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第七十四話 森にて獣と手を合わせて

 総数二十を超える獣型呪痕兵は、彼女らを取り囲み様子をうかがう様に高速で周回する。

 多勢に無勢ながら、イオは敢えてその輪に飛び込んだ。


 補助腕の大楯を前面に押し出し、強引に旋回する呪痕兵へ割り込む。

 叩き込まれた大楯をもろに食らい、一匹の呪痕兵が輪から外れた。

 体勢を崩すそれに、イオは容赦なく銃弾を掃射する。

 だが文字通り獣じみた反応速度で、それは地を蹴り銃弾を躱し、あまつさえ彼女へと飛び掛かった。

 ぞろりと伸びた右前足の爪を振りかざすそれに、イオは右の補助腕を戻して受け止める。

 そして一瞬補助腕を加速させ、高速の殴打を加えた。

 吹き飛ぶ呪痕兵に、彼女はもう一度銃弾を叩き込む。

 今度こそ狙いを違えず、宙を舞う呪痕兵の腹部を打ち抜き大破させた。


 だが残った獣たちも黙ってはいない。

 イオの前後から、二匹の呪痕兵が爪牙を突き立てんと襲い掛かった。

 後方のそれを、補助脚が草食駄獣の後ろ足の如き蹴りで迎え撃ち、正面のそれは左の補助腕の大楯で受け止め、自身の左手の手斧で下から掬い上げる様に顎を割る。

 蹴りを食らい吹き飛んだ呪痕兵を、レティシアが振り上げた破刃剣で地へと叩き落した。

 返す逆手でその頭部を刺し貫く。


「御無礼」

「なーいすコンビネーション!」


 彼女の謝罪に、イオはにやりと笑みを返した。

 円陣を崩された呪痕兵の群れ、だが統率までは崩れていない。

 前後に彼女らを挟み込むように、布陣を整えた。


「後ろは宜しく、カリ姉さん!」

「応」


 短く答え、カリストは十体の呪痕兵と対峙する。

 腰帯に潜ませておいた虫型の『不可(ウィアード・)糸技(ワイヤーワークス)』を左手で抜き取り、それを投げつける。

 羽音なく舞うそれに、呪痕兵達の気が一瞬逸れた。

 鋼糸一本ではなく、複数本を組み合わせて作られたそれは三匹のそれは、呪痕兵の一匹へと狙いを定め、連続して突撃する。

 『羽』を撫でる様に当て、こそぎ落とすように動き、呪痕兵の表層を削り取っていった。


「それは即席ではないからな!」


 それらを振り払うように動く標的に、カリストは鋼糸を振るう。

 真正面から、左右から、そして木の枝を経由して背面からの斬撃を、『三虫』に気を取られていた呪痕兵に躱せるはずもない。

 それでも回避の動きを見せるのは大したものだが、それも叶わず二枚におろされ、更に輪切りとなった。


 流石に警戒度が上がったか、残りの九匹が一斉に襲い掛かる。

 地を駆けるもの、飛び掛かるもの、そして樹上へと駆けあがるもの。

 連携の取れた立体攻撃に、しかしカリストは慌てず鋼糸を繰る。

 元々対多数戦を得手とする、鋼糸の技。

 片手で十本、両手でニ十本の糸を操るのだ。


「……片手で足りる」


 先ほど展開した鋼糸は、戻していない。

 木を蹴り樹上を目指す呪痕兵を、その半ばで鋼糸が断ち割る。

 足を刈り取られたそれは、なす術もなく地に落ちた。

 地に伏せておいた鋼糸が立ち上がり、地を駆ける呪痕兵達を腹から両断する。

 ほとんど時間差なく六匹の獣型呪痕兵が地に伏せた。


 残るは飛び掛かる、三体のそれ。

 カリストが指を蠢かすと、鋼糸はそれに応え、高速で回転する。

 空中で身を翻す術もなく、螺旋刃の如き空間にそれは飛び込み……

 一瞬にして、細切れとなった。




 突撃銃で牽制射撃をしつつ、左の補助腕の大楯を巨大な鉄扇へ換装する。

 折りたたまれたそれを、金砕棒の要領で獣の群れへと叩きつけた。

 地面を爆砕し土くれが爆風の如く吹き散るも、命中打はない。

 散開する群れの一匹に狙いを定め、イオは前進しつつ更に銃撃を加えた。

 体勢を崩していたそれは銃弾に反応しきれず命中弾を受け、踊るように身を回しながら地に沈む。


 呪痕兵の動きが彼女に集中した一瞬を突いて、レティシアが動いた。

 内効系魔法でも、彼女が得手とするのは瞬発力と反応速度の強化だった。

 踏みしめた地面が爆発したかのように抉られ、加速したその姿は一瞬にして最右側の一匹へと肉薄する。

 振り下ろした右の刃は頸部を断ち切った。

 伝達系を損傷したそれは痙攣し、そしてゆっくりと横倒しとなる。


