第九話 特務騎士として
ある未来の自身が構えるのは、特務騎士に下賜される魔道具、『力の弓』だ。
使用者のマナを矢と変えて、弦の張力に比例した速度で、それを放つ。
今しがた放たれたそれは、歩兵型の呪痕兵の膝部を射抜き、よろめかせた。
そこに別の未来の自分が切り込んでいく。手にした双剣は、同じく特務騎士に下賜される、形状は様々だが何れも刀剣である『波動の剣』だ。
使い手がマナを入力することで刀身が高速で振動し、あらゆる装甲を紙の様に切り裂く魔道具の刃。
体勢を崩したその呪痕兵は、それでも盾で防ごうとするも間に合わず、刃はそのまま胸部を貫いた。
ある過去の自身は、イオ・カリエインが爆弾でこじ開けた戦陣の穴に切り込んでいく。
ある未来の自身は、カリスト・カリエインの操る針金細工に並走している。
ある過去の自身は、ブラックウィドウの屋上に陣取り、戦況を俯瞰している。
ある未来の自身は————
ジェイン・ジェア・ジェイルはあらゆる過去を覚えている。
ジェイン・ジェア・ジェイルはそれ故未来に思いを馳せる。
忘るること無き過去の記憶。
完全記憶。
それを礎とし未来を演算し。
あり得た過去を推論し。
それを現在に結実させる。
口遊まれ紡がれた、歌声の様に。
己が未来を予見する時、己の道と交錯する人達の、いわば変数達の未来すらも垣間見る。
その幸運も。そして不運も。
正義感からそれを、告げたことがあった。
車に気を付けて、と。
訝しみ、鼻で笑われても致し方ない戯言だ。
それを証明する手立ては、彼の内にしかないのだから。
しがない男爵家の三男は、分を弁えるべきだったのだ。
ある伯爵家嫡男への、根拠なき不幸の予言。
それが的中したのであれば、疑うべきは預言者である。
かくして彼は、陰謀の首謀者としてやり玉にあげられ、それぞれの派閥を巻き込む一政争となった。
彼の家は、最早切り分けられる肉であり、いかに多くの取り分を得るのか、喧々諤々の燃え盛る談合の渦中。
ある人物の登場に、それは一瞬で鎮火する。
王。
何故と上がる声を無視して、マルアレス王は彼の前に立った。
そして言う。
余の行く末を、予言してはくれぬかと。
その言葉に。
彼は首を振った。
再び沸き立つ腐臭の源たち。
これが証左であると。事前工作あっての、予言だったのだと。そうでなければ、王の言葉に応えることが、出来るはずだと。
……王の一瞥に、再び沈黙の帳が落ちる。
立場が違いますれば、と彼は言う。
他人の未来が見えるのは、それは自分の未来を演算した際のついでに過ぎない。
身分が違う。
彼の未来に、王の行く道が交わることなど、ありはしないのだから。
ないものは、見えないのだから。
なるほどと、王は頷く。
彼の両肩に手を置いて。
今ならばどうだと、王は言う。
交わるはずもない我らが今、互いに目の前にいるのだと。
我のこれより為すことを、申してみよと。
数瞬の後、彼は驚愕を以って言う。
小生を、特務騎士に任命されます、と。
莫迦な。
外野が喚き、外様が詰る。
そのようなことがあるはずがない! と。
耳朶打つそれを、そよ風の様に無視して、王は呵々と笑った。
彼を見据え、そして言う。
其方には大いなる力があり、それに伴う責務がある、なれどそれに見合う地位がない。
故に任ずる、王命直下の特務騎士に、と。
自ら視た、演算したはずの未来でありながら、現実味を伴わぬ有様に、彼は茫然と王を見上げる。
そんな彼の肩を、王は叩く。
笑え。歌え。謳歌せよ。
其方はこれより、我が目となり耳となり、そして口となる、最早我の顔なのだと。
民草に、我が笑みを見せよと、我が声を聞かせよと、その様を示せと。
王は言う。
だから。
彼は笑った。
……彼は笑う。
彼の王の為に。
彼は歌う。
祖国を取り戻す、その日まで。




