第八十五話 かつての理想と地に降りて
「流石に無粋か」
石造りの曲刀を同じく石造りの鞘に収め、マコトは姿を現す。
「……闇討ちする気だったか?」
突如隣に出現した彼にやや驚きつつ、カリストは問い掛けた。
「倒せる時に倒せ、が信条なもので」
「それはお天道様の元にさらせるものなのか?」
「勝利無き英雄に意味はないので……その辺との兼ね合い次第ですかね」
「で、今回は浪漫を優先させたと」
「カリストさんの口から浪漫……」
「吹き飛ばすぞ」
「ごめんなさい」
「見解の一致、何よりです」
二人の会話に『均衡』が口を挟み、恭しく礼をする。
その聖痕兵の仕草を、マコトは一瞥した。
不意討ちを断念したのは、彼らという護衛が厚かったというのも一因だ。
ややあって彼らの……ヴォルフラムと『パメラ』の抱擁は解かれ、しかしその手は結ばれたまま、こちらを見やる。
「お久し振りですわね、英雄一行。銃剣で、胸を刺されて以来かしら……ちょっとヴォルフ、手、痛いですわ」
「ああ、すみませんねぇ」
言って、握り締めた手を緩める。
だか互いに離すつもりは無いようだった。
「……その発言通りなら、君はこの場にいないはずなんだけどね」
『あんた、本当にパメラ? 髪の色が違うし、背丈も縮んでるような……』
マコトの発言に次いで、緋緋色甲冑からマリエンネが続く。
「ただ肉体という器が壊され、二匹の魚が遊麿び出ただけですわ」
「……錬金術師か?」
「あら! 少しは道理を知った方が、いらっしゃいますのね」
彼女を眇め見て言うヘルムートに、『パメラ』は嬉しげに返した。
「ヘルムートさん?」
「生物、ひいては万物は、三つの要素から成り立っている……即ち肉体、精神、魂。肉体という器から解き放たれた精神と魂を、二匹の魚や二羽の鳥と表現するのは、錬金術師あるあるだな。なあ、『金』のパメラ殿?」
マコトの言葉に、彼はらしくもなく、真面目ったらしくそう答え、彼女へと視線を送った。
『パメラ』は頷く。
「ええ、その通りですわ。私の精神と魂は聖痕を通じてあの方の元へと還り、然るべき器へと納められたというわけですわね」
「然るべき器とは?」
「何者でも在らざる源、始原の白泥ですわ。肉体は魂の器、そして精神は魂の鏡。魂は精神によって己を観察し、そしてその結果を肉体に発現するのですわ」
「……我思う故に、我あり、か」
「言い得て妙ですわね、流石は異界の英雄」
マコトの呟きに、彼女は感心したように頷いた。
『それにしたって、その変わりようは何よ』
納得いかなそうに、マリエンネが指を差す。
外見もそうだが、その性格も従前のそれと同一とは言い難い変貌と言えた。
「別に? ただ微睡みの中で、初心を思い起こしただけですわ」
含みなく言い、彼女は、パメラはヴォルフラムを流し見る。
「あの頃を、思い出しましたの。思えば遠くにきたものですが、視野が狭窄していたのは否めぬところですわ」
「パメラ……」
「だからあの頃を基準に、肉体が再構築されたのかもしれませんわね。ほらほらヴォルフ、聖痕、お揃いになりましたわよ」
爪をひけらかそうてとする彼女を、ヴォルフラムは再び抱き締めた。
「わぷっ、ちょっとヴォルフ?」
「ああ、すみませんねぇ。あまりにも愛らしかったので、つい」
三機の聖痕兵が、二人への射線を切るように然り気無く位置取りを変える。
ち、とマリエンネは舌打ち一つし、
『……パメラもパメラだけど、ヴォルフラムのおにーさんの変わりようも、なんかあれだね』
「顔つきに険もなくなったし、あれが素なんだろうけど」
「まるでライム殿に再会した時の、マコトのようだな」
「……あんな豹変しましたかね……」
「ともあれ、ですわ」
聖痕兵達が動き、再び二人が顕となった。
「これは私だけの事ではありませんわよ。アルマレス火王国民、全てになされつつある事象ですわ」
「どういう意味でしょうかっ!」
聞き捨てならない発現に、ジェインの視野が鋭くなる。
「火王国全土に降り注いだのはなんでしたかしら、マリエンネさん?」
『始原の白泥、でしょ』
「そう! ドゥルスの素体となるよう調整された、始原の白泥ですわ」
「調整?」
「そうですわ。確かイデンシ? なるものを調整したとか」
「それによって自意識はそのままに、肉体はドゥルスとして『転生』するのですわ」
「……」
彼女の言葉に、マコトの視線が重くなる。
イデンシ。
遺伝子。
『エウロパ、遺伝子って分かる?』
『イデンシ? いえ、聞いたことがないです』
『他の人は? 心当たり、ある?』
『……』
彼の質問に、肯定の返答はなかった。
エウロパが知らない以上、恐らくそうだろうとは思ったのだが。
「それも、技術顧問から提供された産物ですかっ!」
何かを察したのか、ジェインが『峻厳』に問い掛ける。
「はい。マスターレラリン由来のものです」
別段勿体ぶる様子もなく、『峻厳』は頷いた。
「……何者なんだ?」
「『七曜』或いはそれに準ずる対象の来歴につきましては、回答権限がありません。悪しからず」
慇懃に言って、『慈悲』が頭を垂れる。
「さて……」
『均衡』が呟き、時計頭をヴォルフラムへと向けた。
「ああ、お前の忠節をいやと言う程に感じましたからねぇ……それに応えない訳には、いきませんよねぇ」
がりがりと頭を掻きながら、彼は言う。
聖痕兵達が時間稼ぎに付き合ったのは、聖痕保持者が二名集う事に整合性のある戦況を作り出す為だったのだろう。
戦力的にも、そしてヴォルフラムの精神的にも、満点の対応だったと言ってよい。
みだりに状況を掻き回したと言われても、おかしくはないが。
「闘争の空気とは言い難いですが、パメラの立場もありますからねぇ。ここは当方か、人肌脱ぐとしますかねぇ!」