 その背後から、二頭の獣が左右から回り込むように飛び掛かった。


「飛んで!」


 イオの一言に従い、レティシアは軽く後ろに跳躍する。

 それと同時に巻き起こった突風に煽られ、飛び掛かる獣たちは空中で体勢を崩した。

 侍女服姿の少女が補助腕に握られた鉄扇が大きく開き、それを振り下ろしたのだ。


 レティシア自身も無論影響を受けたが、何の気構えの無かった呪痕兵達とは違い、十分に対応できる程度の事象だ。

 着地と同時に、前方宙返りでもするかのような一匹の背に右刃を突き立て、そのまま半回転して地面へと叩き落す。

 尚も足掻くそれの頭を踏みつけ、左刃にて断頭の一撃を加えた。


 もう一頭は四肢にて着地し、そのまま発条がはじけ飛ぶような勢いでレティシアへと飛び掛かる。

 彼女は両手の刃を裏返した。

 そして振りかぶる呪痕兵の右前足を破刃剣で挟み込み、上下へと擦り付ける様に跳ね上げる。


 折れて飛ぶ、右前足。


 そしてレティシアはいなす様に宙を舞う呪痕兵の下へと潜り込み、その身を半回転させた。

 右前足を失ったそれは着地に失敗し、地面へともんどり打つ。

 再び刃を返し、彼女は転がる呪痕兵の腹部と頸部を貫いた。


 レティシアは、イオに視線を転じる。

 開かれた鉄扇で突風を巻き起こし、たたらを踏む呪痕兵の頭部を、彼女の手斧が真っ二つに割った。

 風の影響下になかった獣型を右の射撃と大楯で牽制し、返す刀で鉄扇を振るう。

 横向きではなく縦向き振られたそれは、鋭利な刃となって獣の肩部を切り裂いた。

 呪痕兵を張り付けたまま、イオはその鉄扇を別の四つ脚目掛けて振りかぶる。

 烈風と共に砲弾の様に飛び来る呪痕兵を、それは躱すことが出来ずにぶち当たり、互いの頭部がかち割れた。


 残るは三体。

 加勢すべく駆け寄るレティシアの脇を、何かが擦過する。

 カリストの『三虫』だ。

 イオの露を払うべく、それぞれが呪痕兵の頭部へと殺到する。

 追い払うような動きをする獣型に、彼女は閉じた鉄扇を伸ばした。

 肉体流化、それを補助腕へも適用し、大幅に伸びた射程を存分に使って、自重と遠心力にて叩き潰す。

 文字通り平らになったそれには一片の意識を向けず、イオは鉄扇を横に払った。

 二体の呪痕兵はそれに巻き込まれ、吹き飛ぶ。

 それ目掛けて、イオは突撃銃の引き金を引いた。

 頭部、頸部、腹部を正確無比に打ち抜く。

 着地も何もなく、それは派手に着地し、地を転がった。


「お疲れ様です……お強い、ですね」

「レティシアさんも、内政向きっていう割には、やるじゃん」


 振り向き青い髪を揺らして、イオはにっと笑った。

 そんな彼女にレティシアも、遠慮がちに微笑む。


「しかし……解せんな」


 『三虫』を戻し、腰帯にしまいながらカリストが右手で口元を覆った。


「カリ姉さん?」

「地形も相まって、確かに脅威ではあるが……さりとて勝てない相手でもない。ヘルムート殿も一目置くような相手が、後れを取るとは思えない」

「それは……確かに。私でも太刀打ちできる程度の手合いに、姉が負けるとは思えません」


 しばし、三人に沈黙の帳が落ちた。


「……もしかして、南側は外れ? リアナさん達は、北側でヤバいのに当たったとか?」

「その可能性もある……だが念話妨害をするような何かが此処に配備されている以上、一概にそうも……」


『カリスト殿、通じておりますかっ!』


 唐突に響く元気の宜しい念話に、カリストは赤い髪を押さえた。


『ジェイン殿か。念話が回復したのか』

『はいっ! 小生たちの方に獣型の新型呪痕兵と、例の聖痕兵(スティグマータ)が出現しましてっ!』

『倒したのか?!』

『いえ! ただ交渉をもって、退けはしましたっ!』

『交渉……? いや、情報のすり合わせは後だ。エウロパ達との連絡もとれるか?』

『いや、それがだなカリストの嬢ちゃん』


 割って入った別の思念に、というよりその呼び方に、カリストはやや顔を引き攣らせる。


『ヘルムート殿、どうされた?』

『待機組には念話が通らん。もしかしたら北側に、何かあるのかもしれん』


 いやな見解の一致に、彼女の表情はますます引き攣った。

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