第七話 戦況は混沌として
最初にそれに気づいたのは、エウロパだった。
再び走り出したブラックウィドウの車内、その天井を見上げている。
何か見えないものが見えているかのように。
右の掌でこめかみと額を押さえ、呻く。
事実、彼女には見えたのだ。
「第二、第四、第十……第、十四。最終防衛線……? そんな馬鹿げたこと……」
自動式の急激な胎動が。それに伴う、大規模なマナの奔流が。
「エウロパ?」
「ギニース!」
カリストの呼びかけには答えず、エウロパは叫んだ。
再び、光の柱が一帯を覆い尽くす。
先程と違うのは、完全に包囲する形で召喚の自動式が機能していること。
そして、比べるべくもないほどに、多数であるということ。
ブラックウィドウが急停車する。目測、強行突破のできる物量ではないと判断したためだ。
イオが探知機に目を落とす。その数。
「およそ10000……?!」
先の10倍を優に超える物量に、イオは呆れたような声を上げる。
「何が見えた、エウロパ」
身を震わせ、俯いている妹を、カリストが気遣わし気に覗き込んだ。
彼女は、笑っていた。
賊もかくやと言わんばかりの、悪い笑みを。
「勝機です、好機です」
「……どういうことですか?」
エウロパの発言に、シンが疑問を呈す。
「側脈を……自動式の術式を確認しました。相手は十四ある防衛線を無理やり最前線まで押し上げて、この規模の戦力を投入しています」
「それの何が勝機なの?」
助手席の背もたれの上から、イオが顔を覗かせた。
「戦線に投入する戦力を増強したいだけなら、自動式の条件を変えればいいだけなの。重量に対する呪痕兵の数を、弄ればいいだけ。にも拘らず、この塔の防衛者は、戦線を繰り上げることでそれを代用した。つまり、この自動式の利用権限はあれど、原理を把握していないということ」
「かまどでパンは焼けるけど、かまどの作り方を知らないみたいなもの?」
「それどころか、十のパンが焼ける鉄板に、百のパン種を載せるような音痴ぶりよ。ここを退ければ、邪魔は無くなる」
今が最前線であり、最終防衛線でもあるわけだ。
「……軽く言ってくれるな、一万だぞ?」
「出来るでしょう?」
カリストの苦言に、彼女はさらりと言う。
「まあ僕も、万にも勝つと見栄を切りましたし」
「……やらいでか」
ぼやく様にシンは言い、苦言を苦笑にして、彼女も応えた。
「……出現個体に、異変あり」
呟きギニースは、外部映像を拡大して映し出す。
先の一戦は、偵察の意味もあったのだろう。
光の柱より出現したのは、簡素な有象無象たる出で立ちの呪痕兵ではなかった。
駄獣の如き四脚の下半身に人型の上半身、鱗じみた装甲に覆われ、下半身を防護する佩楯に鎧われている。
両手にそれぞれ葉形の長盾を構え、その背には巨大な突撃槍を構えた別の呪痕兵を乗せていた。
その両脇には、外装が追加され、長剣と丸盾で武装した歩兵型の呪痕兵が伴っていた。
先陣を切ったのは、四脚型の呪痕兵だ。
見た目通りの健脚で間合いを詰めるべく疾走を開始する。
「『隆起』」
車外に飛び出そうとする彼らを制するように、エウロパが囁く。
携えた杖が床を叩くと同時に、突き上げるような衝撃が一同を襲った。
「何ですっ?!」
慌てた様子で、ジェインが窓の外を見れば、視界が高くなっていた。
エウロパの言葉通り、ブラックウィドウを中心に、地面が丘の様に隆起したのだ。
「多少なりとも勢いは減じるはず。ギニース、援護を。イオ、『武器庫』の利用を許可します。あと」
言って彼女は、人差し指を立てる。
輝く金鎖が伸び、それが一同の胸元へと滑り込んでいった。
「『念話』の魔法で繋ぎました。『何かあればこれで報告を』」
直接脳裏に響くエウロパの声に、ジェインは目を丸くする。
「承知、しました」
「了解! 打って出るよ!」
妹二人は当然のように頷き。
開口一番、外に飛び出すイオ。
その背の鞄の上部が開く。飛び出してきたのは、その大きさとは釣り合いの取れぬほどに長大な一対の補助腕と補助脚だ。
『武器庫』はエウロパが作成した、内部に亜空間を擁するイオ専用の、文字通り背負う武器庫である。
エウロパの許可がなければ使用できないが、『武芸百般』を操るイオの翼と言えた。
補助腕がそれぞれ保持していた突撃銃を受け取り両手に構え、迫り来る四脚型へと掃射する。
大半は長盾で防がれるが、それでも足は止まった。
そこに切り込んでいくのは、『ジェイン』だ。
跳躍し、抜き放たれた双剣はうなり声をあげ、たたらを踏んだ四脚型の頸部を切り裂く。
車内では、窓を覗き何事か口遊んでいたジェインが、今飛び出したところだった。
「小生は主功にして助功ですっ! 御武運をっ!」
言って彼はイオとは反対の、北側の呪痕兵に向けて走り出した。
その両脇に現れた二人の『ジェイン』は速度を落とすことなく背の弓を構え、射る。
それに合わせ、ブラックウィドウ上部の回転式機銃が射撃を開始した。
「私はブラックウィドウの防衛に回ります。お二人は……」
「わたしは東を討つ」
「では僕は西を」
軽く頷きあい、カリストとシンは申し合わせたように出撃する。
