第七十八話 仇へとぶつかって
鬼気迫る形相で向かってくるヴォルフラムに動じず、マコトは『岩山石林礫川の枯庭』を操る。
突き上がる石の槍を前に、彼は足を止めずにむしろ加速し、串刺す空間を置き去りにした。
前触れなく陥没する足元を飛んで躱し、ほぼ垂直にそそり立つ岩壁を両の足だけで登り、それを阻もうと新たに隆起する壁を頭部の双角で突き崩す。
両側から迫り、押し潰さんとする岩塊は、交互に蹴って上へと脱した。
宙に浮くヴォルフラムを狙って、先ほどまで自らの足場となっていた岩の塊が爆発し、石の散弾となって降り注ぐ。
舌打ち一つして、彼の足が変形した。
つま先が蹄の様に変化する。
銀と虹に輝く爪で、飛び交う石の一つに乗った。
その片足を軸にして、ヴォルフラムは石上で曲芸の様に、礫の弾幕を回避する。
更にそれを蹴り、彼の体がさらに上昇した。
マコトとの彼我の距離が、急激に縮む。
だがその距離まで近づけたことで、ようやく気付けたこともあった。
黒い戦闘車両の上、備え付けられた機銃に取り付くマリエンネの姿。
「目標を真ん中に入れてー」
呟き、初めて扱う機銃の引き金を引いた。
反動を考えていなかったその一射は、最初の数発以外は景気よく上空へと逸れる。
ヴォルフラムの胸から上に風穴を空けるべく放たれたそれを、宙を舞う彼に躱す術はない。
と、思われたのだが。
空中にて、彼は大きく身を仰け反らせた。
ほとんど半分に折りたたまれたような状態から、勢いよく足を振り上げる。
蹄と化した足で命中弾を悉く蹴り上げ、くるくると回転しながら危なげなく着地した。
「どーいうつもりですかねぇ、マリエンネさん」
細い視線を彼女に向けつつ、ヴォルフラムは蹄で地面を踏み締める。
「何が?」
「仮にも仲間を銃撃する、てーのはやり過ぎじゃあありませんかねぇ」
「それ言ったら、あたしもパメラに毒をくらわされたけどね」
別に恨んじゃいないけど、とマリエンネは肩を竦めた。
「別にあたしら、仲良しこよしするために集まった訳じゃないじゃん? あの方に、『赤き戦慄』に対する想いから参じた。その表しかたは様々で、少なくともあたしとドーさんのそれは相容れなかったみたいだよ。あんたともそうなんじゃない? ヴォルフラムのおにーさん」
「その割りには、ドートートさんとは上手くやっていたみたいですがねぇ」
「そりゃドーさんやセルゲイは、あたしに何かと目をかけてくれてたからね。日ごろの行いじゃない?」
「……返す言葉もないですねぇ」
にべもない彼女の言葉に、ヴォルフラムは頭を搔く。
別にマリエンネのことを嫌っていた訳ではない。
ただ彼にとっての、優先順位の問題だった。
「あたしも、多分『央』のことも、ヴォルフラムのおにーさんにとってはついでのことなんでしょ。パメラのついで。その割りには聖痕保持者だけど」
「……せめて爪痕は、残したかったんですよねぇ」
パメラに救われ行動を共にした。
その彼女が、『央』に恭順した。
彼はパメラの付き添いに過ぎない。
つまりヴォルフラムが今ここにいるのは、惰性に過ぎなかった。
「貴女の今が裏切りでないとして、ドートートさんの信念と相容れないなら、マリエンネさんの目的は何なんですかねぇ」
故に彼はそう尋ねる。
マリエンネは、目の前の黒髪の少年を指差した。
「このおにーさんを、あの方の前に連れていくことだよ」
その返答に、ヴォルフラムは安堵する。
それならばきちんと、相容れない。
「答えはドートートさんと、同じですねぇ」
彼は再び、歯を見せて笑った。
「じゃああとは」
「うん」
そんなヴォルフラムを尻目に手を振るマリエンネに、マコトは肩越しに頷き返した。
ごぅん、と何かの軋む音がする。
それと同時に、彼女の姿が沈んでいった。
正確に言うならば、マリエンネの立つブラックウィドウが、マコトの意に従い沈んでいく。
「どういうつもりですかねぇ!」
そんなやり取りをただ傍観する筈もなく、ヴォルフラムは彼へと間合いを詰めた。
「当方と一対一を所望されますか! 随分自信がお有りのようですねぇ!」
「望むところなんじゃないの?」
「ええ、その通りですねぇ!」
獣のそれと化した脚で彼はマコトへと蹴りを放つ。
後ろへと飛び、彼はそのまま『移風同道』にて宙に駆け上がる。
標的の挙動に、ヴォルフラムは眉をひそめた。
この場は『慈悲』の外効系魔法阻害結界内だ。
あくまで阻害であり、完全に使用不能になるわけではないが、それでもその行使が余りにも危なげ無さすぎる。
「『慈悲』! 健在ですかねぇ?」
「はい、ヴォルフラム様。当方は現在、最後の一台を……」
彼の呼び掛けに、直ぐに応じる推定『慈悲』の合成音声。
落ち付き、そして深みすらある老紳士然とした声音。
「ならばいいです!」
それを一方的に打ち切り、ヴォルフラムは再びマコトへと食らい付く。
手段は不明だが、目の前の獲物は何らかの手段で、阻害中でも遜色なく外効系魔法が行使出来る。
そう認識できればいい。
だがそうはいっても、彼に空中の標的を相手取る術はない。
故にヴォルフラムは、蹄と化した両足を打ち鳴らす。
大地に罅入り、それは鎌首をもたげた。




