第八話 混沌を切り裂いて
『エウロパ、ギニース』
ブラックウィドウから降りたち、針金細工達を用意しながら、カリストは念話を飛ばす。
嘴も鋭い猛禽型の針金細工に加え、巨大な爪牙を持つ四足の猛獣型が、声無き咆哮をあげた。
『不可糸技達を先行させる。援護を』
『了解しました』
『はい』
『何か策がおありですかっ?!』
念話でも元気よろしく、ジェインが尋ねる。
『策というか、手段だな。私の担当戦域を終わらせる』
『時が入用でしたら、お任せあれっ!』
言うや否や、百体近い針金細工達に並んで、六人の『ジェイン』の姿が現れた。
『……三人が限界なのではないのか?』
『そのようなことを申した覚えはありませんがっ!』
『……確かに、そうだ。感謝する。結果で返そう』
それと同時に、針金細工達が一斉に動き出す。
『期待しておりますっ!』
予測していたかのように、合わせて『ジェイン』達も進撃を開始した。
編隊を組み、宙を舞う鳥獣の針金細工達が、急降下する。
ブラックウィドウの援護射撃と、『ジェイン』からの光の矢の着弾地点へと。
足並みを乱された呪痕兵達へ一撃を加え、留まることなく離脱していく。
中身のない、輪郭だけの姿故に槍の一撃は虚しく隙間を突くのみ。
取り逃した一団は空中で方向を転じ、再び一撃を加えるべく加速した。
そして、襲い来る針金細工達は、空からだけではない。
視認することすら難しい針金細工の四足の獣が猛然と迫り、呪痕兵の脚部へと喰らい付いた。
足を砕かれよろめくそれに、別の獣が大爪を振るい、頸部を切り裂く。
物理的に薄い彼らに盾による防御は見込めず、またもはや当初の目的である、ブラックウィドウへの突撃が難しいと判じたのだろう。
四脚型の両手の盾が分解され、剣へと形を変じた。
また、その背に乗る呪痕兵の構える矛先が、刺突用から薙ぎ払うものへと形状を変える。
空から地から、迫る張りぼての獣たちを切り払う。
無論、カリストの『不可糸技』達に、武器を受け止めるような強度はない。
槍の、剣の一撃を受け、針金細工達はばらばらと砕け散っていった。
それでも全滅には至らない。
鳥獣型が上空より強襲をかけ、その間隙をついて猛獣型が嚙み砕いた。
あるいは獣が足元に纏わりつき、猛禽が嘴で貫く。
荒れ狂うようで統制の取れた『不可糸技』達の連携、それに乗じて今度は『ジェイン』達が割って入った。
盾を廃した呪痕兵たちに向け、彼らは一斉に光の矢を放つ。
肩を撃ち抜かれたものは手にした武器を取り落とし、頭部を貫かれればその身は崩れ落ちた。
鳥が舞い、獣が踊り、弓矢が飛び交う戦場は正に混沌だ。
それを鎮めるかのように、甲高い音鳴りが一帯に降り注ぐ。
***
カリストの身に着けている鎖帷子が、はらはらと解けていく。
鎧下一枚の姿となった彼女の手袋へとそれは合一し、その指先から幾重にも分かたれていった。
カリストの魔法は何れも鋼糸に干渉するものである。
一つは鋼糸から作成した針金細工を使役する『不可糸技』。
もう一つは、指技と指向性を持たせたマナにて鋼糸そのものを操作し、標的を切断する『世界断糸』。
常ならば指一本で五本の鋼糸を操作するのが限界だが、他一切を放棄して、鋼糸の操作のみに一意専心できるのならば、その十倍の数を、万倍の長さで操ることも可能だ。
針金細工達が、『ジェイン』達が稼いだ時は、正に値千金といえる。
音が消え、視野が狭窄するほどの集中。
微に入り細を穿つような精密。
それが彼女、カリスト・カリエインの。
「『天網恢恢』」
二百五十本の鋼糸が彼女の一挙手の元、天空高く舞い上がり、そして交差する。
疎にして漏れぬ、天の蜘蛛糸が、巷に氷雨の降る如く、この戦場を分か断った。




