと送る。
『マリエンネ、君には話をしたはずだが』
『あたしむずかしいことわかんない』
『勉強をしろ』
唐突に知性を低下させる彼女を、ドートートは冷静に切って捨てた。
映像窓に映る彼は溜め息をつき、
『まあいい。大して長い説明でもないしな。無垢なる光脈の牽引者とは、未だ何者でもない光脈を、万物の骨子を引き寄せる存在だ。我が『央』が、無為なるマナの誘引者が無為なるマナを、その身に惹き付けるのと同様にな』
『そんな簡単に説明されると、あたしの馬鹿さ加減がより際立つんだけど!』
『だから勉強をしろ』
にべもない彼の返答に、マリエンネはきーっ、とよく分からない声を上げる。
「それが僕だと?」
『その通りだ。君の武技は、側脈ではなく光脈によって構成されている。ヴォルフラムの混沌領域の影響を受けていないのは、その為だ』
「当方の領域は、側脈の構築を禁止するものですからねぇ。と言うことは、この地形変動は一時的なものでなく、恒久的なもの?」
『理屈の上では、そうなる』
一帯の岩盤を見つつ疑問符を浮かべるかれに、ドートートは頷いた。
『嘘でしょ、あたしん時もこれ使われたけど、その時は瞬きする間に元の景色に戻ったよ』
『ああ、その報告は受けている。類推するに、恐らく何者でもない無垢なる光脈に、仮初めの目的を与え、彼の望む『現象』を創出しているのだろう。光脈を使った現実ながら、それが一時的なのは、その光脈の本来在るべき目的ではないからだ。その光脈が在るべき目的に辿り着くまでの道連れ、それが無垢なる光脈の牽引者だ』
「よくわからないな、ドートートさん。貴方の物言いだと、僕が、無垢なる光脈の牽引者がこの世界を滅ぼす一因みたいだけど」
『ああ』
「……僕がそれを願っているっていうなら、邪推が過ぎる」
マコトの言葉に、ライムが深く頷く。
『あたしも同感かな。やることはやるけどマコっちゃん、善性な人だと思うよ』
『そうでなければ君が、あの方の前に彼を連れていきたい等とは、言わないだろうからな』
マリエンネの言葉に、ドートートは是と言う。
「……つまり僕の人間性の問題ではなく、無垢なる光脈の牽引者であること自体に問題があるということ?」
『肯定だ、残念な事にな』
ドートートの言葉に、ヴォルフラムとパメラが顔を見合わせる。
『君は数多の異世界を行き来する、職業英雄を謳っているそうだが』
彼の言葉に否定はせず、先を促すよう、視線を向けた。
『それは君自身の意思で完結している訳ではないな?』
「そりゃね。呼ばれなければ向かう術はないし、そもそも危機を知りようがない」
何を当たり前の事を、とマコトは非難を込めて目を細める。
「だがその災厄が、仕組まれたものだとしたら?」
「……陰謀論者? まあマリーに聞いた限りじゃ、イカれた学者らしいけど」
『……』
ドートートの視線が緋緋色甲冑に突き刺さる。
穴をも穿ちそうなそれを、マリエンネは必死に無視した。
「私も同感ですわ、ドートート」
『……君も俺がいかれていると?』
「寝食を削るのを控えたほうがとは思いますが……そうではなく、陰謀論の方ですわ。異世界からの助力を乞わなければ、と考えてしまうような騒動を狙って引き起こす、何かがいるということですの?」
馬鹿げていますわ、と言わんばかりの呆れた様子で、パメラは学者を見る。
『ああ、俺もそう思っていた。……これを見るまではな』
首を傾げる彼女の前に、別の情報窓が浮かび上がった。
赤い球体を中心に、太線と細線で幾つもの様々な球体が結びついた図。
「……何ですかねぇ、これは」
『この世界、アルジアスを中心とした場合の、他世界との関係図……樹界図だな』
「……こんなもの、どうやって作ったんだ。どうやって観測した?」
マコトの言葉にドートートは反応するが、
『レラリンの功績だ』
何事も無かったように言う。
「またその名前か……『星』、技術提供者」
『……彼女が観測した結果、近年、世界樹の一部の道管師管、維管束……経絡が活性化していることが分かった』
その呟きは無視して、映像窓に映る彼は、樹界図をなぞっていった。
『マイア・サータ、ファンタリシア、カ・シン。ドレスェイン、コドラク、涅槃。パルテキア、ジョードゥ、ブラックサンク』
ドートートが名を上げる度、マコトの表情は強張っていく。
そして赤い球体、アルジアスへと彼の指が到達した。
繋がる経絡は、何れも太線で結ばれている。
『聞き覚えがあるのではないか? 職業英雄』
「……太線で描かれたのが、活性化した経絡ということ?」
『その通りだ。無垢なる光脈が目的を為し、それにより経絡路が補われ、より多くの無為なるマナが循環した結果だろう』
「他の世界とこの世界の結び付きが強くなった、という理解でいいのかな?」
映像窓のドートートが、首肯する。
だがそれが、何を意味するというのだろうか。
彼が再び口を開いた、その瞬間。
画像が乱れ、音声に雑音が混じった。
「っ!」
「ぐっ」
『あっづ!』
そしてパメラが、ヴォルフラムが、マリエンネが、三者三様に唸る。
金髪の錬金術師は指を曲げ爪を見やり、巨大な鹿獣は己が足元を凝視した。
緋緋色甲冑は、触ることの出来ない目を押さえ、身を捩る。
「マナの供給に、乱れが。混沌領域の維持が……! 何事ですかねぇ!」
「新たなマナの奔流が……!」
呻く様にパメラは言い、その視線はそれを追うかのようにライムの背後、岩盤に空いた風穴に向けられた。
そしてそれは、上へと昇る。
岩山の頂上、そこから光が吹き上がった。
虹の光をまぶした銀光。
そして昇る光の只中に、何かが在った。
人の形をした何か。
目元を押さえたまま、マリエンネは望遠機能でそれを拡大する。
『え?』
聖痕の色に輝く人影。
それは。
『エウロパちゃん?!』




