第六十七話 最悪を想定して
「どうされました、ヘルムート殿」
突然虚空を見上げて固まった彼に、見知った顔の副官が怪訝そうに声をかける。
もとより内政向きだった彼女は、リアナたちの強襲偵察の任から外れ恩赦兵の采配を任されることとなった。
彼らの人心を掌握していたヘルムートと、今後の割り振りを協議しているさ中の彼の奇行、そうなるのも無理はない。
「いやすまん、レティシアの嬢ちゃん」
「嬢ちゃんは必要ないです」
「そうか。じゃあレティシアちゃん」
「……もう好きにしてください。それで? どうされましたか」
「仲間から緊急の連絡が入った。木王国の斥候部隊が、通信途絶となったとよ」
彼の言葉に、副官……レティシアの表情が強張る。
失礼、とつぶやくと彼女は席を立ち、薄紫の髪を振り乱して通信機へと駆け寄った。
ヘルムートも同じく席を立ち、彼女の側に立つ。
「隊長、リアナ隊長! 応答してください!」
彼女の呼びかけも空しく、返答はない。
尚もレティシアは通信を続けるが、彼女の期待する応答はなかった。
「……そんな」
よろめく彼女を、ヘルムートが支える。
「……すみません」
「落ち着け、通信が繋がらんだけだろ。単純に通信妨害をされてるだけかもしれん」
「いえ……回線は正常に繋がっています。応答が、ない、のです」
かたかたと震えるレティシアの背を、彼は軽く叩いた。
「だから落ち着け。単に戦闘中で、応答が出来なかっただけかもしれんだろ。便りがないのはいい便りともいうしな」
ヘルムートの言葉に、彼女は吐息の様な笑声を零す。
そして大きく深呼吸をした。
「失礼、落ち着きました。そうですね。火王国侵入から、まだ四半日。早計というものですね。しかし木王国の件、上に報告しないわけにはいきません。この打ち合わせは棚上げして宜しいでしょうか」
「ああ、気にするな。俺も宿舎の奴らと合流して話を聞く。進展があればレティシアの嬢ちゃんと共有するよ」
「……このレティシア・ブラックモア、嬢ちゃんと呼ばれても仕方のない醜態をお見せしたこと、汗顔の至りです」
「だから、気にすんなって」
変にかしこまって言うレティシアを彼は軽く笑い、席を立つ。
退室しつつヘルムートはこめかみに手を当て、念話を飛ばした。
『待たせた。月王国も同様だ。斥候部隊と連絡が取れない。今からそっちに戻る』
***
「先ほどモモイ殿と連絡が取れましたっ! 予想通りあの方は後詰でしたので、小生らと同様に待機中だったようですが、同じく先行した部隊との連絡は取れていない模様ですっ!」
「やっぱりか……」
ジェインの報告に、マコトは渋い顔をする。
食卓を囲みながら、しかし食事の不味くなるような話だった。
マリエンネは気にせず、ぱくついてはいるが。
「そのことをブレアさんには?」
「報告しました。裏は取られるでしょうが、水王国とは比較的連絡が密ですので、確認はすぐでしょう。月王国の件ですが……まだ把握はされていないようでした」
エウロパは言い、ヘルムートへと視線を向けた。
「俺もさっきの話以上は掴めてないな。あとでもう一回、副官殿に確認してみるが……」
暗に望み薄を滲ませ、彼は言葉を濁す。
「何が起こってるのか、推測もできないのが辛いね」
ぼやく様に、イオが言う。
第一次奪還軍は失敗こそしたものの死傷者はそれほどに出ず、持ち帰られる情報は多かった。
少人数での偵察が、裏目に出ているのかもしれない。
最早重量比例の防衛線など引いていない可能性すらあった。
結界塔が崩壊し、自由に出入りができるようになった以上、そんな制限を取り払った方が自然ではあるのだが。
「そもそもなんでそんな制限をかけていたんだろ」
「お前が言うのか……」
食事をひと段落させたマリエンネが、満足そうに腹を撫でながら言うのを、カリストは顔を引きつらせる。
「……結界塔の防衛者を増長させない為でしょうか。『金』のような手合いに行き過ぎた数の戦力を預けるのは、不安に思います」
「ありえますねっ!」
遠慮がちに言うライムに、傍らに控える『ジェイン』が賛同する。
