第八十三話 かつての理想よ、地に降りて
「何か……遣り辛いなぁ。明らかに人外だけど、なまじ意思疎通できるところが特に」
「ふむ、なるほど。それでは相互理解を深めるために、少々お喋り致しませんか?」
「いやいらないいらない! 余計遣り辛くなるじゃん!」
いい考え、とばかりに言ってくる『均衡』に、イオは慌てて頭を振る。
『いや、いいんじゃない?』
そんな彼女に、マリエンネからの念話が飛んだ。
『どういうことだ?』
『二人が来たってことは、車両組の合流も遠からずでしょ。ジェインちゃんが来れば、まず盤石だし』
なんだかんだ揶揄することも多いが、ジェインの実力については彼女も信頼を置いているのは間違いないようだ。
「『確かにな……』まあ、こちらばかり知られるというのも、不公平ではある」
「不公平! それはいけませんね」
カリストの指摘に、『均衡』は大仰に腕を振るい、額に手を当てる。
「確かにそうですな。ご質問があるのであれば受け付けますぞ」
黒い杖を後ろ手に持ち、『慈悲』が慇懃に頷いた。
「じゃあ、えーと、貴方達はどういう制作意図をもって製造されたの?」
「中々根本的なところを質問されますね、『イオ』」
「あれ、駄目だった? 『峻厳』さん」
感心した風に言う『峻厳』に、彼女はわざとらしく顎を引く。
「確かに、核心を突いていますね。そのような質問を真っ先にされるとは想定しておりませんでした」
「これでも普段は技術者手伝いが主なお仕事だからね」
馬鹿にしてる? とばかりにイオは小首を傾げ、『均衡』は滅相もないと両手を振った。
「ではお答えしますが……我々は指揮個体の不足解消の為に、試験的に作成されました」
「指揮官不足……? ではそもそもそちらには、ドゥルスそのものの人口が少ないということか」
「そうではないですが、そうとも言えます」
カリストの問いかけに、『均衡』は人を食ったような答えを返す。
思わず眉を顰める彼女に、『慈悲』は頭を振った。
「ドゥルス族に生まれたとて、全員が全員戦闘訓練を受けているわけではありませんぞ。少し体の丈夫な、普通の町民として生活しているものが大多数です。マリエンネ様のように自ら『央』の元へいらした方の大半は、そういった方々となりますな」
「じゃあマリーちゃんって指揮官の素養があるってこと?!」
『なんで驚いてんのイオちゃん!』
「いえ、マリエンネ様は合流当初より聖痕保持者であったため、塔を任されていただけかと。要は個人の戦闘能力目当てですな」
『ぶっ壊されたい?』
「失礼致しました」
腕を振り回す緋緋色甲冑に、『慈悲』いそいそと頭を下げる。
「そういうわけで研修の為、我々はヴォルフラム様の元に派兵されたのですが、正直ヴォルフラム様もあまり指揮官に向いた方ではなく……細かいところは基本丸投げされまして」
「聞こえてますからねぇ、『均衡』!」
愚痴のような『均衡』の言葉を聞きとがめ、樹上からヴォルフラムが叫んだ。
そしてそのまま、彼は三機の聖痕兵の背後へ着地する。
「そもそもお前たち、何をしてるんですかねぇ?!」
「は、時間稼ぎに付き合っております」
「おう、ばれてら」
『均衡』の返答に、イオは舌を出した。
「時間稼ぎとわかっていながら……!」
「均衡が、取れておりませぬので」
「……そちらが、こちらに対して戦力過剰と言いたいのか?」
その物言いに、カリストが疑問を呈す。
「そうではないですが、そうとも言えます」
先ほどと同じ答えに、彼女どころかヴォルフラムさえ表情を怪訝なものとした。
「どーいう意味ですかねぇ」
「ヴォルフラム様、来ました」
隆起した地面、岩山の頂上にそれが現れる。
天井を排した、濃い緑と黒で迷彩をした軍用車両。
「早い再会ですね、『ヘルムート』」
戸が開け放たれ、続々と下り立つ乗員に、『峻厳』はそう声をかけた。
「ああ、そうだな『峻厳』さんよ……どういう状況だ?」
「当方が、圧倒的に不利な状況です」
そちらを見上げ、『均衡』が答える。
「お前……どーいうつもりですかねぇ」
胡乱げに……というより不審すら滲ませ、ヴォルフラムが眇め見る。
「これでようやく……均衡がとれるというもの」
「……壊れましたかねぇ」
「全てはヴォルフラム様、貴方の心の均衡の為に」
『均衡』は右腕を胸に当て一礼し、回転する。
「さあ、『峻厳』」
その言葉に『峻厳』は頷いた。
「ヴォルフラム様」
「……何ですかねぇ」
「お手を」
言われて彼は怪訝な表情になるも、言われるがままに手を伸ばす。
それに『峻厳』の手が重なる。
その姿がぶれ、ずれる。
『峻厳』は、後ろへと下がった。
ヴォルフラムが握るその手は、小さい。
指先から二の腕へと、彼の視線が進んだ。
ヴォルフラムの細い眼が見開かれ、その体が硬直する。
病的なまでに白い肌。
目元には微かにそばかすが残り、その瞳の色は榛色で。
その髪の色は生来の金色、長く緩く波打ち。
両の側頭部には、仄かに黄金色に輝き渦を巻くような角が伸びる。
いつも好んで着る麗糸で装飾された夜会服ではなく、簡素な白い一枚布の衣で身を纏い。
彼を見て、そして彼女は微笑んだ。
「どうしましたのヴォルフ、そんな顔をして。悪い夢でも、見ましたの?」




