第七十六話 奇怪な機械に相対して
『第一、第三小隊の全滅を確認。『少年騎士』、『囚人』、『緑』を確認』
生物ならざる声色を響かせ、それは姿を現した。
人型の呪痕兵。
だがその頭部には渦を巻くような呪痕は無く、人を模した……恐らくは女性の……起伏が刻まれている。
全身を奔る呪痕は赤ではなく……虹の光を曳く銀色。
そして何より、発せられたる合成音声。
明らかに尋常ではないそれに、ヘルムートは木剣を向けた。
「……『緑』って俺の事か? また雑な識別名だな。俺が鎧を着替えたらどうする気だ?」
左手を背中に隠し、『知恵の実』を握り締める。
ジェインによって破壊された呪痕兵からいつでも精髄を回収できるよう準備をしながら、彼はうろんげに呼びかけた。
『では、お名前を伺えますか?』
「……名前を聞く時は、まず自分から名乗れって親に教わらなかったか?」
こちらの言葉を解して返答すらしてくるそれに警戒を強めつつ、ヘルムートはそう嘯く。
『そういうものなのですか? 失礼しました。そういった情報は入力されていませんでした。学習』
彼の軽口を、それはは真正面から捉え、そう応じた。
『当方、名がありません。個体情報『三柱』の峻厳。呪痕兵中隊ビナー、ゲブラー、ホドの指揮個体となります。これをもって名乗りとして宜しいでしょうか?』
「……ああ、十分だ。ヘルムート・ハーゼンクレファが正しく受け取った」
『集積情報修正。識別名『緑』から『ヘルムート』に変更』
「……どうして名を明かされたのですか」
「名乗られたんだ、名乗り返すのが礼儀ってもんだろ」
ライムの非難する様な物言いに、彼は肩を竦める。
そしてそれは、『峻厳』は精緻な顔面を残る二人へと向けた。
「ジェインとお呼び下さいっ!」
「ジェイン様まで?!」
『修正』
それは、彼女へと明確に視線を向ける。
「……ライムと、申します」
期待が込められているような錯覚すら覚え、ライムは観念したようにそう名乗った。
『修正、完了しました。それでは』
「待て待て待て待て」
どことなく満足そうに頷き、踵を返そうとする『峻厳』を、ヘルムートが呼び止める。
『何か?』
「いや、何かじゃないだろ。あんた、俺たちを始末しに来たんじゃないのか。こんなもんまでけしかけて」
周囲に散らばる呪痕兵を木剣で指し、彼は言った。
『はい、そう考えておりました』
「じゃあ、何で帰ろうとするんだよ」
『御覧の通り、第一小隊ビナーが当方と合流前に全滅してしまいましたし……また先の『ジェイン』の動きを見るに、現状での戦闘行為は時期尚早と判断しました』
「……要するに不利だから撤退したいってことだろ。それをおいそれと逃がすと思うか?」
『なるほど。命乞いをしろということですね。こういった事例では、土下座、或いは対象の靴をなめるのが有効であると入力されています』
「誰だよあんたに情報入力した奴」
『マスタードートートと、マスターレラリンです』
「誰だよ……」
「ドートートは、確か『土』を冠する『七曜』でしたね。レラリンは……初めて聞く名ですが」
慎重に答えながら、ライムは伺う様に『峻厳』を見る。
『マスタードートートに関しては、その通りです。マスターレラリンは当方作成の技術供与をされた、『央』の特別顧問ですね。『七曜』の員数外として『星』の称号を冠され、主にセルゲイ様と行動を共にされています』
「……貴方は本当に呪痕兵なのですかっ?」
成り行きをうかがっていたジェインが思わず、といった様子で口を挟んだ。
『防衛術式からのマナ受信用の呪痕を廃し、『央』よりの聖痕に換装した聖痕兵です。呪痕兵ではありません』
「いや、ジェインはそういうことを言ったわけじゃねーよ……ていうか、聖痕兵であってたのか……」
ヘルムートは突っ込むが、当の『峻厳』は良く分からなげに首を傾げるばかり。
「人間臭いが、人間離れはしっかりしてるんだよな……なあ『峻厳』さんよ」
『何でしょう、『ヘルムート』』
「一帯に結界を展開しているのは、あんただな?」
『はい。外効系魔法阻害結界を構築、維持しております』
「答えるのかよ……ならそれを当面無効にしてくれ。そうしたら見逃してやってもいい」
『承知しました。向こう三日間、無効化することを約束します』
「いいのか?!」
『はい。ただし本結界はヴォルフラム様の混沌領域の転写となります。当方の担当領域分は無効となりますが、他区域のそれは範疇外となりますので、ご留意ください』
「……ご丁寧にどーも」
『恐縮です。ではもう宜しいでしょうか』
「まて、無効化を確認してからだ」
言って彼は『峻厳』を警戒したまま、一瞬ジェインに視線を送る。
『カリスト殿、通じておりますかっ!』
『……ジェイン殿か。念話が回復したのか』
「……エウロパ様には、念話が通じておりません、ヘルムート様」
「だ、そうだが?」
ライムの発言を受けて、ヘルムートが『峻厳』に言葉を向けた。
『当方の範疇外の区域なのでしょう。北方面は『慈悲』の管轄です』
「そいつもあんたと同じ、『三柱』の聖痕兵か?」
『その通りです』
「……行け」
『はい、ではまた』
「出来ればもう、会いたかないな……」
「同感ですが、恐らくそうもいかないでしょう』
そう言って一礼して、聖痕兵、『三柱』の『峻厳』は森の奥へと消えていった。
「とまあ、このようなことがありましてっ!」
カリスト達と合流したジェインが、そう話をまとめた。
念話が回復すれば、通話対象の所在が分かる。
エウロパの『取り寄せ』が視界外でも機能するのは、この効能が念話にあるためだ。
それによって彼らは一同に会せたわけだが、裏を返せばエウロパの『取り寄せ』は現在彼らには及ばない。
マコトとマリエンネが詰めている為、早々後れを取ることはないだろうが……
「外効系魔法の阻害ね……普通の魔法使いには大した影響ないけど、ロパ姉さんがポンコツになるし、マリーちゃんも大打撃だよね。一応緋緋色甲冑はおいてきたけど……」
実の姉を散々に評するイオだが、間違っていないだけにあまり強い事も言えない。
「……ともかく、全力でブラックウィドウまで戻るぞ。本命は北だ」




