第六十九話 無事を祈って
『マリーの来歴については、秘密ということで?』
『一旦、それがいいかと』
マコトの提言に、エウロパが同意する。
他一同も異論はないようだった。
「どうされました?」
不思議そうに、そしてやや不審そうに、レティシアが疑念の声をあげる。
「いや、何でもない。それでどうした、マリエンネの嬢ちゃん」
それをヘルムートは肩を竦めて躱し、当のマリエンネへと水を向けた。
「……あ、んや、呪痕の色がおかしいなって思って」
やや控えめな口調で、彼女はそう指摘する。
映し出された呪痕兵の体表を奔る呪痕は、鮮烈な赤ではなく静謐な銀に虹色の粉を散らしたような不思議な色合いのそれだった。
「……嫌なことを思い出しますね」
やや棒読み口調で、ライムはそう呟く。
「ああ、『金』の聖痕ですねっ!」
合点がいったとばかりに、ジェインの相槌が入った。
「……聖痕、とは?」
違和感を覚えているようだが、初耳な単語への興味も抗えないようで、レティシアはそう尋ねる。
「正確なところはわかりませんが……敵首魁から配下へ与えられるもので、そこから無尽のマナを得ることができるとか。実際そうと解するほかない規模の魔法も使われていました」
「シャコルナクを襲った土の巨人も、それがなければおそらく成立しないだろうしな」
エウロパの答えを、カリストが補足する。
「……となるとこれは、呪痕兵ならぬ聖痕兵ということでしょうか」
「いい得て妙だな」
彼女の言葉に、ヘルムートは感心したように頷いた。
「……でもこれ、なんか意味あるのかな?」
どことなく不服げに、不満そうにマリエンネは唇を尖らせる。
「確かに。呪痕兵がマナを使うことなんてあるのか?」
そんな彼女に目配せしつつ、マコトは追従した。
だがそんな二人とは裏腹に、エウロパとギニースの表情は深刻なものとなる。
「どうされました、お二人ともっ?」
「エウロパ姉さん、呪痕兵の、動力供給は、内蔵マナ貯蔵器と、防衛術式からで、間違い、ない?」
「……ありません」
「だと、すると……聖痕兵は、自己完結した、自立行動が、可能な、恐れがある」
「どういうこと?」
彼女の説明に、マコトは首を傾げた。
ギニースはもどかしげに眉を顰めるが、何か思い立ったのか、手元の送信機に高速で打鍵する。
『今までの呪痕兵は、防衛術式から動力源たるマナの供給を受けていた。裏を返せば防衛術式ない場所では、活動が出来ないということ。しかし聖痕兵のそれが結界塔の防衛者たる聖痕保持者のそれと同じだとすると、防衛術式からのマナ供給なく自身の聖痕で、呪痕兵を維持出来るようになる。エウロパ姉さんか呪痕兵の出現を察知出来たのは、防衛術式を読み取り出来ていた部分か大きいが、今後それが出来なくなる可能性が高い。ブラックウィドウの探知機便りになるが、これも規格化された魔導具として登録した呪痕兵を探知していたに過ぎず、新型を認識できない可能性がある』
仮想窓に、打ち込まれた内容が流れていく。
レティシアに念話を接続していない為の代替処理だか、十二分な速度と言えた。
『また聖痕を付与されたことによる、出力の増加も見過ごせない。マナの外部からの供給は少なからぬ損失ならびに時間差があるが、それが払拭されるのは大きい。今までの呪痕兵も状況に応じての兵装変更、自力飛翔などの追加機能が施されていたが、先日の解析から、呪痕兵自身の拡張性は非常に高いことが判明している。おそらくは『土』の設計思想によるもの。追加兵装、拡張機能の追加は容易で、聖痕化された機体には今まで非効率、或いは単純に出力不足で見送られていたそれらの装備が取り付けられる可能性は非常に高い』
「つまり、今まで蓄積された情報をないものとして対応したほうが良いと」
『聖痕兵については、そう。ただ先の情報群から全ての呪痕兵を聖痕兵にすることは出来なかったようだし、恐らくは聖痕兵を中核とした呪痕兵の部隊が展開されると思われる。従来の呪痕兵には、今までの情報はある程度利用できると考えるが、過信はしない方がよい。ただ防衛術式を伴わない呪痕兵の展開は、諸刃の剣。聖痕兵を破壊すればマナの供給は断たれ、活動時間は著しく低減するはず』
「なるほど」
ギニースによる怒涛の解説を、エウロパは一々頷き咀嚼する。
「……大前提として、新型の呪痕兵や仮称聖痕兵と相対した場合、出来る限り情報収集をし、その上で聖痕兵をまず叩く、ということでいいかな?」
「いいと、思う」
マコトの提言に、ギニースは頷いた。
「そうしていただけると、小生も助かりますっ!」
「とりあえずとはいえ、方針が立てられるのはありがたい。情報に、感謝だな」
言ってカリストは情報端末を見やり、そしてレティシアへと視線を移し、目で礼をする。
対して彼女は何と返したものか、少し困ったように眉を寄せた。
「……まだ終わりではありません。最後の情報領域を確認しましょう」
「ああ、そうだな」
レティシアの言葉にカリストは頷き、端末を操作する。
その領域には一枚の映像しか保存されていなかった。
一同の目の前に、最後の一枚の画像が投影される。
ほとんど真白な、ぶれた画像。
画像上部には淡い緑の曳光が引かれていた。
恐らくは、何か高速で動く白い何かを収めたものであるのだが。
「……なんでしょうか、これは」
「わかりません。わざわざ保存領域を分けている以上、他とは違う何か、ということなのでしょうが……」
ライムの呟きにエウロパはそう応じるも、その歯切れは悪い。
実際の所、これが一体何を現しているのか全く分からない。
否。
わからない振りをするほかない。
彼女はちらりと、マリエンネに視線を向ける。
当の彼女は口元に手を当て、目を細めてその画像を見つめていた。
『『日』ですか?』
『多分。獣型の呪痕兵っていうのも、らしい感じがするし』
短いエウロパの問いかけに、彼女は表情も変えずに念話を返す。
「これで情報は全て……ですね?」
そんな彼女らの念話の応報を知る由もないレティシアの問いかけに、カリストは頷きを返した。
「リアナの嬢ちゃん達は撤退開始してるって話だったな? もし車両が無事で、こっちがこのペースで行軍出来たら、どれくらいで合流できそうなんだ?」
「……その想定であれば、月王国領内で明日の午前中には合流できるでしょう」
ヘルムートの質問に、エウロパは少し考え、答える。
余りにも楽観的な質問ではあるのだが、今はそう考えるほかない。
レティシアへと向けられた彼の視線に、彼女は頷く。
そしてその眼差しは遥か彼方へ、祈るように前へ、向けられた。




