第六十四話 豊穣をもたらして
「……何をしているんだ?」
入ってきたカリストの第一声は、それだった。
彼女らに宛がわれた六階建ての宿舎の二階、談話室に先んじていたのは、マコトとエウロパだった。
エウロパは椅子に腰掛け、天井を見上げて何やら呻いている。
その目元には、淡く湯気のたつ手拭いが乗せられていた。
「ああ、カリストさん」
マコトはと言えば、どこから手に入れてきたのか、卓上に置かれた立派な花束をばらし、花瓶に花を生けている。
「ちょっと散歩をしていたんですが、殺風景な部屋に飾るのに丁度いい花を見つけまして」
「そうか。エウロパは?」
「彼女と一緒に歩いたんですけど、『世界が眩しすぎる』って言ってへばってます」
「……へばってはないですー、目がちかちかするだけですー」
明らかに疲れているを隠す気すらない彼女の声音に、カリストは苦笑いした。
「まあ元々体の強い奴ではないが……ん?」
そこまで言って、彼女は違和感に訝しむ。
上を向くエウロパ。
当然ながら白頭巾は脱げ、彼女の長い髪がさらけ出されている。
金ではなく、白い髪が。
「エウロパ?」
「はい?」
「明かしたのか?」
「はい」
蒸した手拭いを除けて卓に置き、エウロパの視線がようやく天から降りて、彼女の姉へと向けられた。
その赤い視線が。
「そうか。お前の判断なら何も言うつもりはないが……急だな」
「あれだけ『彼女』の話が出ましたからね……今しかないかと思いまして」
「かも知れんな……で? マコト、お前の感想は?」
「また答えにくい事を……」
花を活ける手を止め、彼は渋面を作る。
「……一応聞きますけど、実は数年前に拾った記憶喪失の女の子に、『エウロパ』と名乗らせて次女にしてるなんてことは無いでしょうね」
「何故それを!」
「え?!」
迫真こもったカリストの驚愕に、マコトは思わず腰を浮かせる。
「冗談だ」
けろりとした切り返し、彼は額を目の前の卓に打ち付けた。
さらにはばんばんと、両の手のひらをそれにぶつけて打ち鳴らす。
「もぉぉぉ、止めて下さいよそういうのはぁぁぁ!」
「いや、すまない」
「……まあ、こんな反応する位には似てますね」
全く悪びれた風なく謝意を示す彼女に、マコトは顔を上げ大きく溜め息を吐く。
「何と言うか、一途だな。諦めや妥協を考えたりしなかったのか?」
「妥協なんて出来るはずないでしょう……ただまあ、マリーが言ってたと思いますが」
椅子に座り直し、やや恨みがましくカリストを見上げながら、彼は言った。
「半ば諦めてましたよ。惰性で当たりなんて入っていない籤を、延々引いているような状態でした」
ここに来るまでは。
「……思えば最初に目に写ったのが君だったというのが、この世界を期待足らしめたのかも知れない」
「私は何もしていませんが……」
「喚んだのは君だろ。僕にとっての『幸運の子』ならぬ『赤雪』だよ」
どこか不服げに言う彼女に、マコトはそう笑いかける。
それを聞いて、エウロパの表情がぱっと明るくなった。
「案外私は豊穣をもたらすみたいです、姉さん」
「散々言ってるが、今の立場があるのはギニースの比重が大きいのは確かだが、お前の采配もあってのことだからな?」
「それは私も当事者じゃないですか」
そして努力の結果でもある。
「マコトもそうだろう」
「あ……そうですね。結局添え物みたいなものですか、私」
「随分豪華な添え物だな……」
しゅんとする彼女に、彼は呻くように言う。
「知力体力時の運、て言うからね。最後は君みたいな存在や、日頃の行いが物を言う……かもね」
「……そうですね。それくらいの方が、引く手あまたより良さそうです」
冗談っぽく言うマコトに、エウロパはそう返す。
彼は顔をしかめ、彼女は花の様に笑った。




