第六十八話 義を見て勇を為して
「……誰だこんな時間に」
ややほっとしつつ、カリストが端末を操作する。
『ヘルムート殿はいらっしゃいますか……!』
肩で息をし、挨拶すら忘れてそう問うのは、
「レティシアの嬢ちゃん? 入れてやってくれ、カリスト嬢」
彼の言葉にやや物言いたげな視線を向けつつも、カリストは端末を操作する。
どたどたと階段を駆け上がる音が響き、ややあって談話室の扉が開け放たれた。
息を切らせて転がり込むその姿に、イオは水差しの水を差し出す。
「ありがとうございます……っ」
それを一息で飲み干し、ようやっと彼女……レティシアは一同に向き直った。
「突然の訪問、失礼致します」
「確かに急だな。どうしたよ、レティシアの嬢ちゃん」
「ヘルムート殿、リアナ隊長から……」
「通信があったのか?」
「いえ……圧縮情報群と伝言が」
その一言に、全員の顔色が変わる。
つまり、それは。
「木王国の特務部隊と共有せよ、との事でしたので、急遽」
言って彼女は、手にした記憶端末を卓上に置いた。
一瞥してくるレティシアに、彼は頷き返す。
耳障りな雑音がしばし響くが、程なくして女性の声が再生された。
『斥候部隊十二名、車両四台の内、既に四分の三を喪失。撤退戦に移行しているが……望み薄』
聞き覚えのある声、リアナの述懐に、レティシアは顔を強張らせる。
『得た全ての映像情報を送信する。隠す事なく、各国と共有されたし。以上…………………………最後に私信を許されよ。すまないレティ、不甲斐ない姉を許せ』
その言葉が終わると同時に、嘲笑うような雑音が再び響き渡る。
見開いた瞳のまま、レティシアは端末を落とした。
何も言わずに、マコトが立ち上がった。
彼の顔を見、エウロパも同様に立ち上がる。
「ギニース」
「行け、ます」
「じゃあ夜間はあたしが運転するね」
「一時待機だったんじゃないのー?」
マリエンネの茶々のような念押しに、カリストが嫌そうな顔になる。
「……今の状況、待って情報が得られる可能性は無くなった。情報を持ち得る者を、確保する必要がある」
「っ! それ、は」
急に動き出した木王国の一同に呆気にとられていたレティシアが、思わず彼女を見た。
「レティシア殿、その端末を預かりたい。宜しいか?」
「は、はい」
カリストの問い掛けに、彼女は頷く。
「あの、どうされるお積もりで……?」
「今カリスト嬢が言ったろ、情報源を確保しにいくんだよ。ああそうだ、確保した情報を、後方搬送する必要があるよな?」
「……ああ、そうだな」
わざとらしい口調で言ってくるヘルムートに、カリストは苦笑した。
そして二人はレティシアを見る。
「至急準備します!」
活力を取り戻した彼女は踵を返し、談話室を出ていった。
「彼女にも乗ってもらおう。イオ、『武器庫』に月王国の戦闘車両を格納する余地はあるか?」
***
「その……良いんですか、私を乗せてしまって」
ブラックウィドウの車内で、肩身が狭そうにレティシアが言う。
「良いとは?」
「私は他国の者ですよ? この車両、軍事機密では……?」
隣に座るカリストの問いに、彼女はおずおずと答えた。
「ふむ……」
小さく唸り、彼女はジェインに視線を向ける。
それを訝しむも、ややあってあることに気付いたようだ。
「そう言えば小生も他国のものですねっ!」
「……今更と言うことですか?」
ぽんと手を打つ彼を横目に、レティシアは首を傾げる。
「と、言うよりもだな」
カリストは後部座席に座る末妹に、声を向けた。
「私の、技術に、機密はない。利便は、共有されるべき」
あっさりとしたギニースの言葉に、彼女は驚きに目を丸くする。
「まあ、少し見て、模倣出来るほど、チャチじゃ、ないけど」
少し笑って、そう技術者の矜持を見せもして。
「じゃあ、寝る」
「待ってギニース、せめて送信された映像情報を共有してから寝て下さい」
横たわろうとする彼女に、エウロパが待ったをいれる。
運転の交代要員としては立派な心掛けなのだが、些か拙速だった。
そうだった、とばかりにギニースは身を起こす。
「宜しいか、レティシア殿」
カリストの念押しに、彼女は神妙に頷いた。
記憶端末が立ち上がり、仮想窓が浮かび上がる。
幾つかの領域に分けられた情報群の内、カリストは一番上の物を選択した。
映像が切り替わる。
新たに浮かび上がったのは。
「呪痕兵……? でもこの形は……?」
エウロパが訝しむのも、無理はない。
白の素体に全身に奔る赤い呪痕という色調は変わらないが、目の前に映るそれの形状は、明らかに人の形をしていなかった。
今までも、例えば四脚の呪痕兵がいたが、それもあくまで人型の延長線上のものだった。
しかしこれは、四足の獣、としか言い様がない。
「カリ姉さんの針金細工に、ちょっと似てる?」
「私のは山林の狩人、ヘラターガを元にしているが……」
大型ながら痩身で、爪と牙が発達した、いかにも肉食獣らしい形状だ。
「これはやりにくそうですねっ! 対人訓練は積んでも、獣狩りの訓練はなかなか修めていないでしょうっ!」
確かに、こと軍務に携わる者が携わる内容ではない。
だがカリストは、意味ありげな視線を後写鏡へと向ける。
「そういうことなら……」
「久々にやるか獣狩り!」
それを受け、運転席のイオが気炎を吐いた。
「あ、何でもやってた頃のハナシ?」
「はい」
マリエンネが思い出したように言うと、エウロパが肯定する。
「手製の弓と粗悪な手斧で、害獣含めてどうしてああも仕留めることができたのか、不思議に思っていましたが」
感慨深げに彼女は言った。
おそらくはそれが彼女の魔法、『武芸百般』の発露であったのだろう。
「ロパ姉はからっきしだったもんね」
「……仕方ないでしょう」
イオの茶々に、エウロパは憮然と答えた。
内効系魔法が全く使えない彼女に、狩りの敷居は高い。
「動画はないのかな。動物型とはいえ呪痕兵だろう。必ずしも獣のように動くとは限らないんじゃ」
マコトの懸念に、カリストが保存領域内を確認する。
が、いくつか別種の動物型の静止画が保存されているばかりで、動きのあるものは保存されていなかった。
「動きの想定ができないとなると、小生も少々難儀しますが……今までが恵まれすぎていたとも言えますっ!」
情報が肝要なジェインにとっては死活問題ではあるが、斥候部隊の後処理である以上仕方がない。
「他には何が……?」
おずおずと言うレティシアの言葉に、カリストは別の領域の情報を確認していった。
「……これは」
展開された画像には、特筆することはない、通常の呪痕兵が映し出されている。
だがこの違和感はなんだ?
「これ……」
『待った』
何か言いかけたマリエンネを、マコトの念話が遮った。




