第七十三話 追って追われて
街道から早々に森の中を行くのは、カリスト、イオ、レティシアの三人だ。
一応地の利らしきものがあるジェインが奥側を担当したほうが見当もつきやすかろうと、彼女たちは森の入り口側を担当することとなった為だった。
剪定も間引きもされていない、ただひたすらに自然に生えるがままの木々の隙間を縫って、カリスト達は歩を進める。
「これは……大変だね」
「分かっていたことだがな」
早々に辟易とした感想と舌先を出すイオを、窘めるように彼女は言った。
エウロパから『武器庫』の使用許可は得ており、既に補助腕と補助脚は展開されている。
両の補助腕には防御重視で大楯を持たせ、イオ自身は突撃銃と手斧で武装していた。
「レティシアさん、大丈夫?」
木の根で隆起した地面をひょいと超えつつ、彼女は最後尾のレティシアに声をかける。
「大丈夫、です。お気に、なさらず……」
やや呼吸を乱しつつも、しっかりとした足取りで彼女は着いてきていた。
「無理はされぬよう」
「はい、分かっています」
「一応確認ですが……」
「生存者を発見した際は、イオ殿の背嚢から展開された車両を私の運転で撤退する、ですね。承知しております」
レティシアの返答に、カリストは頷く。
そして改めて、前方に目を向けた。
鬱蒼とした人の手つかずの木々が、ひたすらに続いている。
捜索開始してから、既に正午から午後のお茶の時間になる程度に経過しているが、景色に変わった様子はなかった。
「一度小休止して、状況を確認してみるか」
「そうですね。『エウロパ殿、そちら状況如何でしょうか』』
出発前にエウロパによって繋げられた念話を使って、レティシアが呼びかける。
しばしの間が空く。
エウロパからの返答はなかった。
レティシアが小首を傾げる。
『カリスト殿、私の念話は届いていますでしょうか?』
『届いている、レティシア殿』
『あたしにも届いてるよ』
「……エウロパ殿からの返答がないのですが……届いていないのでしょうか。魔法の範囲外でしょうか?」
彼女の問いかけに、カリストは否と首を振る。
「元々距離関係なく意思疎通をするために開発された魔法だからな、距離による制限はない、筈だ」
「では、この状況は……?」
『ロパ姉さん、聞こえてる?』
イオからの呼びかけにも、返答はなかった。
「私たちの間では念話が繋がり、エウロパへは届かない……ヘルムート殿たちはどうだ?」
『ヘルムート殿、レティシアです。応答を』
やはりというべきか、別動隊への念話も通じない。
「……嫌な予感がするね。カリ姉さん、『不可糸技』で索敵できない?」
カリストの『不可糸技』は基本的には戦闘に特化した魔法だ。
事前に設定した行動様式を選択し、敵として設定した対象への戦闘行為、或いは保護対象として設定した味方の護衛行為を主目標としている。
当然だが疑似的な感覚器官すらなく、情報記録能力もないため探索に使えるような魔法ではない。
また行動様式の中に索敵を行為を設定したものもない、のだが。
「一定距離を往復させるくらいの行動設定は、即興でもできるな。帰還率である程度の状況推察は、可能になるか……」
カリストは鎖帷子の袖口の鎖をばらして解し、その鋼糸で猛禽を擬した針金細工を作り出した。
「あの、カリスト殿?」
「どうされた、レティシア殿」
「その、針金細工を疑似的な無人機とするのは、分かるのですが」
「ええ」
「その、鳥の内側の、吹き出しの様なものは……」
そう、カリストの作り出した猛禽の針金細工には、一筆書きで何やら文字が内側に編み込んでいた。
『レティシアより』と。
「リアナ殿からすれば、得体の知れない物体が飛翔しているのですから、これくらい分かりやすいものの方が良いでしょう」
その言葉に、レティシアは微苦笑を浮かべ、頷く。
「はい……よろしく、お願いします」
頷き返し、カリストは即席で二十体ほど作り出した伝言付きの針金細工達を、東を背にして半円状に羽ばたかせた。
「行け」
彼女の声に従い、猛禽達は森の木々へと没していく。
設定した行動に従い、一定距離進んだのち、こちらへと戻ってくるはずだ。
その間も念話の状況を確認するが、やはりブラックウィドウにも、ジェイン達にもそれが届くことはなかった。
「……遅い」
しばらくして、カリストはそう呟く。
所定の時間が経過したにもかかわらず、『不可糸技』達が戻ってくる様子がなかった。
「遅いっていうか全滅っていうか……カリ姉さん、これヤバくない? あたしらが追い込みをかけられてるような……」
「同感だな。どの道、時間的にも引き返す必要がある。幸いこの位置はまだ森の浅い部分だ。一旦東に抜けて森を脱し、そこから北上して街道を目指そう。レティシア殿、申し訳ないが」
「……はい、わかっております」
彼女の言葉に、レティシアは無表情に頷く。
恐らくは忸怩たる思いを抱いているだろうが、さりとて我が儘を言える立場でも状況でもないとは分かっていた。
三人は方向を転じ、東へと進路を変える。
音を隠すことなく、全速力で森を駆け抜けた。
そのさ中、ぴくりとイオの眉が動く。
「お相手も隠す気無くなったみたい。近づいてきてる!」
「捲けそうか?」
内効系魔法にて脚力と共に聴力を強化していた彼女の言葉に、カリストは一応そう尋ねるが……
「無理!」
ただの一言でそれは否定される。
「迎え撃つしかないな。レティシア殿」
「……承知しました」
一同は反転し、そして互いに背中を合わせる。
周囲の音が一瞬途切れ……そして再びさざ波のような響きが鳴った。
それに真っ先に反応したのは、カリストが周囲に巡らせた鋼糸の結界だ。
擦過を感知し、その振動が彼女へと伝わる。
「イオ!」
その声と同時に、イオは右手の突撃銃を姉の視線の先へと定め、引き金を引いた。
吐き出された弾の群れ、しかし何らの手応えは無い。
だが確実に、何かが接近していた。
地を駆け、木々を蹴り迫るそれ。
その一撃をカリストの鋼糸が阻む。
本来であれば、触れれば切り裂かれるであろうそれを、触れた瞬間に驚異的な反応速度で身を引き、若干削れる程度でそれは地へと降り立った。
「……獣型か。リアナ殿の報告の通りだな」
そう。
重心も低く地に立つ、白地に赤い呪痕の走る四つ脚のそれ。
リアナより送られた映像の通りの、完全に人型を脱した、獣の形状の呪痕兵だった。
その一体を皮切りに、唸り声を上げることもなく次々と彼女らを取り囲むように、牙獣を模した呪痕兵が集結する。
「ま、この方が手っ取り早いか。一匹拿捕すれば、ブラックウィドウの探知機に反映されるようになるもんね」
こきこきと首を鳴らして、イオは左手の手斧を振ってその感触を確かめながら、そう言った。
「……頼もしいお言葉ですね」
レティシアは左右の腰に佩いた長剣をそれぞれ引き抜く。
その峰は櫛のような、無数の切れ込みが施されていた。
「破刃剣? また渋い武器を……」
「一芸が欲しかったもので」
呆れと称賛の混じったイオの言葉に、彼女はやや自嘲気味に答える。
「戦えるならば、それでいいさ」
言ってカリストは両手を胸元で開き、鋼糸を構えた。