戦闘が、始まった。
***
両手に構えた突撃銃、そして補助腕が鞄の中より抜き放った軽機関銃、計四本の銃口が呪痕兵の群れへ向けられる。
目まぐるしく放たれる弾丸、背の鞄から吸い上げられるように、弾帯が補給されていく。
ブラックウィドウ搭載の機銃ほどの口径はなく、ギニースの『機操展改』の影響下にもない銃弾は、四つ脚の構える盾と追加装甲の前では決定打とはならなかった。
足こそ止まれど、全方位からの進撃には焼け石に水である。
イオは鞄の底を腰に乗せるようにして、それを跳ね上げた。
鞄口から転び出たのは手投げ式の小型爆弾だ。
彼女は両手の銃を放り投げ、中空の投榴弾を呪痕兵の群れめがけて掌で叩く。
相当な距離があるものの、機関銃を保持するために使用している内効系魔法の肉体強化の効果もあり、敵陣直下に落下する。
そして落ちてきた突撃銃を再び握りしめ、転がる爆弾諸共、掃射を再開した。
爆発は呪痕兵の足を消し飛ばし、爆風に煽られた盾は空を舞う。
その隙を逃さず、イオはそれらの関節部分に狙いをすまして引き金を引いた。
頭部が飛び、肩部が爆砕する。
そしてその空いた穴に、爆風をものともせず『ジェイン』が割り込み、歩兵を切り刻んで横撃する。
『彼』の進行に合わせて、彼女は銃口を滑らせた。
銃弾の防御で止まる呪痕兵を、『ジェイン』の双剣が弱所を貫いていく。
「ナイスコンビネーション……って言っても、あたしが崩ししか出来ないんじゃ、不味いんだよね」
圧倒的多勢に無勢を覆す戦力として数えられているのだ。
足手まといになるわけにはいかない。
個人携行のできる銃では、威力が足りない。
これでもただの呪痕兵ならば十分なはずだったのだが、よほど初戦のブラックウィドウの射撃が効いたと見える。銃火器への対処が厚かった。
補助腕が鞄に沈み、別の武器を携え再び姿を露わになる。
六発しかないとっておきの迫撃砲が、文字通り火を噴いた。
空を切り裂く甲高い音と共に飛来する爆発物に、『ジェイン』の姿が搔き消える。
数瞬後の大爆発は、戦陣に巨大な風穴を空けた。
それと同時に、補助脚が大きく撓む。
足裏が爆発するように大地が抉れ、イオの体が大きく飛び上がった。
爆心地まで一気に距離を詰めながら、手にした銃を『武器庫』に放り込み、白兵武器を引き抜く。
右手には、持ち手が彼女の身の丈を超える戦斧を、左手には同じく長大な金砕棒、両の補助腕には身厚の大剣と、巨大な針の如き刺突剣が握られた。
「全ての戎器で我が手を朱に……『武芸百般』(ハンド・レッド)」
その囁きとは裏腹に、手にした彼女の武器たちは、蒼く静かに綺羅めいた。
***
爆風の衝撃覚めやらぬ四つ脚の頭部を、イオの戦斧がかち割った。勢いは止まらず、そのまま一息に股まで切り裂く。
それの背に乗る呪痕兵は、突撃槍の重さも相まってか、前のめりに頽れる四つ脚同様に体勢を崩した。
補助腕の刺突剣がその頭部を貫く。突き刺さったままの呪痕兵をそのまま振り回し、前方めがけて思い切り投げ飛ばしす。
それを躱す歩兵型に、金砕棒が命中する。丸盾で防ぐも受けきることは出来ず、腕はひしゃげ、胴体の半ばまで凶器がめり込んだ。
さらに遅れて、自身の左後方から前方目がけて、補助腕の振るう大剣が一閃する。
数体の呪痕兵を巻き込みながらも勢いは止まらず、振り切られた。
ばらばらになった白い欠片が、血しぶきの様に宙を舞う。
イオの『武芸百般』は、あらゆる武器を自分の手足の様に扱えるようになる魔法である。
言い換えれば、武器を己の手足と看做す魔法ともいえた。
それは武器に対して、彼女が使う内効系魔法の影響を及ぼすことができるということ。
銃火器に対しての使用は、命中精度の向上こそあるが撃ち出された銃弾へは影響がないため、余技と言えた。
白兵武器を扱う時、『武芸百般』は真価を発揮する。
彼女が修めている内効系魔法は、肉体強化ともう一つ。
肉体強化の影響下にあれば、武器の強度や硬度、切れ味が向上し。
そして。
四つ脚の動きが止まる。
突如として、目の前にいた標的の姿が消えたからだ。
いや、消えてはいない。
光学認識こそ出来ないものの、生体反応は確かにそこにある。
呪痕兵に、疑念を持つ機能はない。
生体探知機能の示すまま、盾を突き出し……
それをすり抜けて、横殴りの戦斧が頭部を裂き、その背の呪痕兵の、無防備な胴体を、金砕棒の打突が風穴を空ける。
崩れ落ちるそれを確認し……イオは厚みを取り戻した。
イオの使用するもう一つの内効系魔法は、肉体流化だ。
溶鉱炉で蕩かされた金属の様に、その姿を流動させる。
先ほどの隠密は、その身を影の如く地に這わせていた為だ。
自身も武器も、如何様にも変幻する、防御不能の不意撃となる。
それとほぼ同時、イオから見て左翼に布陣した呪痕兵のかなりの数が、氷雨の鳴るような音と共に細切れと成り果てた。
「『天網恢恢』、やるぅ」
口笛と共に称賛しつつ、崩れた戦線を更に突き崩すべく、駆け出す。
だが。
それを嘲笑うかのように、白い光の柱が。
戦場の上空で爆裂した。




