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第八十八話 汲々と窮地を踏んで

 手にした石剣が、突き立つ金の針を切り裂くと同時に半ばから折れる。

 好機と見たパメラが、金の針の造出速度を加速した。

 それを止めるように、次々と立ち上がる石の柱。

 その1本にマコトは手をかける。

 素手にて鍛冶事を為す技法『鍛冶(ブラックブラ)手管(ックスミス)』でそれを、一振の刀へと造形した。

 既に作成済みの石の鞘にそれを収め、鞘と柄に手を当てる。

 幾度か目の当たりにした異界の者の構えに、パメラは後退しつつ、左右から交錯するように金針を創出した。

 彼は構わず踏み込み、鞘走る。

 引き抜かれた石の刃が、金色の美麗な凶器を半ばから切り裂いた。

 ひゅう、と彼女は出来の悪い口笛を吹く。


「へたくそ」

「うるさいですわね」

「……随分戦い方が変わったね?」

「初心を思い出したと言いましたでしょう? それにヴォルフの混沌領域に干渉するのも、上手くはありませんわ」


 結界、領域は、自分と相手のそれを奪い合う事になる。

 味方同士だとて、気を遣わざるを得ないと言うことだ。

 そしてそもそも、彼女自身が混沌領域を使用する必要性が、およそないと言えそうだった。

 なぜなら、上半身だけで宙を舞う聖痕兵、時計頭の『均衡(バランス)』がヴォルフラムとパメラ、いずれの戦線にいつでも介入できるよう上空に留まっているからだ。

 ヴォルフラムからの指令なのか、大分彼女側に寄っているようにすら思える。

 随分と過保護なことだが、今の彼の心境を鑑みるとむべなるかなといったところだ。


 柄に手を当てたまま、マコトは黙考する。

 彼女を今自分が、打倒すべきか。

 地形変動による状況制御を行える『岩山(がんざん)石林(せきりん)礫川(れきせん)枯庭(かれにわ)』の対応力は、高い。

 だが単純な破壊力には欠ける。

 そもそも位置、状況の有利を作るのが真骨頂であるそれは、攻撃力、防御力ともにパメラの金棘に劣るのだ。

 石柱を武器へと造形することで、何とか補ってはいるのだが。


 また、武具以外の技法においては、そもそも攻撃に利用できるものが極端に少ない。

僭壁(ディメンジョン)引鈎(・ピッカー)』は殆ど唯一の例外と言ってよかった。


 もともと集合地点とするために起動した『枯庭』である。

 別の武具に変えても、問題はないのだが……


 響く、少女の悲鳴。

 ライムからのそれに、マコトはとっさに振り返った。

 血塗れになったジェイン。

 それを咥えて走るライム。

 彼は咄嗟に、集う彼らを地へと匿う。


「あら? あちらで何か、あったようですわね。そちらは三名退場、そしてこちらも呪痕兵2個小隊が全滅……『均衡』?」

「はい。戦力修復致します。ゲブラー小隊……修復完了。ホド小隊……修復完了」


 『均衡』の宣言通り、倒れ伏した、半ばより折れた、あるいは砕け散った呪痕兵が形を崩し、寄り集まり、そして分割されていく、元の姿に。

 舌打ち一つし、


「マリー!」


 マコトの呼びかけに、ブラックウィドウによって何やらやり取りをしていたらしい緋緋色甲冑(ひひいろかっちゅう)が、何事かと振り返った。

 念話の利便性を、正に痛感する。


『うげ、ジェインちゃんたちやられたの?!』

「縁起でもないこと言うな! ……それに近い状態かもしれないけど」

『何て?』

「何でもない! 呪痕兵は任せる!」

『もー! もうちょっとで……!』


 何やらぶつくさ言いつつも、マリエンネの駆る緋緋色甲冑が、呪痕兵の群れへと飛び込んだ。


 改めて、パメラへと向き直る。

 現状『岩山石林礫川の枯庭』を解除するという選択肢は、無くなった。

 腰を落とし、マコトは彼女を眇め見る。

 徒手空拳のパメラは泰然と、臨戦態勢をとる彼へと向き直った。


***


 実験をしてみよう。


 ヴォルフラムの混沌領域の只中で、マリエンネはそう閃いた。

 だっておかしいではないか、理不尽ではないか、筋が通らないではないか。

 なぜこの辺り一帯が、あの目の細いおにーさんだけの世界になったのか。

 ドートートの領域内では、きちんと奪い合いになったというのに、ヴォルフラムのそれの中では奪い合いの土俵にすら立てていない。

 側脈(バイパス)自体を織ることが、出来ないのだから。

 だか、そんなことが有り得るのだろうか。

 側脈構築を禁止するために側脈を織り、更にはそこに、パメラという例外すら存在させている。

 何かしらの穴が、有りそうなものだが。

 ただ、理不尽を叶えるのが、混沌領域の本領ではある。

 ならば今、何を為せるのか。


 実験を、してみよう。


 マリエンネは、自らの骨子である光脈(レイライン)にマナを入力し、右腕の筋力増強を試みる。

 問題なく、機能するようだ。

 次は彼女が好んで使う『火刃炎製(Flaming)』、火炎の剣を造り出す外効系魔法を出力すべく、側脈を織ろうとする。

 ……側脈は構築されず、使用したマナは何者にもならず霧散した。

 やはり、外部への魔法の行使は叶わないようだ。

 続いて、余りやりたくはなかったが、次の実験に移行する。

 マリエンネの体内に、火を灯すのだ。

 「浄火」という魔法がある。

 毒に侵された、或いは病に、腫瘍に苛まれた箇所を焼き取り除き、以降の回復を促進する治療用の魔法だ。

 パメラの毒を吸った時にも使用した魔法であり、外効系魔法に……側脈構築が必要な魔法に該当する。

 人体に発火機能がないのだから、当然ではある。

 現在の彼女に、それを必要とする病症はないのだが。

 意を決し、マリエンネは「浄火」を行使する。


「熱っ」


 右手の指先、その内側を焼いた熱を、確かに感じた。

 念のため、5本全ての指で試すが、例外なく熱と痛みを感じ、彼女は涙目となる。

 だが、収穫はあった。

 自身の内に、ヴォルフラムの混沌領域は影響を及ぼせない。

 一帯に側脈を巡らせ、世界を己の体内と見なす事によって発現する混沌領域、その来歴から、他人の身体(せかい)に干渉できないのは、理に叶っている。理不尽ではない。

 いや、理不尽か。

 自身で織った側脈を周囲に張り巡らせることで、その一帯を己の内と看做し、理不尽ともいえる内効系魔法(インナーマジック)を事実上の外部に行使するのが、混沌領域の効能である。

 ならば。

 ならば……


「エウロパちゃん!」

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