「あとは単純に、原材料の節約の為じゃないかな。呪痕兵の材料って、たぶん例の白い立方体……原初の白泥だよな?」
「うん。そーだよ。緋緋色甲冑もそうだってドーさんが言ってた」
「珍しく知ってたな、マリー……でアルジアス大陸全土にあれを降らせる以上、そっちの作成に回したらおいそれと呪痕兵は増産できないだろうし」
「確かにそうですね。マナがいくらでも使えたとしても、加工元がなければどうしようもないでしょうし」
マコトの推測に、エウロパは頷いた。
「日数を考えると、準備が完了したとは考えづらい。そうなると斥候部隊は数で蹂躙されたわけではないと思う」
「……一番考えられるのは、残り二つの結界塔から聖痕保持者を引っ張ってきたんじゃないかな」
続く彼の言葉に、ぼそりとマリエンネが呟く。
「『日』と『月』……だったっけ」
「そう」
イオの確認に、彼女は頷いた。
「どんな、人達?」
「うーん……」
ギニースの問いかけに、マリエンネが唸る。
その様子は、よく知らない、というわけではなく、言うことを躊躇っているかの様だった。
だが否応なく集まる視線に、彼女は諦めたようにうなだれる。
「どっちも『金』の同期らしいんだけど……『日』のヴォルフラムと、『月』のカーリン」
「『日』が男性で『月』は女性?」
「うん。ヴォルフラムだけど、獣人族出のドゥルス族で、枝分かれしたすごい立派な、淡い緑に光る一対の角が特徴的かな。聖痕は爪。多分マコっちゃんより少し年上。いつもニコニコしてる灰色の髪の気の良いおにーさん……なんだけど」
「なんだけど?」
マコトの復唱に、マリエンネは何とも言えない表情を浮かべた。
「根拠は何にもないんだけど、すごい胡散臭い気がする。腹に一物抱えてるっていうか」
「……なるほど」
「で、カーリンだけど、何時も銀糸の目隠しして、車椅子に乗ってる黒い髪の女の子。年のころはエウロパちゃんくらいかな。角は額の右側から延びてるけど、いつも専用の黒い角隠しで覆ってるから色は分かんない」
「足が悪いんですか?」
年齢を引き合いに出されたエウロパが興味深げにそう問うと、彼女は否と首を振る。
「というより、膝から下がないんだよ。両脚とも。事故か何かは知らないけど。あ、ドーさんは右足がちょっと悪いらしくて、普段は杖を突いてたよ」
「そ、そうですか……」
「あとカーリン、声帯がやられてて声も出ないから、いつも念話だったよ。あと左腕もないから、車椅子は専用の呪痕兵が押してる」
「何というか……壮絶だな。聖痕は?」
カリストの問いかけに、マリエンネは首を振った。
「わかんない」
「わかんないって……」
「少なくとも体表には分かりやすく表れてはいないんだよ。聖痕はどこですかって、わざわざ聞くのも何だし。目隠ししてるから、多分あたしと同じで目がそうなんじゃないかな」
肩を竦めて彼女は言う。
「そこまで隠すような内容じゃない気がするけど、何で言うのを躊躇ったんだ?」
「だってわかるのってそーいう外観だけだからさー。あとは殆どあたしの直感しか根拠がないし」
訝しむマコトに、マリエンネは気まずそうにそう返した。
「直感?」
「うん……」
「それでもいいから、言ってみてくれ」
「……んー、あのね、あの二人は多分ヤバい」
「どういう風に?」
「ヴォルフラムは、なんていうか笑いながら天気の話をして、ついでみたいに凶事を為せる人種だと思う。カーリンに至っては、何がどうなってるのかわからない」
「と言うと?」
「腕と足の欠損、自傷だと思う」
「何故そう思ったんだ?」
「……足の事を聞いたらさ」
力なく首を振り、彼女は言った。
「偉大な一歩の為に、必要な経費って言ってた……両足失くして、どうやって一歩踏み出すんだろうね」
「……そういう意味じゃないんだろ」
その一言に、マコトは肩をこけさせる。
「あとね、あたしもセルゲイもドーさんも、多分パメラも『水』も、あの方に少なからぬ敬意があるけど、あの二人はそれが薄い気がする。だから……」
「だから?」
「お天道様なんて、気にしないと思う」
マリエンネの、珍しいくも真剣な物言いに、沈黙の帳が落ちる。
ややあってそれを破ったのは、階下からの呼び鈴だった。




